1939年7月:ノモンハン~砂塵と疲弊の戦場~
ノモンハン:砂塵と疲弊の戦場
【1939年7月・ノモンハン ハルハ湖畔】
いくつかの小競り合いを終え、整備中隊の隊長であるフリッツ・シュルツ曹長は、T-26軽戦車の履帯を点検しながら、深くため息をついた。履帯の金属片がそこかしこで歪み、千切れかかっている。
「履帯がボロボロだぞ。これは次がギリギリかな。おい!若いの、この履帯の状況まとめておけ。」
彼は傍らの若い兵士に指示を出した。兵士は慣れない手つきで記録帳を開く。
「技官のお偉いさんたちがうるさいからな。あの連中は、図面の上では完璧なんだ。だが、砂は設計図を読まねぇ。」
シュルツ曹長のつぶやきは、この苛烈な戦場での現実を物語っていた。整備班の兵士たちは、連日の戦闘と砂塵によって故障が頻発する車両の修理に追われ、疲労困憊していた。
その隣では、戦車兵たちが集まって、やはり不満げに話し合っている。
「視界不良は相変わらずだな。あの小さな視察窓じゃ、まるで盲目だよ。」
一人の戦車兵が、苛立ちを隠さずに言った。別の兵士が、苦い顔で続く。
「昨日はクラッチが焼け付いた。おかげで、あの小隊は丸一日足止めを食った。ハルハ川の渡河地点で、日本のやつらに散々撃ち込まれたらしい。弾薬も底を突きそうだったってさ。」
シュルツ曹長は、彼らの会話を聞きながら、自らの無力さを感じていた。どんなに完璧な設計も、どんなに優れた兵士も、この果てしない砂塵と、予想外の過酷な環境の前では、常に限界を突きつけられる。彼の脳裏には、次の戦闘で、再び泥に沈み込む戦車や、故障で立ち往生する車両の姿がちらついていた。
ノモンハンの大地は、最新鋭兵器をもってしても、簡単には征服できないことを彼らに教えていた。そして、その教訓は、来るべき東部戦線での戦いの前哨戦となることを、この時の彼らはまだ知る由もなかった。
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