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ホットココア

「はい、どうぞ」




「…………ありがとうございます」




(かわいい……)




目の前に出されたココアは手のひらで包み込むのにちょうどいいサイズのマグに、湯気の立つココアの上にはミッケによく似たラテアートが施されている。


照れくさくも小さくつぶやくように御礼を告げながら一口、傾ける。冷えていた指先からじんわりと熱が伝わる。体の芯から温かさが広がるのを感じる。




「そういえば君、名前は?僕は陽太(ようた)




「……海月みつきです」




「みつきちゃんか!きれいな名前だね、よろしくね」




それから、陽太とたくさん話をした。




このカフェのこと、陽太のこと、好きなこと、特に猫の話題では盛り上がっていた。どうやら陽太に聞いた話では、陽太の他に店主とめぇちゃんという女の子が働いているという。


しかし陽太のほうからなにがあったかは一切聞いてこなかった。それがなんだか心地よくて、陽太の話を聞くのが楽しかった。




「ところで、もう夜遅いけどどうするの?」




ふとそう言われてお店の時計に目をやるといつの間にか時計は21時近くを指していた。ほんの少し焦ったが、帰るかと言われたら正直帰りたくもない。


返答に悩んでいると陽太は何かを察したように問いかけた。




「………………とまっていく?」




「? ここはカフェでしょう?」




「ふっふっふ、当店はカフェホテルとなっているのですよ」




「でも私そんなにお金なんて……」




「それはご心配なさらず、料金はかかりませんよ」




強引な陽太の誘いに戸惑っていると、背後から陽太の明るい声とは違う、深みのある低い声が聞こえてきた。




(だれ……?)




ゆっくりと後ろを振り向くと、そこに白銀の艶やかな短髪にシックな黒のエプロンを着用した男性が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。




「マスター!」




「はじめまして、ご挨拶が遅れました。当店の店主をしております。」




陽太が男性に気づくと、そういって男性は深々と丁寧にお辞儀をした。陽太の話では鬼のように怖いおっかない店主だと聞いていたがとんでもない。微塵も怒りそうもない英国紳士のような穏やかな店主にしか見えない。聞いていたイメージとのギャップに内心は緊張しながら、おずおずと自己紹介をした。




「あ、海月です。よろしくお願いします」




「海月さん、ですね。もう夜も遅いですし、料金はかかりませんので、陽太の言う通りぜひ泊っていってください。陽太、案内して差し上げてください。」




「はーい!!それでは一名様ごあんなーい」




そういって自然に私の手をとると、暗がりへとつながる階段の入り口に置いてあるランプを手に取って階段をどんどんと下っていく。その間も陽太は先ほどと変わらない調子でずっと楽しそうに話し続けている。そんな話の腰を折るのも戸惑いながらやはり思い直した。




「あの、私やっぱり……親にも……めいわく、かかりますし……」




私がよくても、何かあったときに怒られるのはすべて親だ。私一人のわがままで夜遅くまで頑張っている母を困らせたくはない。


陽太は一瞬だけ足を止め振り返ると私の手をぎゅっと握ってほほ笑む。




「大丈夫大丈夫!ここは此処にあって、此処にない場所なんだ」




「? どういう意味でしょう……?」




「うーんん……説明が難しいけど要するに、ここでの時間は特に気にしないでってことかな!」




 さらに混乱が増す私を置いて陽太はまた前へ向きなおすと半ば強引に地下フロアへと進んでいく。やがて落ち着いた香りが鼻孔をくすぐったかと思うと部屋へと案内される。立派な扉を重々しく開けるとぼんやりと薄暗い部屋の正面には壁一面の大きな水槽があり優雅に魚たちが泳いでいる。壁面には星のように優しい灯りが灯っており、天井からは本物と見紛うほどに綺麗な月のペンダントライトがぶら下がっている。それは今までに見たこともないほど立派で、素敵な一室だった。




 「ここは……?」




 「当店自慢のお部屋です。必要なものは基本この部屋かフロアにあると思うけど、もし他になにかあったら枕もとのベルを鳴らしてくれたらいつでも駆けつけるから、寂しくなったら呼んでね♡」




「結構です。お引き取りください」


 


  (これが陽キャという生物ですか……)


 「つめたいなあああ」なんて頬を膨らませながらふざけている陽太を強引に部屋から押し出すと重い扉を閉めて、背を預けると小さくため息をつく。ふと、顔をあげると悠々と泳ぐ魚たちが目に入る。柔らかなベットに横になりながらいつまでも見ていられそうなその優雅な姿に見とれていると次第にまどろみに誘われる。







(静か……ですね……)




 いつもと同じひとりきり。こんなに素敵な空間の中でも、訪れる夜は同じ。


 こんな時こんな素敵な場所に泊れたことを嬉しく思うのが本来は正しい感情なのだろうか。どんな時にどう思って、どう感じることが正解なのか私にはわからない。ただひとつわかることは、誰ともうまく行かない原因はきっと自分にあるのだろうという感覚だけ。

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