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赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


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1938年 10月・モスクワ 赤軍砲兵総局 設計局

 モスクワの秋は、乾いた風が吹き荒れる季節だった。赤軍砲兵総局の薄暗い設計室で、砲兵技術大佐イグナチェフは、机に広げられた極秘文書に目を凝らしていた。それは、在外のスパイから送られてきた、断片的だが憂慮すべき情報だった。


「……新型重戦車、装甲厚最大100mm以上、75mmまたは88mm砲搭載の可能性あり……KV計画放棄の報、ソ連軍の戦車戦力に疑念抱かず……」


 イグナチェフは舌打ちした。ドイツの重戦車開発の情報は、ソ連の戦車開発の方向性に大きな再考を迫るものだった。

「忌々しいドイツめ……またしても我々の裏をかこうとしているか。同志スターリンの決断は正しかった。あのような鈍重な鉄塊に貴重な資源を浪費している場合ではない。」


 彼の机の上には、複数の対戦車砲の設計図が広げられている。既存の45mm対戦車砲M1937の改良案と、より強力な新型砲の開発案だ。ドイツが重装甲を追求するなら、ソ連は別の道を進むしかなかった。


 イグナチェフは、思考の海に沈み込むように深く息を吐き出す。

「重戦車に対抗するには、数で圧倒するか、あるいは……歩兵の肉薄攻撃に耐えうる強力な対戦車砲が必要だ。」


 彼は、そばに立つ若き技術士官ベロフに指示を出す。ベロフは、この分野の新たな才能としてイグナチェフが目をかけている一人だった。

「ベロフ!直ちに45mm対戦車砲の改良案をまとめろ。射程延伸、装甲貫徹力向上は当然だ。加えて、歩兵が随伴し、迅速に展開・撤収できる軽量化を最優先とする。隠蔽性を高めるための低姿勢設計も検討しろ!」


 ベロフは顔色一つ変えず、明瞭に答えた。

「承知いたしました、同志大佐!新型砲の開発計画と並行して、既存砲の改良を急ぎます。」


 イグナチェフは、壁に掛けられた巨大なソ連の地図に歩み寄り、チョークでドニエプル川沿いの要塞線を指差した。

「この『赤い鉄壁』を支えるのは、戦車だけではない。肉弾で敵の装甲を打ち破る勇敢な歩兵と、彼らを援護する強力な火砲が必要だ。重戦車を捨てた我々に残された道は、質と機動性を高めた対戦車兵器の開発しかないのだ。」


 彼は、新型砲のスケッチに自ら修正を加え始めた。砲身の延長、軽量化のための材質変更、そして迅速な照準を可能にする改良型照準器のアイデアを書き込んでいく。彼の描く線は、単なる設計図ではなく、来るべき戦争におけるソビエトの生存戦略そのものだった。

「……連中の重装甲が自慢なら、我々はそれを紙のように貫く針を作り上げてやる。」


 ソ連は、水面下で進むドイツの新たな脅威を確実に察知しつつあった。重戦車という一点突破の力に対し、彼らが選んだのは、数と機動性、そして歩兵との連携による総合的な戦闘力という、非対称な戦略だった。対戦車砲の改良は、そのための重要な一歩であり、後に「赤い鉄壁」を支える、無数の勇敢な歩兵たちの頼れる盾となるはずだった。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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