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赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


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1940年3月:パリ、霧の中の交渉

【1940年3月・パリ フランス外務省】


 パリの街は、春の訪れを告げるにはまだ肌寒く、霧がかったような憂鬱な空気が漂っていた。フランス外務省の一室では、ソ連からの特使を迎え、秘密裏の交渉が行われていた。議題は、ソ連が渇望するボーキサイトの供給についてだった。


 フランス外務省高官が、慎重な面持ちで口火を切った。

「特使閣下、本日は遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。貴国からのボーキサイト購入のご提案、しかと承りました。」


 ソ連特使は、冷静な眼差しで応じた。

「閣下、ご多忙の中、お時間をいただき感謝いたします。貴国が保有する高品質のボーキサイトは、我が国の航空機産業発展にとって、極めて重要な資源となります。」


「我が国も、貴国の提示された条件には一定の関心を持っております。提示された工作機械や石油製品は、現在の国際情勢において、我が国にとっても魅力的なものです。」

 フランス外務省高官はそう述べたが、フランス側の交渉官たちの表情は、どこか硬い。ドイツの脅威が現実味を帯びる中、共産主義国家ソ連との大規模な貿易は、国内の反共感情や、同盟国であるイギリスへの配慮も必要となる、難しい問題だった。


 フランス外務省交渉官Aが、懸念の色を隠さずに述べた。

「しかし、特使閣下。ご承知の通り、現在のヨーロッパ情勢は極めて不安定です。貴国との貿易が、我が国の同盟国であるイギリスとの関係に、いかなる影響を及ぼすのか、懸念せざるを得ません。」


 ソ連特使は、落ち着いた様子で答える。

「閣下、我が国の提案は、純粋な経済的互恵に基づいたものです。貴国の経済発展に貢献するとともに、我が国の産業発展にも資する。政治的な意図は一切ございません。」


 フランス外務省交渉官Bが、懐疑的な目を向けた。

「とはいえ、貴国の急速な軍備拡張の動きは、西側諸国にとって懸念材料であります。ボーキサイトが、貴国の軍事力増強に用いられるのではないかという疑念は、拭いきれません。」


 ソ連特使は、わずかに語気を強めて反論した。

「閣下、貴国の懸念は理解できます。しかし、我が国もまた、外部からの脅威に晒されており、自国の防衛力を強化する必要に迫られています。ボーキサイトは、あくまで平和的な産業発展のためにも不可欠な資源なのです。」


 フランス外務省高官は、言葉を選びながら、核心に触れた。

「特使閣下。率直に申し上げますと、我が国が貴国との大規模な貿易に踏み切るには、国内的な理解と、同盟国との調整が不可欠です。特に、貴国が、ロシア革命後の白ロシア人亡命者に対する姿勢を明確にすることが、国内の懸念を払拭する上で重要となります。」


 ソ連特使は、その言葉を注意深く聞いた。白ロシア人亡命者の問題は、フランス国内にも一定の影響力を持つ団体が存在するため、無視できない問題だった。


 ソ連特使は、わずかに思案した後、答えた。

「閣下のご指摘は、承知いたしました。本国に持ち帰り、検討させていただきます。我が国としても、貴国との友好的な経済関係の構築を望んでおります。」


 フランス外務省高官は、静かに言った。

「ありがとうございます。我々も、貴国からの提案を真摯に検討いたします。双方にとって、有益な合意に達することを願っております。」


 交渉は、まだ始まったばかりだった。フランスは、経済的な利益と、政治的なリスク、そして国内世論と国際関係の間で、難しい綱渡りを強いられていた。霧の深いパリの街のように、両国の思惑は、まだ深く立ち込めた霧の中に隠されていた。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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