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赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


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1941年7月6日:ドニエプルへの到達~地獄の幕開け~

【1941年7月6日・ドニエプル川西方】

 ドイツ軍は困惑していた。勝利の行進となるはずだった東方への進撃は、泥沼の戦場へと変貌しつつあった。ソ連軍が徹底的に破壊したインフラは、ドイツ軍の補給線を寸断し、その進撃速度を著しく鈍らせた。砲撃と爆撃で破壊された駅舎、寸断された電話線、爆破された橋梁。アプヴェーアが「非効率」と嘲笑した焦土作戦は、ドイツ軍の戦術家たちの想像をはるかに超える徹底ぶりだった。


 当初、わずか数日で到達するはずだったドニエプル川まで、ドイツ軍は実に二週間もの時間を要した。疲労困憊の兵士たちは、荒廃した村々を通り抜け、補給の途絶えた状態で進軍を続けた。彼らの顔には、焦燥と困惑の色が深く刻まれていた。熱波と砂塵が彼らの士気を容赦なく削いでいく。


 そして、ようやくその巨大な壁が見えてきた。


 遠く、地平線の向こうに、これまで見てきたポーランドの平坦な大地とは明らかに異なる、不自然なほどに隆起した灰色の構造物が姿を現した。それは、どこまでも続くコンクリートの壁と、偽装された巨大な建造物群だった。アプヴェーアが「典型的なボルシェビキの失敗作」と断じていた「治水工事」と「トラクター工場」が、地平線を埋め尽くすように連なっていた。その異様な光景に、前線の将兵たちは息を呑んだ。


 ドイツ軍将校Aは、双眼鏡を覗き込みながら、絶句した。

「な…なんだ、あれは……!」


 その時、頭上を切り裂くような轟音が響き渡った。

「敵機だ! ミグだ!」


 空を見上げると、これまで遭遇したことのない数と編隊のソ連戦闘機、MiG-3が、ドニエプル川上空を旋回し始めていた。彼らは、低空で突入してくるドイツ軍機を、その高速度で次々と追い詰めていく。金属が引き裂かれるような機銃の音が響き、ドイツ軍の偵察機や爆撃機が、次々と火を噴いて墜落していく。


 直後、空から地獄の幕開けを告げる、無数の爆弾と機銃弾の雨が降り注ぎ始めた。ソ連の地上攻撃機が、疲弊しきったドイツ軍の陣地と車両の列に対し、容赦ない攻撃を浴びせ始めたのだ。


「くそっ、どこからこんなに航空機が!?」ドイツ軍兵士Aが叫んだ。

「塹壕へ! 早く隠れろ!」別の兵士Bが怒鳴り、必死に身を隠す場所を探す。


 地面が揺れ、爆煙が視界を遮る。ドイツ軍は、物理的な障壁である「赤い鉄壁」の前に立ち尽くすと同時に、心理的にも予期せぬ航空攻撃という、二重の壁に直面した。彼らが嘲笑し、軽視してきたソ連の「無能さ」の裏に隠されていた、徹底的な準備と、想像を絶する規模の防衛線が、今、その牙を剥き始めた瞬間だった。彼らは、自らが足を踏み入れたのが、単なる戦場ではなく、綿密に計画された巨大な罠の入り口であったことに、この時、初めて気づいたのだった。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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