第3話 入学式
4月8日。
桜が風に舞う中、内閣府立国家戦略高等専門学校の入学式が行われる。
あの推薦入試の二次試験――何がどうなったのか分からないけど、絶対に落ちたと思っていた。でも何とか合格していて良かった。両親は涙を流して喜んでいた。
久遠寺さんも当然のように合格している。
全寮制のため、昨日までに荷物の運び込みは完了済み。
ちなみに、この学校の入学式には父兄の参加が認められていない。そのせいか、式自体はあっさりとしたものになりそうだ。
◆◆◆
校舎二階の窓から、体育館へと向かう新入生たちを見下ろす二つの影。
一人はがっしりとした体格で、短く刈り込んだ髪の男子生徒。もう一人は長身で黒髪、切れ長の瞳がすべてを見透かすような印象を与える女子生徒だった。
「で、噂の彼ってのはどれだ?」
男子生徒が尋ねる。
「知らんすよ。漫画みたいにオーラが見えるわけじゃねぇし」
見た目の涼しげな印象に反し、女子の口調はぶっきらぼうだった。
「見た目は普通、って話だったし、ここからじゃ分かんねぇな」
「アンタみたいな感じだったら、一発で分かりそうっすけどね」
女子生徒はくくっと笑い、窓から目を離すと肩をすくめた。
「それより祝辞を頼まれてるんでしょ? 行かなくていいんすか?」
そう言い残し、彼女はその場を後にした。
◆◆◆
体育館には整然と並ぶ椅子。その一つに腰を下ろし、僕は周囲を見回す。
今年の新入生は26名。入試のときに言われた通り、合格者は本当に半分だったようだ。
「昨日興奮して眠れんかったから寝不足なんや。寝たら怒られるやろか?」
隣で祇園君が、すでに眠そうな目をこすっている。
「人数少ないからね。すぐにバレると思うよ。ちゃんとした方がいいって」
「せやな。まぁ、頑張ってみるわ」
そんな会話を交わしているうちに、司会の開式の言葉。
続いて壇上に校長先生が現れた。マイクの前に立ち、ゆっくりと視線を巡らせる。
そのまなざしが一巡すると、体育館に静寂が満ちていった。
「えー、皆さん。まずは入学おめでとう」
柔和な表情を浮かべながら、校長先生は語り出す。
「君たちは選ばれた存在だ。その誇りを持ってほしい」
一拍置き、話を続ける。
「試験の内容については口外禁止、と伝えてあったね。それと同じで、これから君たちが学ぶことも、友人、家族、誰にも話してはならない。そしてもちろん、これからする話もだ」
また口外禁止なのか。
隣を見ると、祇園君もさすがに真剣な表情で聞いていた。
「まず、君たちが推薦された理由だが、毎年の健康診断の結果から選定している」
健康診断? 僕の結果はごく普通だったはずだけど……。
「君たちのDNAには、健診の結果には記されていない特殊な素因子が刻まれている。通称『シグマコード』だ」
シグマコード。試験の時に聞いた。
「これは、二十年前に発見された『メタ粒子』と反応することで、この世の理を超えた現象を引き起こす。要するに――君たちは、常識を超えた能力を発現することになるわけだ。そして、その力を持つ者には、国家資格が与えられる」
静かにざわめきが広がっていく。
「その資格というのは――『異能師』だ」
いのうし?
理解できないのは僕だけかと周囲を見回すが、みんな同じようにポカンとしている。
「まだ公にはされていないが、近いうちに少しずつ情報が解禁される。もう隠し切れなくなってきたからね。でも君たちは今はまだ仮免許の状態だ。卒業試験を合格して、初めて正式な異能師となれる。ま、卒業前に合格する生徒も一部いるが」
校長先生は淡々と語りながら、口元に笑みを浮かべた。
「異能師はすごいぞ。分厚い手当はもちろん、警察や裁判所の管轄を超えた権限や、軽犯罪の免責特権まである。だからこそ、能力を鍛えるのと同じくらい、倫理観の育成にも重点を置く」
そして、最後に付け加える。
「では、諸君。実り多き学生生活を送れるよう、健闘を祈る」
校長先生が壇上を降りる。
入れ替わるように、脇で待機していた上級生らしき男子生徒が登壇した。
アメフト選手みたいな体型だ。一目で鍛え上げられているのが分かる。
「皆さん、入学おめでとう。四年の一乗谷龍成だ」
低く響く声が体育館に広がる。その鋭い目つきには威圧感があった。
「この学校には生徒会というものが無い。その代わり、この学校で最強の俺から祝辞を述べさせてもらう」
ん? 最強?
この学校はそういう価値観があるの?
