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やっぱり「物理」が最強!  作者: 和紗泰信
シティの策謀
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記憶改竄

 ピピピピッ、ピピピピッ。

 朝を告げる目覚まし音が寝室に鳴り響く。もう朝かよ。まだ眠たいんだ。

 布団から右手だけを出し、手を伸ばして目覚ましを止めるべくあたりをさぐる。あ、あった。そのまま目覚ましを止める。眠い……そのままふたたび眠りにつく。二度寝上等。疲れているときには眠るに限る。会社? 知ったことか。


 だが突如としてカーテンが開けられ、外から入る太陽の光のまぶしさに頭から布団をかぶる。


「ゆうちゃん、そろそろ起きないといけませんよ。」

「みさねぇ……もう少し……」

「だめよ。今日はみなちゃんの新しいパソコンを探しに行くんでしょ?」


 ああ、そういえばパソコンが壊れたって言ってたな。んで「センパイ、次の週末パソコン探しに付き合ってください!」と言われていたんだっけか。

 ミサが少し寂しそうな表情をして……。


 はっ! 目が覚めた。身体の左右に温かいものがくっついている。左右を見ると、左にミサが、右にミナがいた。2人ともよく眠っている。ああ、そうだ。昨日はカラコルム・シティでのミッションを行い、拠点に戻ってからは反省会をして、さらに打ち上げを行った。いつも飲み過ぎるので、たまには飲む量を減らそうということになり、あまり酔わない程度に飲んだ後、ミサ、ミナと一緒にベッドへ入ったはずだ。あー、だから2人ともここにいるのか。

 まだ少し眠い。時刻は午前3時過ぎ。ようやく2月末なので、この時期だとまだ薄明も始まっていない。まぁこちらで操作しない限り、窓は遮光状態になっているから外の光は入らないが。この時代、カーテンがないんだよな。さっきの夢は俺の時代のイメージを投影していると考えられる。そういう意味ではこの時代は風情がない気もするが、そんなもんだと割り切るしかない。いや待てよ、窓を普通のガラスに変えてカーテンを付ければ良いんだ。普通のガラスってのが存在しているのかはわからんけど。


 しかしこの夢はなんだ? もしかしたら昨日の反省会で言われたことがきっかけになったか。


「攻略ポイントもあと2ヶ所ですね。攻略が終われば、高島殿はどうされますか?」


 中田氏からそのように訊かれた。これまでは気にしてこなかったが、確かにそろそろ戦いの終わりが見えてきた。すべてのポイントを攻略し終えた後の身の振り方を考え始めるべき時期だ。

 この夢はその一言から、俺がチームを作るときに採用した基本設定の流れで見たのかもしれない。俺、そんなにこの設定を気に入っていたのかな。夢の中では幸せそうな感じがしたな。実際に攻略を終え、このシティで暮らしていくこととなった場合には、設定を基本にした生活をするのも良いかも知れない。まぁ「同僚」設定の連中もいるから、どんな仕事をしているのかとか、設定を拡張しないとダメだろうと思うけどな。その辺はもう一眠りして、朝起きてから考えることとしよう。



 朝。3人で起き出し、シャワーを浴びる。メシは食堂で食べようということになったので、キチンとした服装に着替えて出かける。俺が建物内の移動には転送機を使いたがらないので、ミサ、ミナとも俺に付き添って歩くこととなる。ミサが左腕、ミナが右腕に腕を絡めている。なんだこのリア充的展開は。アツギ以来、こんな感じになってきた。俺も男だからこういうのはうれしいんだが、300年前の時代だったらあり得なかっただろうし、逆に目撃したら「リア充爆発しろ」って思っていたんだろうな。

 しかしアレだな。俺もそうだが、2人の服装が夢の中で出て来た服装に近い。このへんは俺の理想というか、設定内容が反映されているのか? いや、過去の服装を思い出してみるとそんなことは無かったように思うから、俺の好みに合わせ始めたということなのかもしれない。っていうか、俺、好みの服装って2人に伝えたっけ? 伝えたような、伝えていないような……ま、別に大きな問題じゃないし、良いか。


「おお、おお、朝っぱらから見せつけてくれますなぁ、マスター。」


 食堂に入るとシロウがニヤニヤしながら声をかけてきた。こいつはこいつでモテるから「リア充爆発しろ」とは言ってこない。


「ユウキ。何かのロールプレイでもやってるの?」

「いや? いつも通りだが?」


 訝しげな顔をして声をかけてきたルォシーに対して、「いつも通りだ」と返事をしたが、不審そうな顔をされた。いや、いつも通りだろ。これまでだってずっと……あれ? ずっとこうしてたよな?


