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食欲の秋、狐娘の秋

作者: こいし

以下の文章は、令和5年11月に行方不明になった小林██氏宅から見つかった日記です。


文章内の誤字脱字は修正していますが、基本的には原文通りに転載させていただいております。


この日記に書かれた神社や「やこ」という人物に心当たりがある方は下記の電話番号にご連絡ください。


████-███-███

11月3日(金)

今日は文化の日ということで祝日となっており、学校が休みだった。

もうすぐ受験だというのに外をふらついているのは僕ぐらいだろう。


別に暇というわけではない。受験生だから勉強するべきなのだが、

実際受験本番が近づくとやる気が起きない。

勉強ができるから余裕があるというわけでもない。

自分の人生に意味を見出せない、ただそれだけだった。


大人は勉強しろと言うし、良い大学に入ればそれなりの見返りもあるだろう。

だが、そういう奴は勉強や研究をしたくて大学に入るわけで、

目指すものも無い僕みたいな奴はとりあえず付和雷同するだけで満足してしまっている。

人からやれと言われた課題だけはこなしていたからある程度勉強は出来た。

と言っても皆が想像する名門校への学力は届かない程度だが。


ここまで書いて何が言いたいかというと

『肩の力抜こうぜみんな~』

という事だ。皆勉強勉強とうるさくて、気持ちが悪かった。

だからこんな時期とはいえ、一人の時間が欲しかったのかもしれない。

もちろん親に外をぶらぶら歩くから外出するなんて言えないので、

図書館で勉強するとだけ伝えている。とにかく今は現実逃避がしたい時期なんだ。


実は僕は普段こんな風に日記を書く性ではない、だが珍しく書いている。

それは適当に歩いていたら運命的な出会いをしたからである。

しかも人じゃない。いや、ヒト型ではあるんだが...

人気の無いところを探してフラフラと歩いていると、名前も知らない錆びれた神社を見つけた。

そこそこ長い石段を登り、辺りは自分の足音しか聞こえないほど静まり返っていた。

木々に囲まれ風の通り道となっており、落ち葉や枯れ草が秋の涼しい風を纏って舞い上がる。

そんな落葉を箒で掃う巫女がそこに一人立っていた。

おまけに狐のような耳まで生えている。


そして目が合うと向こうは微笑みながら、こう言った。


「おや、人の子とは珍しい。茶でも飲むか?」


言っておくが僕はケモナーとかそういった性癖を持ち合わせていない。

狐娘でのじゃロリで可愛くはあるのだが。

しかしあまりにも美しいその姿に、いつの間にか心を奪われていた。


さぁさぁ上がっておいでと言われるがままに()()に上げられた。

とても嬉しそうなその姿にこちらも心が温まった。そして分かった、

僕は勉強や受験という重たい空気の中で、張り詰めた心の糸を優しく解いてほしかっただけなのだと。


そこでいろいろと質問をしてみて分かったことがある。

この神社に住まう神様で、信仰が無く手入れもされずで寂しかったとのこと。

そして僕に会えてうれしかったこと。

長い年月いるという話になってから昔話が止まらなくなって内容は右から左に向けて行ったが、

辺りが暗くなってきたので一度帰ることにした。そして今この日記を書いてるに至る。

ずっとあそこに住んでるからいつでも会えると言っていたし、明日行っちゃおうかな。


11月5日(日)

日記というものが慣れてなくて昨日の文を書きそびれてしまった。

だがあの空間ほど平凡で幸せなものはない。幸せと言うのは案外書くことが無くなってしまうのだ。

話す内容だって学校の事、部活の事、家族の事、流行りの物、好きな食べ物とくだらないものばかりだ。

ただそんな会話の中、時折見せるあどけなさがたまらなく可愛かった。


「わらわの好きな食べ物は~、肉じゃ!肉!あ、えと、ち、違う!肉ってのはみんな好きじゃろ?え~とだから...」


「お肉が好きってそんな変な事じゃないと思うけどなぁ」


「あ~、じゃから...あっ、そうそうなんか肉にこんな興奮するって子供っぽいじゃろ?!だから変に恥ずかしくなってしまったんじゃアハハ...」


そんな会話が楽しくてたまらなかった。だからまた休日に入ったら出向こうと思う。


11月11日(土)

なぜ人生とはこうも面白くないのか。クソである。

せっかく週末はあの神社に行こうと思ったのに。ほら日曜の日記にも書いてるじゃないか。

そう、今僕は風邪を引いている。なんだこの人生という名のクソゲーは。

クソ過ぎて話にならない。だから速攻で治す!


11月12日(日)

まだ今日も療養中だがなんと昨日の夜中に家に来てくれたのだ。

まだの叩く音が聞こえてなんだと思ったら()()がいた。

来ないから心配で来てくれたらしい。所謂お見舞いというやつだ。

どうして家が分かったかと言うと、なんと風が教えてくれたそうだ。

出会った時も風を身に纏って落葉が舞い上がっていたけど、まさか風の使い手だったとは...

そしてなんとご飯や特製の薬も持ってきてくれた。病人には少し胃が持たれそうな肉や漢方だったが、


「旨い物は宵に食えと言うじゃろ?だが質が大事じゃからな。良い肉を持ってきたぞ」


だそうだ。こんなに僕のために尽くしてくれるなんて......

あれ、これってもしかして恋の始まりですか?


11月18日(土)

おいおいおいなんか今日の()()の様子がおかしかったぞ。

いくら鈍感な僕だからと言えど気付いた。これ僕に恋してます。

それに今日はやけにスキンシップが多かった。あと、優しい匂いがした。

紅葉に囲まれ差し込まれる木漏れ日、彼女の心音しか聞こえないような静けさ。

その中で時折響く葉音。幸せというのはこういう事かもしれない。

今も窓の外で風がビュービューと勢いよく吹いているまるで彼女のようだ。


彼女が愛おしい。()()が僕の物になればいいのに...


11月19日(日)

神に告白という大胆な事をしてきた。その返答がなんと、


「そろそろ来ると思ったのじゃ。来週土曜の日、誓いの儀式を始めるとしよう」


すごい大事になってきたんじゃないか?神と結婚?え、まだ18歳なんだけど。

まだ将来の事とか考えられないんだけど。

勉強もいい加減な感じでしてたし、自分で言うのも恥ずかしいが立派な人間じゃない。

本当に僕で良いのだろうか。そんなことを今日は考え続けている。

だがそろそろと言っていたし、僕の告白を待っていたんだろう。

据え膳食わぬは男の恥、男に二言は無し。僕は来週土曜、『漢』になってくるよ。


11月25日(土)

もしかしたら僕の勘違いで振られたとき用に出かける前にここに戻ってきた用のメモを残しておく。

振られてもめげるなよ!ダメだったらまた立派な大人になって戻ってくればいいじゃないか!

ダメでも自分の人生に目標が出来ていいじゃないか、しっかり前を向くんだぞ!

この地方周辺を調査したところ、稲荷神社は小林██氏宅から数km離れたところに位置していることが判明しました。

また、彼の土地には古くから五穀豊穣をもたらす風の神が祀られているという文献が見つかりましたが、いつからか力を失い今では廃神社となっているとのことです。

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