1941年6月22日:焦土の撤退~見過ごされた鉄道網の謎~
【1941年6月22日・ポーランド旧領 ワルシャワ西方】
ドイツ軍の電撃的な侵攻に対し、ソ連軍は「一度は退却する」というスターリンの冷徹な指令に従い、周到に準備された焦土作戦を実行していた。最前線の守備隊が時間を稼ぐ間に、後方の破壊部隊は迅速に動いた。轟音と共に、鉄道橋が爆破され、物資集積所は炎に包まれ、発電所のタービンは破壊され尽くされた。電話回線は切断され、主要な道路には地雷が敷設された。あらゆるインフラが、敵の進撃を阻むために徹底的に破壊されていく。
しかし、ドイツ軍の先遣隊がワルシャワ西方を突破し、荒廃した村々を通り抜けていく中で、ある奇妙な事実に気づき始めた。
「司令部、こちらシュヴァルツ工兵隊長。報告します。主要インフラの破壊は徹底されています。橋梁は落とされ、駅舎は完全に爆破、電話線も寸断されています。だが…」ドイツ軍工兵隊長は、無線で報告しながら、困惑した表情で続けた。
彼は、目の前に広がる光景を信じられないといった様子で見つめた。
「オデッサからワルシャワに通じる幹線鉄道ですが、部分的に破壊されているものの、線路自体は予想以上に残されています。爆破されたのは駅舎と信号設備が主で、肝心のレールや枕木は、局所的な損傷に留まっています。」
ドイツ軍偵察将校Bも同意見だった。
「私も同意見です、隊長。他の地域の鉄道網も同様の傾向が見られます。電話線は切断されていますが、電柱自体は倒れていません。まるで、急な撤退で破壊しきれなかったか、あるいは…」
彼らは首を傾げた。徹底的な焦土作戦を展開するソ連軍が、なぜ最も重要なインフラの一つである鉄道の線路自体を完全に破壊し尽くさないのか。彼らの思考は、ソ連の「非効率性」や「腐敗」という、アプヴェーアの報告書に書かれた結論に引きずられようとしていた。
「ボルシェビキのいつもの杜撰さか! 完璧な破壊などできやしないということか! 焦土作戦と豪語しながら、これでは穴だらけだ!」ドイツ軍将校Aがいらだちながら吐き捨てた。
彼らは、ソ連がこの鉄道網を「一度は敵に利用させ、しかし最終的には自らも利用する」という二重の意図を持っているなど、知る由もなかった。戦車工場で生産されたT-34や、クリミアに秘匿された機甲部隊を、将来的に前線へ迅速に送り込むための生命線として、鉄道網の一部をあえて温存している可能性など、彼らの頭の中には存在しなかった。
ドイツ軍は、空虚な勝利の幻影を追い、荒れ果てたポーランドの地を深く深く進んでいく。彼らの目に映るのは、徹底されたインフラ破壊の「焦土」と、それに伴うソ連の「無能さ」という、都合の良い情報だけだった。
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