2つ目のミッション検討
打ち上げの後は3日ほどゆっくり休暇を取った。晴れた日は屋上でハンモックに揺られたりとかね。
え?打ち上げの後はどうだったのかって?目が覚めたら自分のベッドでしたよ。誰かが運んでくれたらしい。ただ、隣にミサがいて、2人とも裸だったけどな。昨夜のことは全然覚えてない……って焦ってたら、ミサも同じくだったらしく、なかったことに……はしなかったんだな、これが。その日は2人でいちゃいちゃしながらもまったりと過ごした。俺、お姉ちゃん属性に弱かったのかなぁ。
2日目は屋上でハンモックに揺られてぼーっとしていたら、ニックとクウヤがやって来たので、3人で「女は怖いよなー」みたいな話をして盛り上がった。3人ともこの数日で思うことがあったというか何というか。話し終わった頃にボサボサ頭でジャージを着たニーナがやって来て、ニックの首根っこを掴んで引きずっていった。どうも悪口を言っていると勘違いされたらしい。無事でいろよ。
3日目は趣味部屋に籠もって何かをしようと思ったが、仕事ばっかりで何を趣味にしていたのかがわからなくなっていて、仕方が無いから21世紀のアニメを観て過ごした。懐かしいわ、これ。残業から帰ったら丁度やってたんで、毎週観てたっけ。
途中でミナが遊びに来たが、流れている作品を観て何も言わずに立ち去った。しばらくするとミイがやって来て一緒に観ることとなった。どうやらミナから聴いたんだそうな。ちょっとハイテンションでオタク話が盛り上がっちまったぜ。
さて、俺たちが3日ほどゆっくりとしている間に、トウキョウ・シティの上層部では次のミッションポイントの選定が行われていたらしい。いくら趣味でやっているとはいえ、行政の仕事って結構なハードワークだと思うんだが。ちゃんと休んでいるのかねぇ、連中。
そんな心配を余所に、ほくほくとした笑顔で立体映像を送ってきたのは、宰相の中田氏だ。あー、最初にミドフィールドと名乗って、いろいろと説明してくれたおっさんな。しかし相変わらずのデブガリっぷりだ。もう少し健康に気を付けた方が良いぞ。俺も、元の時代ではあまり偉そうなことを言えるような状態じゃなかったけどさ。
「先日のミッション1はありがとうございました。再度お礼を言わせていただきます。」
「いやいや。突入用の航空機を用意してくれた川本氏をはじめとするトウキョウ・シティメンバーのサポートがあってこそですよ。」
とりあえずお世辞くらいは言っておこう。今後の円滑な付き合いは必要だ。都市統括王の真田氏にはいろいろと言いたいことがあるが、それはそれ。
お世辞を言いながら、俺は立体映像の中田氏にソファを勧める。本物はもしかしたら椅子に座った状態かもしれないが、俺も立ったまま話をするのは嫌だからな。
ここは拠点の2階にある応接室だ。主にトウキョウ・シティの人々と打ち合わせをするのに使っている。中田氏は年代物の木製ローテーブルの向こう側にある焦げ茶色をした革張りのソファに腰掛ける。俺も向かい合うソファに座った。立体映像だとどこで会うのかというのはあまり重要でないとはいえ、わざわざ俺の拠点に来てもらう形になるのは、本来なら少し気が引ける。とはいえ、俺の事はできるだけ秘匿したいということで、俺が立体映像でウロウロとするのも避けたいそうだ。
「高島殿、体調はどうかな?」
「ミッション後は筋肉痛にもなりましたが、今は回復しています。」
「転送機の設定で筋肉痛はキャンセルできるはずですが?」
「ミクの方針らしくて。キチンと筋肉を使って、鍛えろとのことで、筋肉痛は身体を鍛える際の通過儀礼なんだそうです。」
「なるほど。それは大変ですな。」
中田氏が気の毒そうな目を俺に向けてくる。とはいえ、剣を振るうのには筋力が必要だ。今後はパワードスーツで不足を補うとしても、自前の筋肉が不要になるわけじゃないしな。だから、今日からは朝の日課に筋力トレーニングも追加している。
「本来はナノマシンを体内に入れておけば、必要な身体に作り替えてくれるんですけどね。」
