1941年8月末:ベルリン陥落~勝者と敗者の視点~
スターリン:冷徹なる勝利の確認
【1941年8月末・モスクワ クレムリン】
ベルリン陥落の一報は、スターリンの執務室に静かに届けられた。その瞬間、彼の顔には、それまでの緊張や冷徹な計算の影が薄れ、まるで長年の宿願が達成されたかのような、深い満足感が浮かんだ。しかし、それは決して感情的な高揚ではなく、完璧に計画された戦略が、その最終段階に入ったことを確認する、冷たい笑みだった。
「ベルリンが陥落したか…」
彼は、椅子に深く腰掛け、ゆっくりとパイプから煙を吐き出した。その目は、目の前の地図ではなく、はるか東の、これまでの自らの決断の軌跡をたどっているかのようだった。
「ドイツの愚か者どもめ。彼らは、我々を農民の国と嘲笑し、その軍事力を侮った。だが、我々は彼らに、真の『電撃戦』とは何かを教えてやったのだ。」
スターリンは、独ソ不可侵条約を破棄したヒトラーの裏切りを思い起こした。その怒りは、確かにあった。しかし、それ以上に、その裏切りが自らの巧妙な罠を完成させる絶好の機会を与えたという事実への、満足感が勝っていた。
「これで、ポーランドの焦土は、ドイツ兵の汗と血によって肥やされるだろう。そして、我々の『赤い鉄壁』は、さらに東方へと、新たな防衛線として機能する。」
彼の言葉には、勝利者だけが持つ傲慢さ、そして未来を見据える冷徹な戦略家の確信が混じっていた。莫大な犠牲を払って築き上げた防衛線、欺瞞に満ちた情報戦、そして時宜を得た反攻。その全てが、ベルリン陥落という形で結実したのだ。スターリンは、まさに「不可能を可能にした」と心の中で呟いた。しかし、その不可能を可能にした代償が、いかに途方もないものだったかを、彼は誰よりも深く理解していた。
ヒトラー:絶望の淵、裏切りの叫び
【1941年8月末・東プロイセン 総統大本営「ヴォルフスシャンツェ」】
ベルリン陥落の報は、ヴォルフスシャンツェの地下壕を地獄へと変えた。電話の向こうから聞こえる参謀たちの震える声、市街地の炎上を伝える無線。ヒトラーは、その受話器を激しく叩きつけ、制御不能な怒りと絶望の中で咆哮した。
「裏切り者ども! なぜベルリンが陥ちたのだ!? 私の命令に従わなかったからだ! 無能な将軍どもめ!」
彼の顔は蒼白になり、目は血走っていた。かつて、パリ陥落を告げられた時のような高揚感は、微塵もなかった。ただ、裏切られた者だけが持つ、深く、冷たい絶望が彼を支配していた。
「あのようなボルシェビキのゴミどもが、我が偉大な国防軍を打ち破っただと!? 信じられん! 情報部は、私を欺いていたのか! アプヴェーアは、あの赤の野蛮人どもを過小評価したのだ!」
彼は、テーブルに広げられた地図を乱暴に払いのけた。ドニエプル川で釘付けにされた主力部隊からの、壊滅的な敗北報告が次々と届いていた。彼らは、ソ連の「焦土作戦」と「赤い鉄壁」という二重の罠に完全に嵌め込まれ、補給は途絶し、精神は限界を超えていた。
「フランスから部隊を引き上げろと!? 馬鹿な! 西部も脆弱になるではないか! だが、ベルリンが…私のベルリンが…!」
ヒトラーの思考は混乱し、彼の声は次第に叫びから嗚咽へと変わっていった。東部戦線での「楽勝」を確信していた彼にとって、この結末は悪夢そのものだった。ソ連の「非効率性」と「腐敗」という都合の良い幻想が、今、恐るべき「カウンター電撃戦」という形で、自らの首を絞めていた。
彼は、自分が仕掛けた奇襲が、まさかここまで完璧な形で裏目に出るとは想像だにしなかった。ベルリン陥落は、ヒトラーの権威と自信に、回復不能な傷を負わせた。そして、この東部戦線での敗北が、第二次世界大戦の行く末に、暗く、そして決定的な影を落とすことになった。
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