1941年8月上旬:ベルリンのパニック~総統の城下町、迫る赤き脅威~
【1941年8月上旬・ベルリン 総統官邸】
ベルリンは、今やパニックの淵にあった。ドイツ国防軍の主戦力は、はるか東のドニエプル川で、ソ連の「赤い鉄壁」に釘付けにされていた。その間に、ソ連のT-34を先頭とする機甲師団が、ワルシャワをあっけなく突破し、まさに目と鼻の先、ベルリンへと迫っていたのだ。
総統官邸の地下壕では、激しい怒鳴り声と混乱が渦巻いていた。ヒトラーは、東部戦線からの壊滅的な報告に、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「馬鹿な! ベルリンを守る部隊はどこにいるのだ!? なぜ、あのボルシェビキのゴミどもが、ここまでたどり着けたのだ!?」
カイテル元帥は、震える声で報告した。
「総統…東部戦線から引き抜ける部隊は皆無であります。現在、ベルリン周辺に展開できるのは、後方で訓練中の新兵、そして海岸防衛隊のみであります。彼らでは、ソ連の機甲師団を止めることは…不可能であります。」
「不可能だと!? ドイツ国防軍に不可能などない!」
ヒトラーの怒声が響き渡るが、彼の心の中には、確かな絶望感が広がり始めていた。フランスを席巻したあの電撃戦が、まさか自らに跳ね返ってくるとは。
参謀本部では、混乱の極みの中で、必死の検討が続けられていた。陸軍総司令官ブラウヒッチュ元帥が、重い口を開いた。
ブラウヒッチュ
「総統。緊急の措置として、フランス駐留部隊の即時引き揚げを打診するしかありません。彼らであれば、かろうじてベルリンの防御に間に合うかもしれませんが…」
それは、西部の占領地から戦力を引き抜くという、屈辱的な提案だった。しかし、ベルリンが炎上する危険が迫る今、他に選択肢はなかった。ドイツの心臓部は、今、かつてない危機に瀕していた。
ドニエプル川の絶望:封鎖された主力部隊
【1941年8月上旬・ドニエプル川西方 ドイツ国防軍前線】
ドニエプル川に釘付けにされていたドイツ軍主力部隊は、当初、ワルシャワ陥落の報を敵の策略だと受け止めていた。連日の砲撃と補給の途絶、そして「赤い鉄壁」の圧倒的な防御力の前に、精神的に追い詰められた彼らは、まともな判断力を失いつつあった。
「ワルシャワ陥落だと? ありえない! どうせボルシェビキのプロパガンダだろう!」
前線指揮官が、無線からの報告を信じようとしない。
しかし、数日も経たないうちに、後方から続々と押し寄せる敗走部隊の存在が、現実の冷酷さを突きつけた。疲労困憊で、武器を捨てた兵士たちが、まるで幽霊のように前線をすり抜けて、西へ西へと逃げようとしていた。彼らは、リガとオデッサから現れたソ連の機甲部隊が、自分たちの補給線を完全に分断し、ワルシャワを陥落させたことを告げた。
「我々は…囲まれたのか…?」
前線司令部の将校の顔から、血の気が引いていく。補給が途絶え、撤退路も断たれた今、彼らが置かれている状況は、まさに袋のネズミだった。ドニエプル川の堅固な要塞は、彼らの進撃を阻む壁であると同時に、今や彼らを閉じ込める巨大な檻となっていた。
ドイツ兵たちは、戦場の泥濘に膝をつき、茫然自失となっていた。空腹と喉の渇き、絶え間ない砲火、そして何よりも、逃げ場がないという絶望感が、彼らの精神を徹底的に破壊した。
「なぜだ…なぜ、こうなった…?」
彼らは、ソ連の「無能さ」を嘲笑し、そのインフラ破壊を「杜撰な焦土作戦」と見下していた。しかし、その「無能さ」の仮面の下には、恐るべき計算された罠があったのだ。彼らは、スターリンの冷徹な笑みの裏に隠された、巨大な「赤い鉄壁」と「焦土」の真の意図を、あまりにも遅く、そしてあまりにも絶望的な状況で理解したのだった。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。
ご感想やご意見など、お気軽にお寄せいただけると励みになります。




