それって戦争になるのでは?
さっきまでの話だと、他の都市国家にある「場所を正して欲しい」という話だった。てっきり神殿で神様かその代理人である神官や巫女と戦うのかと思ったら、そんなヤツは存在しないと考えられる。じゃあなんだ?他の都市国家のトップの後ろには誰がいる?
「姿の話はわかった。じゃあ次だ。さっきの話だと『他の都市国家』の誰かと戦う必要があるんだろうが、神様じゃないんだろ?っていうか、まさか俺の知らない300年の間に神様が降臨したとかじゃないよな?」
「はい。さすがに神が降臨するといったファンタジー的な出来事はありませんでしたよ。宇宙人がやって来るとか、地底人が見つかったとかいうSF的イベントもありませんでした。」
「じゃあ、俺の戦うべき相手はなんだ?」
中田氏は真田氏と顔を見合わせた。真田氏が頷くのを見て、俺の方に向き直り、話し始めた。
「先ほども申し上げた通り、よくわからないのです。一部の都市との間で転送機ネットワークがロックされて使えなくなりました。でも先方のトップと会議で話し合った結果、自分たちの意志で転送機ネットワークをロックしたわけではないことがわかりました。」
「じゃあ話は簡単だ。転送機ネットワークのロックを解除すれば良い。それができる技術者はいるんだろう?」
「もちろん、と言いたいところなのですが、残念ながらいません。」
「は?じゃあ、そもそも転送機ネットワークはどうやって維持してるんだよ?」
「転送機が発明されたのは今から150年ほど前です。その頃は技術者もいましたが、ネットワーク化された後は、高島殿の時代で言うところの超高度人工知能に管理を任せています。ですので、わざわざ人間が管理をするような形は取っていません。」
「いや、でもいざという時のために人間の管理者を置くのが当たり前なのでは?」
うーん、って顔をし始めたぞ。俺に300年間の間に変わった常識みたいなモノを伝えるにはどうしたら良いか考えてるということか。まぁ確かに、300年前の人間、例えば江戸時代の人間に21世紀の常識を教えるようなもんだしな。そりゃ苦労するか。
「例えばです。高島殿はスマートフォンというものをお持ちでしたよね?」
「まぁそりゃ、俺たちの時代では誰でも持ってるものだったからな。」
「スマートフォンがネットワークに繋がらなくなったら、どうします?」
「そりゃ……契約しているキャリアのショップに持ち込む、かなぁ……」
「つまり、専門の者に丸投げするというわけですね。ご自身で原因を特定して、修理したりは?」
「そんなのするわけないだろ。俺も技術系と言えば技術系だけど、専門外だし。」
「はい、そういうことです。この時代では転送機ネットワークを管理するのも、修理するのも、すべてが超高度人工知能です。だから困ったときにも超高度人工知能に丸投げです。」
それで良いのか?あー、でも人間がやると一定の確率でミスが生じる。ミスは絶対にゼロにはならない。だから人工知能に任せられるのであれば、その方がミスの確率は減るか。
「まぁ、運営は任せた方が確実か……」
「はい。そもそも今のこの時代には、労働をする人間は1人もおりません。労働は超高度人工知能に管理されたアンドロイドや専用機械がやってくれます。人間は自分が好きなことだけをしていれば良いのです。」
な、なんだって?!なんとうらやましい。生活のために労働をするとか、趣味のために稼ぐとか、推しのために……とかいう労働をしなくて良いだと?!遊びまくりじゃんか!
