身体強化の検討
次のミッションに向けての反省会自体は終わったということで、一旦は解散した。輪卓に残っているのは俺の他にはミク、ミナの参謀チーム、戦闘チームからはシロウ、そしてサポートチームからはミイだ。他のメンバーは次のミッションを検討するための情報収集や、武器の手入れ、補給物資の調達等の仕事があるからな。
で、残っているメンバーで俺の身体強化策を考えているわけだ。目の前に置かれたコーヒー……冷めて温くなってしまっているが……を飲みながら、再度主張する。うん、主張は大事だからな。
「だからさ、俺が自分で鍛えたって限界があるだろ?例えばビルから飛び降りれば無事じゃ済まない。だったら、身体強化魔法みたいなので強化した方が手っ取り早いと思うんだよな。」
俺はひ弱だ。ミクに指摘されるまでもなく、「貧弱な坊や」なんだよ。確かにこの時代の連中に比べれば「ゴリラ」扱いされるのは……まったく納得できないが仕方がないと割り切れ……割り切った。だからと言って物理的な破壊工作を行うのであれば、この腕の筋肉とか、足の筋肉では足りないのは今回のミッションで痛感した。よって身体強化が絶対に必要だ。
こういう時、本場の異世界転生ものならば主人公は魔法による身体強化を使えるから、まったくもって困らない。だが残念なことに、ここには魔法はない。だから身体強化魔法もない。
でも「魔法のように発達した科学」があるんだから、その技術で身体強化をすればいいんじゃね?というわけだ。
「魔法がないのはわかってるよ。でも科学の力で身体強化魔法みたいなことはできないか?」
「身体強化ですか……可能ですよ。ただ、どこをどの様に強化するのかを教えていただきたいのですが。」
「まずは全身の筋力だな。物理的に破壊をするんだからそれなりに重たい物も持たなきゃならない。でも俺のこの筋肉ではそれは現実的じゃない。」
……説明していたら自分の貧弱さに悲しくなってきた。いや、こんなことで折れるな、俺の心!
「あとは戦場を駆けるためには脚力も必要だ。場合によってはジャンプして建物の屋根に飛び乗るとか、逆に屋根から地面に着地するとかもあるだろう。というか、できた方が作戦の幅が広がると思わないか?」
「なるほどー。さすがマスター、考えてますねー。」
コーヒーのおかわりを入れてくれたミイが感心したような声を上げる。そうだろう、そうだろう。俺だって「貧弱な坊や」ってだけじゃなくて、キチンと考えてるんだよ。
「そんな強化をしてどうするんだ?言っておくが、ホムンクルスの俺でもビルから飛び降りるとかはできねぇぞ。」
シロウが自分の目の前に置かれていたコーヒーカップを口に運びながら尋ねてくる。まぁ確かにホムンクルスは人間とほぼ同じ素材と構造だから、俺が言ったようなことをすれば身体が破壊されてしまう。
「それはわかっている。その上での提案だ。シロウをはじめ、戦闘チームやクミとクウヤにも同じ対策ができるかもしれないだろ。」
「確かにそのような身体能力があれば作戦の幅も広がりますし、便利ですね。しかも鍛えれば何とかなるという次元でもありませんから、検討の余地はあります。」
「ありがとう。で、どうだ?そういう技術はあるのか?重量軽減できる反重力とか。」
「反重力はありませんが、そういう形の強化技術ならあります。」
よし!これで無敵な感じになるぞ。ネトゲでやってた無双状態を作るための第一歩を確保できた。でもその後、ミクの言った言葉に、ちょっと引くこととなる。
「まず全身の骨格をカーボンナノチューブ配合の特殊合金製に置き換えて、皮膚も有機耐熱素材に変更しましょう。」
「え?」
改造されるの?想像していたのと違う方向に進んでるぞ。「なんとかフィールド」みたいなので俺の身体を包んで衝撃を吸収するとか、そういうのを期待してたんだけど。
「骨格で衝撃を吸収できるようにはなりますが、筋力がアップするわけではありませんので、こちらも有機素材を中心とした疑似筋肉組織にすべて取り替えるとして……あとは衝撃に耐えられる様な脳と内臓の確保ですね。」
「それならー、脳は私たちと同じー有機脳にすれば解決ですー。マスターの神経配列をスキャンしてー、転写するだけでー、すぐにできますー。」
「そうですね。となると内臓はアンドロイドのモノを転用でしょうか。」
「でもー、あれだとー、他の生体ユニットとのー、拒否反応を抑える調整が大変かもー。」
「確かに。すると、私たちと同じ有機内臓でしょうか……。でも耐衝撃性能が必要要件を満たさないですね。」
「そういえばー、内臓をー、衝撃吸収ゲルでくるむっていう方法がー、あったようなー?」
「ああ、あれですか。確かにそれなら機能を制限したコンパクト版の有機内蔵モジュールに置き換えればいけますね。」
「ですよねー。」
なんだか俺の体が全部、特殊素材とホムンクルス用の有機材料で置き換えられる相談が行われてるんだが。しかも大体の方針が決まったようで、ミク、ミナ、ミイの3人がこっちを見ている。いや、キミ達、「これでどうですか?」みたいな許可を求めるような目で見るな!それもう、俺じゃないじゃん!
