1941年4月15日:スターリンの弁舌~中立の解釈~
【1941年4月15日・モスクワ クレムリン】
日ソ中立条約締結からわずか二日。クレムリンのスターリンの執務室は、再び重苦しい空気に包まれていた。側近の報告に、スターリンの眉間の皺が深まる。
「同志スターリン、国民党政府から厳重な抗議が届いております。」
「抗議?どういうことだ?」
スターリンの声は、静かだったが、その背後には凍てつくような冷たさが潜んでいた。
「ソ支不可侵条約と日ソ中立条約が、相互に矛盾するという主張です。具体的には、日ソ中立条約の第二条、すなわち『両締約国のうち一方若しくは数個の第三国との間に戦争状態が起こつた場合には、他方の締約国は、その戦争の全期間中中立を守る』という点について、国民党は『支那事変(日中戦争)は適用外とせよ』と強く求めております。」
報告を聞きながら、スターリンはゆっくりとパイプから煙を吐き出した。その煙が、彼の冷徹な思考を覆い隠すかのようだった。日本との中立条約は、極東からの脅威を排除し、ドイツとの来るべき戦いに集中するための、不可欠な布石だった。だが、その裏で、国民党政府が騒ぎ出すことは容易に予想できた。
沈黙が執務室に広がる。数秒が、永遠にも感じられた。そして、スターリンは、その沈黙を破った。
「私は中立だ。」
その声は、重く、そして有無を言わせぬ響きを持っていた。
「しかし、商人が勝手に軍の重火器を横領し、それを売却するのは、この条約には当てはまらない。」
側近は、スターリンの言葉の真意を即座に理解した。これは、ソ連が公式には中立を堅持しつつも、実質的には国民党政府への軍事支援を継続するという、狡猾な宣言だった。公には「横領された物資」として、その実態はソ連からの支援物資が中国へと流れ続ける。それは、大国の外交が持つ、暗黙の了解と欺瞞の象徴だった。
スターリンは、さらに言葉を続けた。
「そして、横領が多いと思っているのは、やつら枢軸と、その金の亡者である資本主義者どもだけだ。」
彼の口元には、皮肉な笑みが浮かんだ。ソ連の「非効率性」や「腐敗」を嘲笑するドイツや西側諸国に対し、スターリンは彼らの思い込みを逆手に取る戦略を、既にこの時から実行していたのだ。ソ連内部の規律の緩みを装い、実際は意図的な物資の流れを作り出す。それは、彼らが築き上げる「赤い鉄壁」の、もう一つの顔だった。
「ああ、それから、軍事顧問団だけは、日本に見えるように帰還させろ。」
スターリンは、淡々と言い放った。
「形だけは、日本に『配慮』しているというポーズを取るのだ。そして、極東においておく将兵は、もうおらん。彼らは、西方で、もっと重要な任務がある。」
彼の言葉には、極東の兵力をヨーロッパ方面へと集中させる、という揺るぎない決意が込められていた。ノモンハンの戦いを経験したベテラン兵士たちは、来るべきドイツとの戦いで、その真価を発揮するだろう。彼らは、ハルハ湖畔の砂塵の中で、ドイツの電撃戦に匹敵する、いや、それを凌駕する「カウンター電撃戦」の萌芽を学んだのだ。
国民党政府からの抗議は、スターリンにとっては取るに足らない瑣事だった。彼の脳裏にあるのは、ドイツとの全面戦争、そしてその勝利の青写真だけだった。日ソ中立条約の締結は、そのための重要な一歩であり、中国への「裏取引」は、その戦略の一部に過ぎなかった。モスクワの夜は、星一つ見えないほど深く、その闇の中で、ソ連の冷徹な外交戦略が、静かに、しかし着実に遂行されていくのだった。
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