そうか。俺たちの時代にも「人工知能に仕事を奪われる」という話があった。そうなったとき、人間は何をするべきか、どうやって生きていけば良いのか、というのが大きく取り上げられていたが、仕事を全部人工知能とロボットに丸投げしてしまったのか。そして人間はその成果で食っていく。まぁ、働かなくても食べていけるというのは良いけど、何をして暮らせば良いのかというところは考慮の余地があるな。
「この時代の人間は、生活のために働く必要は無い、と。じゃあ、普段は何をしているんだ?」
「そうですね。例えば我々は政治をやっております。人間同士でトラブルになった時の調整役みたいなものです。」
「そういうのも超高度人工知能だっけ?そいつができそうなもんだけどな。」
「感情的になった人間というのは、人間同士が対面で話をしない限りは宥められないものですよ。」
「そういうもんか。」
なんとかコミュニケーションってやつだな。なんだっけ、ババァ・コミュニケーション?ちょっと違うな。それだと「飴ちゃん食べる?」とか言われそうだし。
「人間は相手の表情だったり、声のトーンなどから多くの情報を得ますから。ノンバーバル・コミュニケーションというやつです。超高度人工知能からのメッセージだけだと、余計に収まりがつかなくなるんですよ。」
そう、それ。ノンバーバル・コミュニケーションな。会社の研修でやったわ。何の役に立つんだそれ、だったらクソ社長にもちゃんと研修受けさせろやって思ってたわ。あの野郎、イヤミを言うか、怒鳴るかしかしてなかったからな。それでいて「コミュニケーションは重要だから、研修をやります」とか言って、社員には受けさせてたんだから、おめでたいなぁとしか思わんかった。
おっと、話がそれたな。元に戻そう。
「まぁそれはわからんでもない。でも全員が政治家ってわけでもないんだろ?」
「はい。スポーツや芸術活動に精を出す人もいますし、科学者になる人もいます。あとは趣味で農業や漁業をやる人も。」
「農業や漁業を趣味で……か。」
「まぁそういう意味では、科学者の人たちも趣味でやっている様なものですし、私たち政治家も趣味でやっているようなものですよ。」
趣味で政治家……。そういえば俺の親も言ってたな。実家のそばに「なんとか会の会長をやっている」とか「どこそこの顧問をやっている」とか、やたらと肩書きを集めるのが好きな人というのがいて、ものすごくウザい、って。なんだその自己顕示欲の塊みたいなヤツは?って思ったけど、もしかしてこの人達もそういう感じなのか?
「政治家って趣味でやるものなのか?」
「まぁ大抵のことは超高度人工知能が処理してくれますから、私たちがやっているのは……そうですね、高島殿の時代でいうところの町内会の役員みたいなものでしょうか。面倒なので誰もやりたがらないけど、誰かがやらないと回らなくなって、それはそれで困る、という感じで。」
「ということは都市統括王というのは……」
「町内会長みたいなものじゃよ。」
それまで黙っていた真田氏が苦笑いしながら言ってきた。人口500万人の町内会長って、すごいと思うけどな。
「そもそも人口が多いとは言え、大抵のトラブルは超高度人工知能が解決してくれる。働けなくて飢えているという者もいないので、貧困対策だの、弱者救済の施策だのは不要じゃし、医療や福祉もどうとでもなる。だから我等がやっておるのは、住民を飽きさせないだけのイベントを準備するとか、自然災害への対策を考えておくことくらいじゃな。」
なるほど。超優秀な参謀と実行部隊がいるから、自分たちがやるのはトラブルの仲裁、それも超高度人工知能が決めた解決策を広報するだけということか。
「それって楽しいのか?」
「それなりに感謝されるのでな。他人の役に立っているという実感が得られる、数少ない立場じゃよ。」
「なるほど。満足感を得るためか。」
そういう人種がいることはわかっているので、それ以上は何も言わない。まぁ俺だったらやらないけどな。面倒だし。
しかしそうすると俺のやるべき事は、ロックの解除に関する作業か。そんなことのためにわざわざ300年も昔の人間を召還する必要ってあるのか?