「あー、そのー、なんだ。確かにそれなら俺の要望を満たせるんだろうと思うんだが……俺のオリジナルパーツは一体どこに……?」
「ないですよ。」
「残す意味ってー、どこにあるんですかー?」
「見た目は変わりませんし。」
「いや……だって、もうそれ、俺じゃないじゃん。」
さすがに今の俺を構成する部位がかけらも残ってないのはいかがなものかと。完全にサイボーグだよね、それ。昔のコミックとかで、改造された内容はこんな感じっていう透視図が載ってる感じのやつだな。いや、俺の思考を読んだかのように透視図を表示するのやめてよ。求めてないから。
「うわー、こんな感じかぁ。さすがにこの改造内容だと俺でも引くわ。これ、メシ食う楽しみがなくなるとかいう前に、風や空気の流れを感じたりすることもできねぇぞ。」
ホムンクルスのシロウでも引くような内容なんだ。いや、俺だってね、人間としての楽しみとかは失いたくないのよ。だからもうちょっと穏便なのはないかなぁと思うわけでさ。
でも女性陣はそんなことなど全く気にしていないようで、さらっと言ってのけた。
「マスター。以前に転送機の原理をご説明しましたが、基本的にはあれと同じです。結局は『テセウスの船』と同じ話ですので、全く気にする必要はございません。」
「いやいやいや。あの時は今の俺は分解されて、同じ構成で別の場所で再構築されるって話だったからまだ無理矢理納得したけど、今回は完全に別物じゃん!っていうか、どう考えても事前に作っておいたボディに脳のパターンだけを転写する感じだろ?」
「そうですね。その方が楽ですから。」
「それだったらさ、移植が終わったら、俺の元の体が残るよね。」
「大丈夫です。キッチリと処分しておきますから。」
「そういう問題じゃなくてな。」
「だいじょーぶですよー。転送機は優秀ですからー。ちゃーんと元の状態をスキャンした上でー、素材を置き換えるシミュレーションしてー、でもって違和感がないように調整してーってやりますからー。」
「いや、だからそういう問題じゃなくてさ……」
考えてもみてくれ。目が覚めると、そこには俺が眠っているんだ。もしそいつが目を覚ましたら俺が2人いることになるんだぜ?絶対ダメなヤツだと思わんか?
「ではどういう問題でしょう?」
どうも何が問題かわかっていないミクが質問してくる。その首をコテンと傾ける仕草がかわいいな、チクショウ!そしてミナ、ミイ、お前達もマネして首をかしげてるんじゃない!
