1941年6月22日:欺瞞の進撃~ドイツ軍の困惑~
【1941年6月22日・ポーランド旧領 ドイツ=ソ連国境】
アドルフ・ヒトラー総統の「バルバロッサ作戦」発動の号令は、ドイツ国防軍全将兵に熱狂をもって迎えられた。東方への進撃は、ボルシェビキのユダヤ的陰謀を打ち砕き、ドイツ民族の生存圏を確保する聖戦であると喧伝された。早朝、まだ薄闇が残る国境線を越え、戦車は唸り、航空機は編隊を組み、士気高揚した兵士たちは、まさに「勝利の行進」と信じてソ連領へと殺到した。
「ハッ! 案の定、ボルシェビキどもは脆い!」
ドイツ軍の先鋒を担う機甲師団の将校が、無線で高笑いした。ソ連国境の防衛線は、薄い装甲の旧式戦車が数両、そしてわずかな歩兵が散発的に抵抗するのみで、圧倒的なドイツの電撃戦の前に次々と突破されていった。数少ない抵抗拠点も、急降下爆撃機スツーカの轟音と戦車の集中攻撃であっけなく沈黙する。
「まるで演習だな! 赤軍の練度の低さには呆れるばかりだ!」
兵士たちは、破壊されたソ連軍の陣地を嘲笑しながら、軽快に進撃を続ける。アプヴェーア(ドイツ国防軍情報部)の報告にあった、ソ連の非効率性と腐敗は、まさに現実のものとなっているように見えた。彼らの前には、広大なソビエトの大地が、勝利の絨毯のように広がっているはずだった。
楽観の崩壊:3日後の地獄
だが、3日も経たないうちに、その楽観は音を立てて崩れ去った。
ドイツ軍の進撃ルート上に現れるのは、人影のない荒廃した村々と、徹底的に破壊された都市の残骸だった。駅舎は爆破され、鉄道橋は無残にねじ曲がり、線路はめくれ上がっている。発電所は巨大な鉄骨を露呈し、送電線は無残に切断されていた。電話線も寸断され、通信網は完全に麻痺していた。
「一体どうなっている!? 街は、まるで巨大な略奪を受けた後のようだぞ!」ドイツ軍中隊長の焦燥した声が響く。
兵士たちが期待した物資、特に食料や燃料は、どこにも見当たらなかった。住宅は打ち捨てられ、農地は手入れもされずに荒れ果てている。住民の姿もほとんどなく、たまに見かける者も、疲れ果てた表情で、ドイツ兵を警戒するばかりだった。
後方では、補給部隊の混乱が深刻化していた。
「司令部! 第7装甲師団の燃料が限界です! 補給拠点に到着したのですが、そこには何もありません! 水源は確保できましたが、他は壊滅状態です!」補給担当将校が無線で絶叫した。
前線の部隊からは、食料、燃料、弾薬の要求が殺到するが、それらを輸送するインフラが徹底的に破壊されているのだ。修理部隊が急ピッチで活動するが、その作業量は膨大すぎた。
「くそっ! こんな場所で時間を食うとは!」ドイツ軍機甲師団長が焦燥した声で怒鳴った。「ボルシェビキめ、無秩序に逃げたかと思えば、これほど徹底的な破壊工作を行うとは…! アプヴェーアの報告とはまるで違うではないか!」
彼らは、ソ連が「無能」だと嘲笑していたその裏で、恐ろしいほど効率的な焦土作戦を実行していることに、ようやく気づき始めていた。この「焦土」は、単なる撤退の副産物ではなかった。それは、敵を誘い込み、疲弊させるための、意図的に準備された罠だったのだ。しかし、その罠の全容、そしてその先に待ち受ける「赤い鉄壁」の存在には、まだ誰も気づいていなかった。
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