ミクにはそう言われているが、何て言うか、自分の身体を改造したり、訳のわからないものを入れたりというのにはどうしても抵抗がある。元いた時代だと手の甲にチップを埋め込んで電子決済したりとかしていた国もあるらしいが、そんなのはスマホ持ってりゃ良いだろと思ってた派だ。便利なんだろうというのはわかるんだけど、なんかイヤなんだよ。日本は入れ墨も本格的に入れるよりもタトゥーシールで済ませるような国だったから、俺もあまり深く考えたことはなかったけど、表面に貼り付けるのはOKでも、体内に入れるとか身体になんか施すというのは嫌う雰囲気があったのかもしれない。しらんけど。
おっと、話がそれた。ミッション2の話を聴くとしようじゃないか。
「で、ミッション2の対象シティは決まったのですか?」
「はい。次はクルンテープ・シティのポイントを破壊していただきたいのです。」
「クルンテープ……ってどこでしたっけ?」
「高島殿の時代にはタイ王国の首都だった都市です。クルンテープ・マハーナコーンが正式名称ですが、バンコクという名前だったこともあります。」
タイかぁ……行ったことはないが、暑そうなイメージしかない。あとは何があるんだっけ。仏教徒が多くてアンコールワットがあるんだっけ?あれはカンボジアだったかな?まぁなんかあの辺だというざっくりとしたイメージしか湧いてこない。だって行ったことないし、学校でもテストに出なかったと思うし。
中田氏が何か操作っぽい動作をすると、俺たちの目の前に地図が浮かんできた。うん、東南アジアだな。地形というか海岸線は俺のいた時代から変わってなさそうだ。変わってないよな?地理ってそんなにちゃんと勉強してこなかったんだよ。
そして中田氏が地図の中の1点を指すと、そこを中心に拡大した。どうやらそこがバンコク・シティらしい。
「クルンテープ・シティの人口はトウキョウ・シティとほぼ同じ500万人ほどです。それがシティ内を流れるこのチャオプラヤー川を中心としたエリアに住んでいます。」
「結構な規模だな。」
「そうですね。それでも高島殿のいた時代と比べるとずいぶん減っていますがね。」
そうなのか。シティの面積は平野部が多いこともあってかなり広いので、それだけの人口を抱え込めるというわけなんだろうな。しかし、敵の拠点を破壊するのが楽かどうかは、場所によるよなぁ。
「今回の敵拠点はこの位置にあります。」
中田氏が操作すると、地図上にマーカーが現れた。地図を見てみると、クルンテープ・シティ内を流れるチャオプラヤー川が大きく蛇行する上流側にターゲットの場所はあるようだ。正確に言えばラマ9世橋の下流側で、チャオプラヤー川とラマ3世通りに挟まれているエリアだ。俺の時代に何が建てられていたのかは知らないけど、なかなかの交通の要衝を抑えていると言えそうだ。
実際、ラマ9世橋に監視と防御のための部隊を展開しているらしく、川の上流または下流から接近しようとする試みは上手く行かなかったらしい。またラマ3世通りにもバリケードが設置されているなど、知らないうちに結構な陣地が作られていたというから、この時代の連中がいかに外出しないのかを物語っている。車などで物理的な移動をしていれば気が付いたはずなのに、転送機ばかりを使う利便性の裏を突かれたというところか。これはハバロフスク・シティでも似たような感じだったけどな。
「広い通りが交差している場所ですので、攻撃側が進軍しやすいのは事実なのですが、防御側も周辺の建物を抑えてしまえば守りやすい場所だとも言えます。また後背が川ですので、水上からの突入もやりやすい一方、ラマ9世橋からの重火器掃射があって近寄るのも難しい状態です。」
「当然、上空からの接近も察知されて迎撃されるということか。」
「はい。実際に実施したようですが、上手く行かずに撃退されたそうです。」
つまり、防御は鉄壁というわけか。とはいえ「人間を殺してはいけない」というルールで縛られている以上、人間が乗ったものであれば接近できるわけで、またしても俺の出番というわけだ。うれしくないなぁ……。この時代のやつもちょっとは俺の気持ちをわかるために、超低空侵入する航空機に乗るとかいう体験をすると良いと思うぞ。そうだ、前回は訊かなかったが、クルンテープ・シティには車両に弾よけとして乗る志願者は出なかったんだろうか?
