いいこ
真白 心は、超特大級の嘘つきである。
「でさー、数学の鬼山いつも女子のスカート丈に睨みきかせてるよね」
「わかる!!休み時間でも移動中でもいっつもあの黒板用の物差しもっててさ、いちいち物差しではかっては『おい、2cm短いぞ』ってさぁ……きもいよね!!!ね、心もそう思うでしょ?」
「えっと……はは、でもほら美優たちが可愛いから心配してくれてるんだと思うよ」
「ええぇそんな風に普通おもえる?心って本当いい子だよねえ」
「そんなことないよ。あ、私予定あるから今日は帰るね、またあした」
「あぁうん、またねー!!」
天気の良い放課後。
(きもいよねって知らないよ。校則違反しているのは美優たちの方じゃん。違反してなきゃ別に何も言われないよ)
一人川沿いの帰路を歩きながら、足元の小石をコツンと軽く蹴飛ばした。
学生の本分は学業だ。勉強をきちんとして、部活も努力していれば十分なのだ。変に恋だのなんだのに浮かされているから、校則を破ってでもオシャレなんてしたいと思うのだ。
女子の世界は残酷、面倒。意見を求められているようで相手の求める正解の回答をしなければいけない空気。
「……って、内心こんなこと思ってるくせに隠してばっかの私が一番醜いか」
まっしろなこころ。
なんて、まったく名前負けもいいところである。
(帰ったらいつものしよ……)
誰もいない家の帰宅して鍵を開ける。静まり返った部屋が落ち着かず、何を見るわけでもなくスマホでYoutubeを垂れ流しがてら、私はいつも通りパソコンを起動させた。
私のひそかな楽しみはネット投稿である。内容は歌だったり、詩だったり、小説だったりと様々。
学校では猫かぶりな私にとってここだけが本当の私の場所で在れる場所。初めは評価なんて関係ないと思って好き勝手に始めた投稿だったが、やがてぽつりぽつりと定期的に感想をくれる人がつき始め、私の作品や言葉で「救われた」「癒された」と言ってくれる人がいて、中には、「メモ帳に控えて何度も読み返しています」と言ってくれる人までいた。特に読み専のひまわりさんは私の投稿が上がるたびに毎回欠かさずにすぐにコメントをくれていた。それはどう表現していいかわからない悲しみや痛みから、クラスの人には笑われてしまいそうな日々の中で見つけた小さな幸せや気持ちなど様々であったが、最初は自分の中から切り出して捨てるようにネットの海に流した言葉を、ほかの誰かが投げ捨てた私よりも愛おしそうにそれを拾っては抱きしめてくれるのだ。
創作活動は自由だ。どんな気持ちを吐いても、何が好きでも、その作品そのものが私から独立した人格であり、『あくまで創作です』という魔法の言葉がどんな感情も私の中から逃がしてくれる。
ただ、それもこれも全部あくまでこの電脳空間だけの話。
(現実ではありのままで友達なんてできるわけないんだから……)
本当の私を見てくれる此処があればそれでいい。それだけでこの仮面だらけの現実も生きていけるのだから。
人の顔色を伺うようになったのはいつからだろうか。
そう、昔は思ったことをなんでも口にする素直な子だった気がする。
そんなある日だった。みんなと分かれた帰り道。
いつものように昨日の投稿の閲覧数やコメントを確認するために、スマホで投稿サイトにアクセスした。
「えっひまわりさんがコメントしてくれてない……」
(気づいていないだけ……だよね……?)
最初はただ投稿に気づいていないだけかと思った。だけどその日の夕方、翌日、やがて数日たっても一向にコメントがつかない。心配になった私は思わずひまわりさんのプロフィールにアクセスしてみた。
よく見たらひまわりさんは他の人の投稿にはコメントはしていた。つまり、忙しくて来れていないわけではなく、ログインはしていてそのうえで私の投稿にはコメントしていないのだ。
コメントもつかない。閲覧数だっていつもの半分にも満たない。
まるで私が誰にも見えていないかのように、何も返ってこない。
自分の唯一の居場所が崩れ落ちていくように、どんどんと頭の中が白くなっていく。
(どうしようどうしよう…私またなにか変なこといっちゃった…?)
ぽつりぽつりと降り出していた雨は、やがて本格的な土砂降りになっていた。
傘も持っていない。雨宿りをしなきゃという思考と、もう濡れたしどうでもいいかという思考が拮抗して、頭の中がどんよりと鈍く霞む。
雨が髪にまとわりついて、視界の輪郭が溶けていく。
どこまで歩いたのかも分からない。ただ、足音と雨音だけが世界のすべてだった。
その音の向こうに、小さな呼吸のような灯りを見た。
まるでそこだけが現実の避難所みたいで、気づけば指先が冷たい金属に触れていた。
そっとドアを押し開けると、キラキラとドアチャイムが響いた。
「いらっしゃ……っええええ!!ずぶぬれ!?雨!?涙!?何事!?」
奥から駆けてきたこぼれそうな笑顔から一転、私を見るなり慌てふためく少年。
暖かい室内。見ず知らずの私を心配してくれているその姿を見ると、何故だか気が抜けてしまった。
「どうしようぅうう私ついにフォロワーさんにも見放されちゃったよぅううう」
それから私はこぼれる涙と同じように、ぼろぼろと流れる弱音をすべてぶちまけた。




