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赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


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1941年8月:ベルリン陥落~電撃戦のカウンター~

【1941年8月末・ベルリン】

 1941年8月の終わり、ベルリンの空には絶望が広がっていた。ドイツ国防軍が必死に組織した反抗は、焼け石に水だった。フランスから緊急招集された部隊が到着する前に、ソ連の機甲師団は都市を包囲し、容赦ない攻撃を開始した。新兵や海岸防衛隊がT-34の群れを食い止めることは不可能だった。かつて「無敵」を誇ったドイツ軍の首都は、わずか数日間の激しい抵抗の後、ついにその防衛網を突破された。


 スターリンが反撃の号令を発してから、わずか一カ月半少しという、信じられないほどの短期間でベルリンは陥落した。独ソ戦開戦からは、約2カ月余りの出来事だった。


 ベルリン市街は、赤軍の砲弾と航空機の爆撃で焦土と化し、その瓦礫の中には、莫大な数の兵士たちの死体が横たわっていた。それは、ソ連軍にとっても、ドイツ軍にとっても、莫大な戦死者を出した戦いだった。


 この戦いは、世界の軍事史に新たな一ページを刻んだ。ドイツが誇る電撃戦ブリッツクリークに対し、ソ連はそれを上回る「カウンター電撃戦」で応えたのだ。ドイツ軍がソ連の広大な国土に引き込まれると予想していた長期消耗戦は、予期せぬ短期決戦となった。


 ソ連が「赤い鉄壁」の構想に5年もの歳月を費やし、文字通り、無数の人々の犠牲の上に築き上げたこの巨大な防御システムと、その裏に隠された巧妙な焦土作戦、そして電撃的な反撃戦略は、ドイツ軍の過信を打ち砕いた。


 ドイツ国防軍は、その圧倒的な軍事力を信じていたが、ソ連が用意した「罠」の深さを全く理解していなかった。彼らが「非効率的」と嘲笑したソ連の偽装は、完璧に機能し、彼らが自らの手で築いた補給線が、ソ連軍の反撃の動脈となった。


 ベルリンの陥落は、第二次世界大戦の序盤における、最も劇的で、そして世界を震撼させる出来事となった。それは、電撃戦の概念を覆し、新たな戦争の様相を世界に示した、歴史的な瞬間だった。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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