2.宮殿へ
「遅れて申し訳ございません」
無表情なまま、大嫌いな人たちへ軽くお辞儀をし、妹、アンジェラの隣に座る。
「では、夕食を初めようか」
私が席に座った瞬間、父がそう言う。
すると、使用人たちが20人は座れそうな長いテーブルに豪華な食べ物が並べられた。
私にとっては、いつもの何倍も豪華で贅沢な料理。
嫌いな人達と囲む最悪な食卓だが、せっかくの高級料理だ。
所作はいつも通り完璧に優雅に、でも無心に食べ物を口に運ぶ。
「ねえねえ、お父様。今日のオペラ、すっごくたのしかったわ!また3人で行きましょ!」
アンジェラは私を横目にニヤニヤしながら、父に甘えるような笑顔を向ける。
しかし、私はそれに一切反応せず、食事に集中する。
今更、家族の愛も、妹の自慢話も、もうどうでもいい。
「そうだな、アンジェラが喜んでくれて嬉しいよ。また来週にでも行こうか」
「ふふ、やった〜! その後、3人で夜ご飯食べに行きたいわ! 友人の間で話題になっているお店があるの!」
「そうか、それはぜひ行こうか。アンジェラの行きたいところは、どこへでも連れていこう」
「嬉しい! 大好き、お父様!」
「ふふふ、もうあなたったら。アンジェラには本当に甘いんだから」
その後も数十分、私などいないかのように、3人は仲睦まじく談笑している。
私に何か話したいことがあって呼んだくせに、彼らは一向に本題を切り出そうとしない。そんな彼らに、とうとう私は痺れを切らして口を開く。
「お父様。私を呼んだのは何かお話があったからでしょう? そろそろ、何の話か聞かせてくれません?」
3人が楽しく会話を弾ませていた中で、私は父に冷ややかな目線を送りながらそう言う。
私の言葉に、場が一瞬だけ静まる。
「ああ、そうだったな」
父は思い出したように頷くと、アンジェラはニヤニヤと笑い始める。
「今度、王太子妃選抜を決める催しがあるが、そこに妹を我が家代表として送り出すことに決めた」
⎯⎯⎯ああ、やっぱり。
予想通りの話に、私は特段驚くこともなく静かに頷く。
「お姉様はそれでもいいかしらあ?」
アンジェラがわざとらしく微笑みながら、私を見つめる。
「ええ、勝手にして。私にはどうでもいいことだわ」
私はそう言い捨てる。
本当に王太子妃になど、1ミリも興味がないのだから。
「お話は以上ですね? それでは、私はもう失礼致します」
フォークを置き、ナプキンで口元を拭い、椅子から立とうとした瞬間⎯⎯⎯⎯
「待って、お姉様」
アンジェラがさらに顔を綻ばせながら、楽しげな声でよびとめる。
「ひとつ、お姉様にお願いがあるんだけどお…」
妹は何かを企んでいるような上目遣いで私を見つめる。私はそれに、すごく嫌な予感がした。
アンジェラが私にお願いをするなど、ろくなことではないのは、今までの事から分かりきっている。
妹は続けて口を開く。
「もし私が書類審査通って、候補として王宮に行くことになったら、一緒に来てくれない? まあ、お姉様は、私の使用人として、ね!」
「……は?」
思わず、呆気にとられ変な声が出る。
アンジェラが何を言ったのか一瞬理解出来なかった。
「お姉様って、なんでも知ってるし、所作も完璧じゃない? 私の傍で、サポートして欲しいのお」
「それはいい考えね!フェシリティがいてくれれば、とても心強いわ」
「確かに、いい案だ」
父と継母はアンジェラの提案にウンウンと頷く。
私は呆れを通り越して、怒りも湧かない。
公爵令嬢の長女が使用人として働くなど、そんな事聞いたこともない。
しかし、こんな普通に考えればおかしい妹のお願い事も、結局全てがアンジェラの意向通りになるのだ。
こうとなれば受けいれるしかない。
諦めて、したその瞬間、私に1つの考えが浮かんだ。
これは ⎯⎯⎯⎯⎯今までになかったチャンスかもしれない。
「わかりました。ただし、1つ条件があります」
私は決意を固め、顔を上げる。
「条件? なんだ、言ってみろ」
「王太子妃選抜が終わったら、私をこの家から出しください」
その言葉に、3人が驚いたように私を見つめる。
「私をこの家から除名して欲しいのです」
飲み込めていないだろう3人に、私は再びハッキリと言う。
「家から出る…?だが、お前には結婚の話が…」
「まあ、お父様、いいじゃないんですか? 私のお願いも聞いてもらいましたしい」
アンジェラが父の声を遮って、わざとらしく口を挟む。
「そうよ、フェシリティがそう願っているのに、無理に引き止めるのは可哀想だわ」
