第26話 裏能祭①
11月26日。
内閣府国家安全維持局。
重厚な木製の扉を抜けた先、中央には長い楕円形の会議テーブル。
その周囲を固めるのは、各部署の実務責任者たち。
冷えた空気と、重たい沈黙。壁の時計だけが、静かに時間を刻んでいた。
「さすがにこれ以上、この事案に集中するのは無理じゃないですかね?」
制圧第二部隊隊長・氷室が、ぼそっと呟いた。
「まだ、元凶の凶は討伐されていない。ここで止めれば、全てが水の泡になる」
刑事局捜査第一課長・小山の声には、抑えきれない苛立ちが滲んでいた。
「いや、学生をこれ以上巻き込むのは限界だって。卒業後は過酷な日々が待ってる。今から心身削ってどうするの」
「だが、彼らの協力で行方不明は減っている。討伐できていなくても、抑止にはなってるだろう?」
「……そもそも、凶が本当に犯人なのかな?」
氷室の言葉に、場の空気が一瞬止まった。
「今さら何を――!? 凶は異能のエネルギーに引き寄せられる。被害者は全員、潜在異能者だろう?」
「俺たちは一言も『凶が犯人』なんて言ってないでしょ。そもそも今まで一度だって、凶が異能者だけを狙った事例なんて報告されてないし。しかも今回は殺人じゃなく行方不明だ。奴らにそんな知能があるとは思えないな」
「だとすれば、犯人は人間だとでも? 何が目的で異能者を攫う? それに、どうやって潜在異能者の情報を手に入れると言うんだ?」
小山の声には、静かな怒気が微かににじんでいた。
「それを調べるのが、あんたら警察の仕事でしょ。最初から凶と決めつけるから、視野が狭くなるんだよ」
氷室の声は冷静だが、鋭かった。
「……ぐっ」
小山は唇を噛んだ。
「で、どうなんです、局長? 人員を集中させた影響で、地方の対応が手薄になってる。現場から不満が上がってます」
局長の濱中はしばし目を閉じ、黙考の末に口を開く。
「……高専の協力は一時停止だな。地方から集めた隊員も半分戻す。さすがにこれ以上、地方に割を食わせるわけにはいかん」
「し、しかし――!」
「協力は維持する。ただし、規模は縮小せざるを得ない。それよりも……SNSの方だ。過去の事件を掘り返して、メタ粒子と我々維持局の関係を疑問視する声が出始めている」
「そろそろ、俺らの任務を公にした方がいいんじゃないですか? このまま隠し通すのは、逆効果になりそうっすよ?」
「……それを決めるのは我々じゃない。判断は内閣に委ねるしかない」
局長の言葉に、場は再び静まり返った。
◆◆◆
12月2日。
今日も放課後、僕は第三訓練場で瑠璃先輩に戦闘技術の指導を受けていた。
最近は先輩の稲妻のような動きにも、なんとかついていけるようになってきた。
その為、今ではヘッドギアとボクシンググローブを装着し、スパーリング形式での訓練が中心になっている。
最初はその動きを目で捉えることすらできなかったのに、今では攻撃を当てることもできるようになってきた。
クリーンヒットはまだ難しいけど、成長は確かに実感できる。
単純に動体視力が向上したのもあるだろう。
でも、それ以上に経験が蓄積された影響が大きい気がする。
「こう来たら、こう来る」──そんな勘が磨かれてきた。
これは瑠璃先輩特有の動きに対する慣れもあるが、「こういう姿勢だと、こういう動きになる」という法則は、他の相手にも応用できるはずだ。
訓練の締めくくりが腕立て伏せなのは変わらない。
今のノルマは100回。気づけば僕の体も細マッチョくらいにはなってきた。
「うんうん、大分良くなってきたね~♪」
隣で腕を組みながら、瑠璃先輩が満足そうに微笑む。
華やかなネイルの指先で耳元のピアスをいじっている。その表情は、どこか楽しげだ。
「この調子でいけば、うちが卒業するまでには一人前になれそうだよ♪」
「……あ、ありがとうございます。頑張ります」
会話しながらの腕立てはキツイ。
とりあえず、呼吸を整えながら続ける。
「ところで、裏能祭にはいずもっちも出るの?」
「裏能祭?」
思わず手を止める。話が続きそうなので、一旦腕立てを中断することにした。
「毎年12月にやる特級以上の異能師たちのお祭り。高専の生徒も出るよ♪」
「え? そうなんですか? 何も聞いてないですけど。てか、僕、まだ見習いですし」
「えー、まだ認定されてないんだ。あれだけ現場に駆り出されてるのにね♪」
ギャル先輩はジャージの裾を軽く引っ張りながら、茶髪のポニーテールを指先でくるりと巻いた。軽い仕草ひとつとっても、どこか余裕を感じさせる。
「特級以上ってことは……一乗谷先輩とかですか?」
「そう♪ あとは宙矢と小夜かな。御影ちゃんはまだ認定されてないし♪」
「でも、お祭りって一体……?」
「異能を披露し合って、序列を決めるんだよ♪」
「序列……?」
「去年はね、一乗谷君が9位に入って、高専内ではトップだったんだ♪」
「あ、それで入学式のとき、『この学校で最強』とか言ってたんですかね?」
「あはは、そんなこと言ってたんだ♪」
瑠璃先輩は肩をすくめ、ふっと笑いながら長いまつ毛を揺らした。
「序列の高さと戦闘力は必ずしも一致しないけどね♪ 強さで言えば宙矢の方が全然上だけど、あいつ、やる気ないから♪」
「へぇ……」
やっぱり宵宮先輩は相当強いんだ。
「でも面白そうですね。観戦とかできるんですか?」
「うん、高専の学生はその日は全員観戦することになってるよ♪ 聞いてないの?」
小値賀先生は何も言ってないはず。
……というか、僕が学校の行事を全然把握してないだけかも。
「ちなみに、嵯峨野さんも出るんですか?」
「うん、毎年一番の目玉だね♪」
「――そういえば、嵯峨野さんの他にも極級の人っているんですか?」
「いないよ♪」
「じゃ、最初から一位は決まってるんじゃ……」
「そうだね、だから二位が実質一位みたいなもんだよ♪」
それは、他の参加者が気の毒だな……。
殿堂入りとかさせればいいのに。
そんなことを思いながら僕は腕立てを再開した。