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赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


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1939年10月:東から北へ

【1939年秋・モスクワ クレムリン内 会議室】


 クレムリンの会議室は、ノモンハンの戦いが終わり、夏の熱気が去ったモスクワの秋のように、どこか静謐な空気に包まれていた。長机の中央に座るヨシフ・スターリンの前に、ハルハ河畔から戻ったばかりの技術観察員ニキーチン少尉が、疲労を滲ませた顔で立っていた。彼が手にしていたのは、T-34の試作機が戦場で得た、血と硝煙の匂いを纏った生々しい報告書だ。


 ニキーチンは、簡潔かつ明確に報告した。

「同志スターリン。新型戦車は、日本軍の37mm対戦車砲を軽々と弾き、傾斜装甲の有効性を証明しました。機動性も計画通り、不整地での突破力は既存戦車を凌駕します。」

 スターリンの表情は変わらない。しかし、その瞳の奥には、かすかな満足の色が宿った。


 だが、ニキーチンはすぐに続けた。

「しかし、問題も露呈しました。砂塵によるエンジンエアフィルターの詰まり、光学照準器の曇り、無線機の通信不良は深刻でした。乗員の疲労も予想以上で、長時間の戦闘では稼働率に影響が出ます。」


 スターリンはパイプの煙をゆっくりと吐き出した。国防人民委員シャポシュニコフもまた、真剣な面持ちで報告を聞いている。ノモンハンでの戦果は確かな手応えだったが、完璧ではなかった。スターリンは、その不完全さを受け入れ、即座に次の段階へと意識を切り替えた。


「よろしい、ニキーチン。ハルコフのズブツォフには、直ちに報告された欠陥の改善を指示する。特に、極寒下での稼働性、そして歩兵の迅速な随伴を可能にする整備性向上を最優先とせよ。」

 ニキーチンは頷いた。まさに、設計局でブラッシュアップが進められている内容だった。


 スターリンは、地図上のフィンランド国境に視線を向けた。冷徹な声が会議室に響き渡る。

「そして……その改良された試作機を、ごく少数で構わん。極秘裏に北の国境へと移動させよ。 NKVDが全輸送経路を確保し、情報は完全に秘匿する。決して外部にその存在を知られてはならん。」

 シャポシュニコフは、スターリンが既に次の「試験場」を見定めていることを理解し、表情を引き締めた。


「同志スターリン。承知いたしました。極秘裏に、直ちに手配します。」


 ノモンハンでの「最初の洗礼」を終えたT-34は、まだその真の姿を世界に知られていなかった。しかし、クレムリンの秘密の指示により、その「赤い魂」は、今、凍てつく雪原でのさらなる試練に向けて、静かに移動を開始しようとしていた。

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