継母も、妹に追随して父にそう訴えかける。
この人達が私の願いを聞いてくれるなんて初めてのこと。
ただこの人達は、目の上のたんこぶだった私が家を出るだけでなく、平民として生活することにいい気味だとほくそ笑んでいるんだろう。
彼らには、自分たち家族を邪魔した悪人だと思われているのだから。
「わかった、2人がそういうのなら聞いてやろう。ただ、アンジェラを王太子妃にしてやったらの話だ」
その瞬間、私は心の中でガッツポーズを取る。
だが、それを表には出さず言葉を続ける。
「分かりました。では、念のため契約書を作成しておきましょう」
私は冷静に微笑み、父を見つめる。
**
「ふふふ!やったわ!」
私は契約書を片手に、離れまでの薄暗い石畳の道を駆け抜ける。
「メイジー!」
私は勢いよく扉を開けると、メイジーは驚いてこちらを見る。
「やったわ!私、ここを出られるかもしれない!」
ほうきを手にしたメイジーに駆け寄り、ギュッと抱きつく。
「お、お嬢様!? それはどういうことですか!?」
「私、宮殿に行くことになったわ!」
「え!? 宮殿に!? 王太子妃候補としてですか!?」
「違うわ。アンジェラの使用人として、よ」
私はメイジーの目の前で契約書を広げる。それを見たメイジーは驚きの声を上げる。
「はい!? 使用人として!? お嬢様にそんな事させるなんて、許されません! あのクズ公爵どもめ!」
メイジーは手に力が入り、持っているほうきが今にも折れそうにミシミシと音を立てている。
「いいの、これで自由に近づくのよ!」
私は契約書を広げ、くるくると回る。
王太子妃候補の書類審査はこれからだが、名声や貢献度を考えても、私たちの家門は絶対に通るだろう。
急に訪れたチャンスに、私は興奮が収まらない。
「ですが、アンジェラ様を皇太子妃にしなければならないんですよね、?」
「まあ、何とかなるわよ!」
「……お嬢様」
メイジーは不安げに私を見つめる。
「私を信じて! 絶対にこんなところ抜け出してやるのよ!」
私はメイジーの肩をぎゅっと握り、力強く言い切った。
***
⎯⎯⎯⎯⎯2週間後
アンジェラが無事に書類審査を通過し、宮殿入りが決まった。
あっという間に宮殿へ出発の日になり、私は部屋の鏡に立ち準備を進める。
白く透明な肌を少し青白く見せ、吸い込まれるような輝く緑色の瞳には、茶色のコンタクトを入れる。目の下には、軽くクマを描く。
髪は黒色のヴィッグを被り、お団子にまとめる。
最後に地味な丸い眼鏡をかける。
「まあ…本当に別人のようですね…!」
メイジーは驚きの声を上げ、マジマジと私を見つめる。
鏡に映るのは、ただの平凡な使用人で、それが誰も公爵令嬢だとは思わないだろう。
「完璧ね」
私はその姿を見て満足気に笑う。
そして、衣類やメイク道具など、最小限の荷物をまとめる。
「メイジー、いつでもここを出られるようにしておいて。またすぐに連絡するわ」
「分かりました、お嬢様。どうか気を付けて…」
メイジーのいつもの優しい瞳が、不安げに揺れる。
そんな彼女を、私はぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう。メイジーも元気でいてね」
母が亡くなってから、私の居場所がない時もどんな時も私と一緒にいてくれた、唯一信頼できる人。
初めて彼女の元を離れ、しばらく会えないと思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「メイジー、あなたがいてくれて本当によかった。またすぐ会いましょう」
私はメイジーにそう強く微笑むと、本館へと続く石畳の道を踏み出した。
本館に着くと、私は使用人用の質素な馬車へと乗り込む。
狭く快適とはいえないが、久しぶりの外に、私は高揚感を抑えきれない。
馬車が動き出し、公爵領の門がどんどん遠ざかっていく。
今までずっと出たくても出られなかった場所。
しかし、実際に出ると嬉しさの中に少し寂しさもあり、なんだが変な感じだ。
馬車はどんどん進み、視界いっぱいに草原が広がる。心地よい緑の香りが鼻をくすぐった。
私はそっと首にかけていた。ロケットペンダントを開く。そこには、幼い頃の私と母の写真。
「お母様、私を見守っていてね」
私はペンダントに向けて柔らかく微笑む。
そしてペンダントを閉じると、決意を固めた表情で前を向いた。
読んで下さりありがとうございますꕤ︎︎·͜·