↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/107

1937年11月:海軍への通達

※要塞構想はついに海軍へと波及します。

本話では、内陸防衛計画とバルト海艦隊の砲台案との間にある戦略的齟齬が明らかに。

「海と陸の境界線」に揺れる軍令部。

海軍中将から陸軍参謀への通達文が、この物語の新たな火種を投じます。

【1937年11月・モスクワ クレムリン内 海軍人民委員部 会議室】


 モスクワのクレムリン、海軍人民委員部の会議室は、鉛色の重苦しい空気に満ちていた。窓の外は、すでに冬の到来を思わせる冷たい秋風が吹き荒れている。長テーブルの奥に座る海軍人民委員クズネツォフの表情は険しく、その視線は正面に座るバルト海艦隊司令官トリブツ、黒海艦隊司令官オクトャブリスキー、そして海軍総司令部参謀長イサコフらに向けられていた。彼らの顔には、すでに厳しい報告を聞かされた後のような、落胆と不満の色が浮かんでいる。


 クズネツォフは、重く沈んだ声で口を開いた。

「同志諸君、国防人民委員部からの通達は、極めて遺憾な内容だ。来るべき西方からの大規模な脅威に対し、海軍の役割は限定的である、と。バルト海においては、沿岸防衛を主体とし、黒海においてはクリミア半島とオデッサの護衛を最大限の任務とする、というものだ。」


 トリブツは、その言葉に耐えきれず、声を荒げた。

「何だと!バルト海は我々の生命線だ!敵の重要拠点を強襲し、その戦力を分散させるべきではないのか!我々の水兵は勇敢であり、その能力は十分にある!」


 オクトャブリスキーも同意するように大きく頷いた。

「黒海艦隊も同様です!制海権を確立し、敵沿岸への攻撃、さらには敵の後方攪乱も視野に入れるべきです!クリミアとオデッサの護衛だけでは、あまりにも消極的すぎる!」


 イサコフは、苦渋の表情で言葉を挟んだ。彼の声には、すでに決定が覆らないことを悟っているかのような諦めが滲んでいた。

「しかし同志人民委員、通達には明確に『海軍の戦力増強は凍結し、既存戦力の維持に努めること』とあります。さらに、海軍予算、資材、そして熟練した労働力は、空軍、陸軍、そしてドニエプル川沿いの要塞建設に優先的に投入されるとのことです。特に鋼材や精密機械部品の割り当ては、既に限界に達しており、海軍に回せる余力はほとんどないのが現状です。」


 クズネツォフは、その報告に拳を握りしめた。その怒りが、テーブルを震わせるほどだった。

「理解に苦しむ!陸軍の要塞線が重要であることは認める。空軍が制空権を確保することも不可欠だろう。だが、海軍の力は、敵に別方向からの圧力をかけ、戦局全体を有利に導くことができるはずだ!敵の意表を突く大胆な作戦こそ、我々の真価を発揮できる機会ではないか!」


 トリブツは、机を叩きながら同意した。

「その通りです!もし我々に十分な戦力があれば、バルト海が敵の内海となるような事態は絶対に許さない!」


 イサコフは、疲れたように深いため息をついた。

「同志人民委員、私も海軍の戦略的価値を理解しております。しかし、国防人民委員部の決定は固く、スターリン同志の承認も得ているとのことです。資金、資材は逼迫しており、優先順位をつけざるを得ない状況なのです。戦車工場や要塞建設現場からは、既に悲鳴が上がっていると聞きます。これ以上、国家の資源を分散させるわけにはいかないのでしょう。」


 会議室には、重い沈黙が流れた。海軍将官たちの顔には、明らかな不満と落胆の色が浮かんでいた。彼らが抱いていた、海の英雄としての誇りと、大戦への貢献への期待は、冷徹な現実によって打ち砕かれたのだ。


 クズネツォフは、深いため息をついた。その息には、抑えきれない悔しさが混じっていた。

「……つまり、我々は、与えられた範囲内で最善を尽くすしかない、ということか。バルト海の沿岸防衛を強化し、黒海においては、陸軍の作戦を最大限に支援する。それが、我々の新たな任務となるのだな。」


 トリブツは唇を噛み締め、オクトャブリスキーは悔しそうに顔を歪めた。彼らの胸中には、海軍将官としての誇りと、国家戦略への不満が渦巻いていた。


 クズネツォフは、最後に自らの感情を押し殺すように言い放った。

「この決定に対する不満は、私も同じだ。しかし、国家全体の戦略の中で、海軍が果たすべき役割は、今は限定的であると判断されたのだ。我々は、プロレタリアートの海軍兵士として、この決定に従い、与えられた任務を全うするしかない。」


 海軍の苦渋と国家の選択

 海軍の戦略的役割を巡る激しい議論は、国家の資源配分という冷徹な現実によって終止符が打たれた。スターリンの承認を得た海軍縮小の方針は、バルト海と黒海の艦隊に、限定的ながらも重要な任務を課すことになった。海軍将兵の間に鬱積した不満は、しかし、国家の命運をかけた総力戦という大局の中で、静かに飲み込まれていく。彼らの艦隊に回されるはずだった貴重な資源は、空を制し、陸を固め、敵の侵攻を食い止めるための『赤い鉄壁』へとまわされていくのだった。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

ご感想やご意見など、お気軽にお寄せいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。