1941年6月22日:オデッサ沖海戦~機雷の罠と歓喜の報告~
【1941年6月22日・黒海 オデッサ沖】
ドイツ軍の宣戦布告と共に、ソ連海軍黒海艦隊は、事前に周到に準備されていた作戦を実行に移した。それは、オデッサ沖の主要航路と予想される上陸地点に、秘密裏に敷設されていた機雷原の起動だった。
開戦劈頭、ルーマニアとブルガリアの混成海軍は、枢軸側の支援を受け、オデッサへの上陸支援を目論み、黒海の波を蹴立てて迫っていた。先導していたのは、軽快な駆逐艦部隊だった。夜明け前の薄明かりの中、静かに黒い海を進む駆逐艦の艦影は、獲物を狙うサメの群れのように見えた。
突如として、海面に巨大な水柱がいくつも吹き上がった。轟音と共に、ルーマニア駆逐艦「レジェーレ・フェルディナンド」の船体が大きく跳ね上がり、瞬く間に艦橋部分から真っ二つに折れた。機関部で発生した大爆発は、周囲の海面を赤く染め上げ、船体はものの数分で暗い海へと没した。
「機雷だ! 機雷原に突入したぞ!」
混乱した絶叫が、僚艦から響き渡る。だが、時すでに遅し。ブルガリア駆逐艦「スメリ」もまた、数秒後、別の機雷に触雷し、船体はぐにゃりと歪み、火の手を上げた。轟音と共に次々と爆発が連鎖し、その巨体は瞬く間に海の藻屑と消えた。
未明の海戦は、機雷原という見えない伏兵によって、初手から敵の駆逐艦数隻を轟沈させるという、ソ連海軍にとって絶好の滑り出しとなった。動揺する敵の主力艦隊に対し、ソ連の巡洋艦や駆逐艦といった補助艦艇が、猛然と砲撃と魚雷攻撃を浴びせた。戦艦を持たぬソ連海軍は、数の上で不利ではあったが、事前に準備された機雷原と、決死の覚悟で突撃する艦艇の奮戦が、敵のオデッサ接近を許さなかった。黒海の潮は、血の色に染まっていた。
【1941年6月22日・モスクワ クレムリン】
ドイツ軍によるソ連侵攻の報に続き、オデッサ沖海戦の第一報がスターリンの執務室に届けられた。初期の混乱した報告の中、「機雷により敵駆逐艦数隻轟沈」という一文が、スターリンの目に飛び込んできた。
スターリンは、その報告書を読み進めるうちに、満足げに口元を歪めた。
「ヴォロシーロフ! 見ろ! 我が海軍は、決して弱体ではない! 事前に敷設した機雷が、見事に敵の先鋒を砕いたではないか!」
彼は、特に海軍予算を削って陸軍に回したことを批判する声が上がっていたことを知っていた。その選択が、今、この海戦で実を結びつつあることを、彼は確信した。
「ルーマニアとブルガリアの雑多な艦隊を、オデッサに近寄らせなかっただと? 見事だ! 彼らは、我が黒海艦隊が『鉄の農民』のために朽ち果てたなどと、愚かな誤解をしていたのだ! 我々の戦艦不在が、かえって油断を誘ったか!」スターリンの声には、皮肉と勝利への確信が入り混じっていた。
シャポシュニコフは、その報告を聞きながら、静かに頷いていた。
「その通りであります、同志スターリン。我が海軍は、厳しい状況下でも、常に祖国のために戦い続けております。」
スターリンは、満足げにパイプの煙を吐き出した。
「これこそが、我々の勝利への第一歩だ。陸の鉄壁、そして海の盾。敵は、どこから攻め込もうとも、我がソビエトの鉄拳が待ち受けていることを知るだろう!」
オデッサ沖の海戦は、戦艦を持たないソ連海軍の補助艦艇による奮戦と、秘密裏に敷設された機雷原の活躍が、敵の上陸を阻止したという、彼らにとって大きな精神的勝利となった。スターリンは、この報告に、来るべき大戦におけるソ連の戦力への確かな手応えを感じていた。
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