「なぁ、訊くだけ無駄かもしれないが、クルンテープ・シティの住民で、弾よけのために乗り込む人物はいなかったのか?」
「いませんでした。」
中田氏が力なく首を横に振る。まぁそりゃそうか。同じ規模のトウキョウ・シティでも出なかったんだ。この時代、わざわざ自分の趣味の時間を割いてでも協力しようってヤツはいないか。でも死ぬことはないわけだから、そういうアトラクションだと思って参加するヤツが出ても良さそうなもんだけどな?
「仕掛けた相手が誰かわかっていればアトラクションとして成立するでしょう。ですが、誰が裏で動いているのか、どういう意図でこのようなことを仕掛けてきているのかがわからないのです。もしかしたら『殺人を禁止する協定』など無視してくる可能性もありますから、そう思うと誰も立候補しないでしょう。」
「そういうところに俺は放り込まれているわけだ。」
「も、もちろん我々としても思うところがないわけではありません。むしろ申し訳ないという思いもあるわけでして……」
「冗談だよ。そこも含めて引き受けたんだから。まぁどうせ1回死んだ身だしな。」
あのあと訊いたらトラックに撥ねられた俺の身体はひどい状態だったらしい。全身に骨折、内蔵も破裂していて、普通だと間違いなく死んでいた。ワームホールでこの時代に呼び込まれ、転送機で本来の状態になるよう修復も同時にかけられたので、今こうして生きているわけだ。食うために働かなくてもいいし、好みのホムンクルスを作っていちゃいちゃもできるし、そう考えるとこの程度のことは仕方が無いかと割り切ることができる。
「ありがとうございます。どうでしょう、行けそうですか?」
「そうだな、作戦自体はミクやミナと詰めるよ。それはそうと、ハバロフスク・シティの時みたいに、先方の意向を無視して突入することになるのか?」
「いえ、今回は同意が取れています。ですので、多少の無茶は受け入れてもらえるかと。」
「そりゃ良かった。できれば近くまで転送機を持っていきたいんだが、近隣のビルにぶち込んでも大丈夫だよな?」
重要な事なので訊いておく。なにしろ航空機操縦の手間を省くために、今回はミサイルの弾頭部に転送機を詰めて打ち込むからな。
俺の言い方がマズかったのか、中田氏の顔に不安がよぎる。
「ぶち込む、というのは一体どういう……?」
「ああ、前回は航空機に転送機を積んで超低空飛行で侵入したんだが、それだと帰りも操縦が必要になるだろ?うちのスタッフの受けが悪いんだよ。」
「はあ。」
「でだ。転送機を航空機で送る代わりに、ミサイルの弾頭部分に詰め込んで打ち込もうかと。それも1基だと撃墜されるかもしれないから複数基。」
「そうするメリットとデメリットはすでに検討されたということですか。」
「ああ。メリットは攻撃を受けながら撤退する苦労はなくなる。航空機よりも速度が出るから、迎撃される前に突入できる可能性が高くなる。航空機が着陸できない場所にも送り込める。あとは複数の場所からミッションを始められる。」
「デメリットは?」
「転送機が使い捨てになる。建物にも被害は出るだろう。」
「なるほど。先方とのすりあわせも必要ですね。」
それはそうだろうな。いきなりミサイルをぶち込むという荒っぽいやり方だからな。本物のミサイルをぶち込めるんだったら、俺が出張る必要もないんだが、さすがにそれは撃墜されるだろうし。そういう意味では目標を外れた不発弾っぽく見せかけて、本物のミサイルも混ぜても良いのかもしれない。あくまでもクルンテープ・シティの許可が出れば、だが。
「私の一存ではOKを出すわけにはいきませんが、先方と話をして許可を取れれば大丈夫なのではないでしょうか。」
なるほど。では交渉だな。
あとはどこにミサイルを撃ち込むかが重要か。俺たちの移動距離をできる限り短くしたいし。まだまだ考えることは多いなぁ。
Googleマップでもまだバンコクで通じるんだけど、正式名称がクルンテープ・マハーナコーンなので、そちらで統一しました。300年も経ってたらその名称が浸透するだろうし。