「話を元に戻したいんだが、すると『場所を正す』というのは、転送機ネットワークのロック解除に関連する場所だということか?」
「そうです。」
再び田中氏が話し始める。基本的にはこの人が話をするって事なんだな。
「実はロックのかかっている転送機には、外部からの不正アクセスの痕跡がありました。そしてロックの解除には、未だにロックをかけ続けているその場所にあるモノを破壊する必要があるのです。」
「だったら、その場所というか都市の連中に破壊させれば良いだけだろ?」
「ところがそう単純な話でもありません。その都市も、その場所を占拠されている様な形になっていまして、彼らも攻めあぐねている状態です。」
「そんなの、俺が行っても無駄なんじゃ?」
「いえ。その場所に人間が行って、物理的に破壊すれば良いだけです。それを高島殿にお願いしたいのです。」
なんかよくわからんな。その都市の連中が攻めあぐねている場所に、俺が行って破壊するだけ。だったらその都市の連中は何故破壊しに行かないんだ?
「見てわかるとおり、我々は四肢の筋力が落ちてしまっています。ですので、物理的に破壊するための機材を持つのは難しいのです。そこで、筋力のある過去の人に行ってもらえれば、と。」
「その都市の連中は行ったんじゃないのか?」
「ロボットとアンドロイドを送り込んだようですが、撃退されてしまいました。」
「そんなところに俺が行っても同じ事なのでは?」
「今の時代、人間を傷つけるのは御法度なのです。ですので攻撃を受けることのない人間が行って物理破壊を行うのが良いのですが、我々は筋力が足りずに武器を持ち上げられません。破壊のための武器を持てるアンドロイドやロボットは攻撃を受けてしまい、辿り着くところができません。」
「……鍛えれば良いのでは?若しくはスポーツをやっていて、それなりに鍛えられている人物を送るとか。」
「鍛えるには時間がかかります。パワードスーツも投入しましたが、辿り着く前に破壊されたそうです。あとスポーツをやっている人物は、スポーツが好きなのであって、こういう作業が好きなわけでは無いということで拒否されました。」
なんだ、その面倒くさい状況。自分たちの世界の話なのに、無責任というか無関心すぎやしないか?と思ったけど、さっきの町内会の話題で思い出した。確かに関心がなければやらないよな。
「しかし、だからって他の都市から押しかけて破壊するのは良いのか?」
「良くはありません。ですが、これ以上待つわけにも行きませんので、先方の話を無視してでも強行するしかないのです。」
「つまり、先方の了解は得ていない、と。」
「はい。」
それって大丈夫なのか?自分たちで解決する気なのに、待ってられないから勝手に攻め込むって話だろ?
「勝手に攻め込むと問題にはならないのか?」
「自力で解決できない、もしくは自作自演で解決する気が無い可能性もあります。ですので、無理矢理攻め込むしかないのです。」
「それって下手をしたら都市国家間の戦争になるのでは?」
「そこは大丈夫でしょう。あくまでも問題の場所を占拠しているロボット部隊を排除して、問題の場所にあるものを破壊するだけです。人間を殺すわけではありませんので、戦争にはなりません。」
なんだ、その詭弁。その理屈だと都市国家同士でロボットを使っての代理戦争を起こしても、人間が死ぬことはないので戦争ではないという理屈になっちゃうだろ。やべぇ、下手をすると都市国家間の戦争のコマとして使われるだけじゃないのか、俺。
それに引き受けるとしてもだ。俺だけで何ができる?1人で何とか出来るような話じゃないだろう。それに引き受けるメリットが何もないぞ。
少し考え込んでいると、真田氏が提案を持ちかけてきた。
「このミッションを1人でやって欲しいなどとは言わない。とはいえ我等は足手まといにしかならない。そこで、有機素材で作られたアンドロイド、我等はホムンクルスと呼んでいるが、それを好きなだけ作って連れて行ってもらって構わない。もちろんどの様なホムンクルスを作るかは高島殿に一任する。容姿や性格も含めて。」
「そ、それは……例えば自分の好みの人物を兵士として作っても良いという、そういうことですか?」
「当然である。もちろん兵士として役に立たない人物ばかりを作ることはないと思うが、1人や2人は兵士以外の者ができても……心のケアに必要だと思えば、な。」
なるほど。イイネ。そういうご褒美があるなら、やってやろうじゃないか。
これがこの世界に呼ばれた時の話だ。
これで振り返り回は終了です。
次回からは1話の続きに戻ります。