「君たちは今日から俺たちの仲間だ。さっきの校長先生の話がよく分からず、不安な奴もいるだろう。でも心配する必要は無い。すぐに分かるようになる。力を持つ俺たちは世界を守る使命があるってことだけ覚えておけばいい。当然、危険はつきものだ。だが、俺が全力で守る。何かあったら俺に言え。絶対に助けてやる。以上」
そう締めくくると、一乗谷先輩は堂々と壇を降りていった。
祝辞のあとは新入生代表の挨拶なども無く、あっさり閉式となった。
僕たちはそのまま教室へと戻る。新入生は26名しかおらず、クラスは一つだけだ。
「世界を守る使命、か。壮大過ぎてピンとこないけど、すごいこと言ってたね、先輩」
隣を歩く久遠寺さんに軽く話しかける。
「そうね。でも、もし本当に私たちにそんな力が発現するのなら。正しく使って人々を導かないとね」
彼女は少し興奮した様子で、頬をほんのりと赤く染めていた。
教室に入ると、机や椅子は中学時代と変わらない。
内閣直轄の学校だが、ごく普通の風景だ。
僕たちはそれぞれの席に着き、先生が来るのを待つ。
少しすると、ガラガラガラと扉が開き、屈強なお兄さんが入ってきた。
「よし、みんな揃ってるな!」
低く響く声が教室に広がる。
「お前たちのメイン教官を務める小値賀鉄蔵だ。これから五年間、よろしくな!」
そう言うと小値賀先生は、教室をぐるりと見渡した。
自衛隊員のような精悍な出で立ち。まだ四月だというのに半袖を着ている。
露わになった腕にはいくつもの傷跡が刻まれていた。
「入学式で校長と一乗谷が話した通り、お前たちには秘められた力がある。戦闘向きの奴もいれば、そうでない奴もいる。まずは自分の力を知ることが大事だ。というわけで――」
一拍置いて、言葉を続ける。
「今日は『異能発現試験』を実施する!」
……え? さらっと『戦闘向き』とか言った?
それが世界を守ることと関係してる感じ?
もしかして、本当に何かと戦わないといけないの?
「入試の時にやったオプトジェネティクスみたいな試験だ。もう少し詳しく調べるが、心配はいらん! ガハハハハ!」
先生の豪快な笑い声とは裏腹に、教室内には不安げな空気が漂う。
「え? また注射っすか? 変なもん入ってないっすよね?」
祇園君が恐る恐る尋ねる。
「変なもんかどうかの基準は知らんが、人体に害はない。安心しろ」
「ええ、めっちゃ嫌やわ~。十年後とか二十年後に影響出えへんやろな……」
「俺も何十回も受けてるが、見てみろ。ピンピンしてる。人生で一度も風邪を引いたことがない」
「そら……何とかは風邪ひかん言うしな……」
「何か言ったか?」
先生がじろりと睨むと、祇園君は視線を逸らした。
「よし、じゃあ第三研究室まで移動するぞ。ついてこい!」
その声を合図に、全員が席を立つ。
僕も立ち上がったが――
「ああ、出雲崎。お前は入試の時に判明してるから大丈夫だ。ここで自習してろ」
入試の時。
カプセル内で起きた現象、あれが僕の能力ってことか……?
◆◆◆
第三研究室。
入試の時に使った部屋よりも格段に広い。
研究設備も多く、白衣を着た研究員たちが忙しそうに動き回っている。
久遠寺御影は、少しだけ緊張していた。
だが、それ以上に、期待が膨らんでいた。
――自分には、どんな力が眠っているのか。
あの火事の日。
出雲崎透真の能力を目の当たりにした。
彼は正にヒーローで、自分にとって特別な存在となった。
もし自分にもそのような能力があるとしたなら。
その力を使って誰かの、みんなの力となりたい。
御影の順番が回ってくると、研究員たちは興味深げにモニターに目を向ける。
『久遠寺御影。この生徒は……確か、特級だったな。さて、どんな能力を見せてくれるかな』
『極級の子も見てみたかったよ』
『ん? 過熱だろ?』
『極級だぞ? 過熱だけで済むわけがない。もっと根本的な、この世の理を揺るがすような力のはずだ』
御影はヘルメットを装着し、カプセルに入る。
周囲の装置が作動し、メタ粒子の濃度が高まっていく。
赤と青の光が明滅し、ヘルメットには微弱な電流が流れる。
すると――
ふわり、と。
身体が浮いた。
まるで重力から解き放たれるように、御影の身体はカプセルの中で静かに宙に浮く。
『……これは……』
『浮遊? いや、重力操作か?』
研究員たちの目が驚きに見開かれる。
『凄い……。この能力は、初めての発現だ……!』
異能師のランクについて
初級 影響範囲は狭いが、工夫次第で役立つ可能性を秘める。
中級 戦闘や日常で役立つ、実用性の高い異能を持つ。
上級 広範囲に影響を及ぼしたり、戦闘や社会の重要な局面を担える。
特級 常識を超えた圧倒的な力で、大規模な影響を及ぼす。
極級 世界の理すら覆す、規格外の力を持つ。