「もし移植後の俺が目を覚ました後で、移植前の俺が目を覚ましたら、俺が2人同時に存在することになるんだぞ。」
「あー……」
「なるほど……」
「確かにそれは……」
「だろう?」
『面倒くさくて鬱陶しいですね!』
「うぉい!」
何てことを言うんだ、キミ達。ガラスのマイハートが砕けちゃうだろ。あぁ、こういう所が面倒だと思われてるんだろうけどさ。とりあえずコーヒーを飲んで、深呼吸をしよう。スーハースーハー。
「だからー、だいじょうぶですってー。マスターはー、転送機をーくぐるだけでー改造完了ですー。元のぼでぃーはー、完全に分解されますからー、目の前に前のぼでぃがーってのは、ありえないですー。」
「あー、転送機のカスタマイゼーション機能使うのか。ならミッションのときだけこの強化ボディになって、戻ってきたら元に戻すって運用ができるな。戦闘チームはそのアイデアに載っても良いかもだ。」
ちょっと待って。お前達だけで納得するな。俺がついていけてない。
「もう少し詳しく説明してくれるか?」
「マスターは、転送機の仕組みについては理解していますか?」
「詳しい仕組みはわからんが、確か、転送元の物体をスキャンして原子レベルにまで分解、転送先にスキャンデータだけを送って、転送先でデータを基に物体を復元するって話だったよな?」
「ざっくり言えば、その通りです。重要なのは構成データだけでなく、脳や筋肉の電位データなども送っていることです。それによって記憶や思考も送ることができます。」
そう。ただし俺を転送する場合、俺を構成している分子や原子が送られるわけじゃない。だからオリジナルは消失して、コピーとしての存在になる、ってことでずいぶんミク達とは議論したんだよ。その時に言われたのが「テセウスの船」の話だ。どういう話かというと、こうだ。
「ある物体において、それを構成するパーツが全て置き換えられたとき、過去と現在のその物体は『同じもの』だと言えるのか」
つまり「同一性」とはどういうものなのかという問題だ。ちなみにどちらも同じ俺だと納得したのは、召還されたときに転送機をくぐっていたからだ。21世紀の俺を構成している分子や原子は衛星軌道上を回っている転送機内にあって、今の俺は再構成された俺だったってのを知らされたら、記憶も含めて違和感がない以上、同一存在であると納得せざるを得なかったわけだ。
「転送機を通る時、基本的にはスキャンデータをそのまま送りますが、一部を編集・加工して送ることも可能です。」
「マスターもー、経験してますよー。」
「え?経験してないと思うけど?」
「してますよー。だって、トラックに跳ね飛ばされてー、あちこちぐちゃってなってたマスターの身体をー……」
「……ちょっと待て。ぐちゃぐちゃだったのか、俺の身体?」
俺以外の全員が目をそらせた。ちょっと待て、聴いてないぞ、その話。ミイ、「しまったー」って顔をするくらいなら、ちゃんと説明してくれ。
「マスターの身体はトラックにはねられた衝撃で、内臓破裂や各所の骨折などでメチャクチャになっていました。ワームホールはそのままくぐり、軌道上の転送機から召還の間の転送機に送られる際、元の状態になるようデータ編集がかけられました。」
「……初耳なんだけど……」
「召還の間の方々から説明を受けているものだと……」
あー、あいつら、言いたい放題だったから、その辺の説明が抜け落ちたんだな。まぁ今更もうどうでも良いけど。
というわけで、その辺はスルーして必要な事だけは確認しよう。
「なるほど。転送データを編集すれば、怪我も元通りってわけだ。」
「はい。今回の様な身体強化にも利用可能です。」
すげぇな転送機。うーん、でもなぁ……。サイボーグかぁ……そこまでは望んでないんだよなぁ。あ、そっか。データの編集ができるんだったら、服装を変えるみたいに兵装を取り付けるとかもいけるんじゃないか?
「あのさ、転送機を通る際に、装甲服みたいなのを着るというのもできるのか?」
「可能です。」
「そっちの方がミッションに合わせたカスタマイズがしやすくて良いと思うんだが、どうかな?」
「つまり、サイボーグは気に入らない、と?」
「ミッションの自由度を上げたいんだよ。ベースとなる装甲にオプションを付けた方が良いだろ?」
「まぁ確かに自由度は上がりますな。マスターはパワードスーツをご所望だそうだ。みんなでパワードスーツ部隊を作るか。」
ミクをはじめ、ミナも諦めたように「パワードスーツですね」と言って受け入れてくれた。だからミイ、キミも諦めなさい。
「サイボーグもー、いいと思うんですけどねー」
だから、諦めてってばさ。
反重力が無理というか難しいって話ももう少し書きたかったけど、そのうちどこかで誰かに語らせようと思います。