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赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


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1940年6月24日:鋼鉄の再確認

【1940年6月24日・モスクワ クレムリン 最高司令部会議室】


 フランスの衝撃的な陥落の報告を受け、クレムリンの最高司令部会議室には、重苦しい緊張感が漂っていた。スターリン、ヴォロシーロフ国防人民委員、そしてジューコフ参謀総長らが、広げられたヨーロッパの地図を前に、深刻な表情で議論を交わしていた。だが、彼らの表情は単なる不安ではなく、迫り来る脅威に対する、冷徹な再評価のそれだった。


 スターリンは、パイプをくゆらせながら、低い声で言った。

「フランスの敗北は、我々にとって決して他人事ではない。ドイツの電撃戦の恐るべき速度と破壊力は、改めて認識させられた。だが、それによって我々が長年準備してきた『赤い鉄壁』構想の有効性が、改めて問われることになった。ヴォロシーロフ、現時点での進捗はどうか?」


 ヴォロシーロフは、不安の色を隠しつつも、現実を直視した。

「同志スターリン、フランスの堅固な防衛線があれほど簡単に突破されたことは、衝撃的です。我々が想定していた防御概念が、ドイツの新型兵器と戦術の前では、いかに脆弱であるかを示唆しています。この『赤い鉄壁』も、本当に電撃戦に対して十分な備えがあると言えるでしょうか?」


 ジューコフは、地図を鋭い眼差しで見つめながら、自身の考えを述べ始めた。彼の声には、すでに何度も議論を重ねてきた計画への確信がにじんでいた。

「同志スターリン、そしてヴォロシーロフ同志。フランスの事例から学ぶべき点は多い。ドイツの電撃戦の核心は、機甲部隊の集中運用と、航空支援による縦深突破にある。しかし、それに対する我々の戦略は、すでに確立されています。我々の広大な国土を利用し、段階的な遅滞戦術を展開すること。我々の地勢的優位――すなわち、敵の兵站を過剰に伸ばさせ、冬と補給の破綻に追い込む手法は、スヴォーロフ以来の伝統でもあります。これは、同志スターリンが四年以上前から構想されてきた、この『赤い鉄壁』の真髄であります。」


 ジューコフは、地図上の国境線から内陸部へと指を滑らせた。

「第一段階として、国境付近の防御陣地で一定の抵抗を示しつつ、主力は後方の強固な要塞線まで計画的に撤退する。この撤退の際、鉄道や道路などのインフラを徹底的に破壊し、敵の進撃速度を可能な限り遅らせることが重要です。同時に、焦土作戦を断行し、敵に利用できる資源を一切残さない。」


 ジューコフは、ドニエプル川沿いの要塞線を指し示した。

「第二段階として、ドニエプル川沿いの要塞線を強化し、強固な防御拠点とする。フランスの例を見る限り、一点集中型の防御線は脆弱です。しかし、我々の『赤い鉄壁』は、同志スターリンがご指示された通り、複数の要塞を相互に連携させ、縦深防御を構築する。要塞内部には、長期戦に耐えうるだけの兵力、物資、そして予備兵力を配備する。」


 そして、ジューコフは、失われたポーランド、特にワルシャワの再攻略についても、大まかな道筋を示唆した。

「そして、ここが、同志スターリン閣下が以前からおっしゃられていた、真の目的であります。ワルシャワは、戦略的に重要な地点です。もしドイツが東方へ侵攻した場合、彼らの補給線は必然的に長くなります。ドニエプル川での防御線を確立した後、隠匿された機動性の高い部隊を投入し、ドイツ軍の側面や後方を突くことで、ワルシャワの再攻略、ひいてはドイツ軍の包囲殲滅を目指す道筋が見えてくるでしょう。そのためには、隠匿された機甲部隊の温存と、迅速な兵力展開能力の向上が不可欠です。」


 ジューコフの言葉は、フランスの敗北という衝撃的な現実を踏まえつつも、ソ連が取りうるべき、そして実際に準備を進めてきた戦略を示唆していた。それは、電撃戦の速度を逆手に取り、広大な国土と強固な要塞線を活用した遅滞戦術、そして機会を捉えた反撃という、長期的な視点に立った構想だった。


 スターリンは、ジューコフの言葉をパイプをくわえながら聞いていた。彼の表情は依然として険しかったが、その瞳には、自らの長年の構想が現実の脅威に対し、いかに有効であるかを確認できたことへの、かすかながらも希望の光が宿っていた。


 スターリンは、満足げに頷いた。

「ジューコフ同志の提案は、我々が描いてきた青写真と合致する。フランスの轍を踏むわけにはいかない。電撃戦に対する有効な対抗策を、今すぐにでも具体的に準備する必要がある。この『赤い鉄壁』が、我々の命運を握るのだ。」

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