「ルォシー。俺ってこれまでもこんな感じだったよな。というかシロウもこんな感じの距離感だったと思うんだが。」

「確かにガチガチの主従関係ではなかったけど、そこまで友だち感覚ではなかったわよ。それにミサとミナももう少し距離を取っていたというか、そこまでべったりではなかったわね。」

「……そうだったか……?」

「はい、ルォシー様のおっしゃるとおりです。今日の皆様は少し距離感がバグっているように思います。」


 ルォシーと一緒にいたイヨにまで言われてしまった。そんなに違っているか? 俺にはいつも通りにしか思えないんだが。


「あー、おにいさまがー、みさねぇといちゃいちゃしてるー」


 ミイが絡んでくる。いやそうは言っても、ミサとだからなぁ。お前もいつまでもお兄ちゃん子でいるのは……待て、ミイはサイボーグ化推進の最先鋒だったはず。それに「おにいちゃん」だと? 初期設定で使ったテンプレートはそうだったかもしれないが、そこは書き換えたはず。兄弟のいない俺にとって、どう接して良いかわからない設定はしんどいから……というわりにはドジっ子な妹設定にしたんだよな。でも確か呼び方は「マスター」に統一させて……。

 いかん、混乱してきた。夢を見てからどうもおかしい。落ち着こう。とりあえずメシを食おう。そして冷静になって問題点を洗い出すんだ。パニックになったら解決できなくなる。


「みんな、とりあえずメシにしよう。そして落ち着いてから何があったのか、どこが問題なのかを整理しよう。」


 そう言うと、食堂にいた全員が頷いた。今日からしばらくは休暇予定だ。次の攻略までまだ時間はある。だからここでしっかりと問題点を把握して対処する必要がある。

 そして300年前には夢だった、食パン、ベーコンエッグとサラダという食事を摂る。うん、美味い。召還される前はギリギリまで寝て、朝はカロリー摂取のためのバーとかゼリー飲料で済ませてたからな。キチンとした朝食は良い仕事をする上で必須なんだよ。



 食堂に来ていなかったメンバーも含めて全員を会議室に集める。特に俺のチームは強制的に全員を集めた。


「攻略を終えた翌日の朝から、一体どうしたのですか?」


 ミクが不審そうな感じで質問してくる。他の連中も同様だ。実のところ、俺にもわかっていない。だがルォシーとの会話で何かの違和感を持った。その原因はわからないけど、このままでは問題なのではないかと、警報を鳴らしている俺がいる。部下のコードレビューをやっていて、「あ、これはバグっててトラブルを起こすぞ」と第六感で嗅ぎ取ったときに出てきていた感覚だ。だから自分の勘を信じるとすれば、どこかにマズイ点が発生しているはずなんだ。


「実のところ、俺にもまだよくわかっていない。だが、ルォシーと話をしていたときに感じた違和感は、このままだとマズいということを示しているような気がして仕方が無い。だから集まってもらった。」


 ほとんどのメンバーが不審な顔をしている。そりゃそうだ。俺だってどう説明していいのかわからん。

 とはいえこのまま唸っていても仕方が無いので、まずはルォシーから朝の会話を受けて不審に思った点を話してもらう事とした。


「まずはミサとミナの距離感ね。べったりと腕を組んで食堂に入ってきたときはびっくりしたわよ。」

「前は横に並んではいても、腕を組んではなかったですね。」

「シロウ殿が『見せつけてくれますねぇ』と言ったのもわかります。」

「でも普段のシロウ殿であれば、そう思っていても口には出さなかったのでは?」

「そうですね。普段であれば『何があったのですか、マスター』というような感じだったのではないですかね。」


 ルォシーとそのチームメンバーが好き放題言っている。そんなに変わっているのかな?


「それにミイさんがユウキ殿のことを『おにいさま』と呼んでおりました。」

「何それ? なんかのプレイ?」

「普段は『ますたー』でしたからねぇ……特殊プレイだと思われても仕方がないですよね。」

「ミイはー、前から『おにいさま』とー呼んでま……あ、あれー? そうでしたっけぇ?」


 ミイも違和感を持ち始めたようだ。確かに今朝食堂で会ったメンバーの中ではミイの変化が一番大きい。「おにいさま」と呼ばれることは……いや、アラサーの庶民で「おにいさま」はないな。なんで今朝はあれを受け入れたんだろう? やはりどこかおかしい。


「つまり我々タカシマチームメンバー相互の……距離感が昨日までと異なっている、ということですね。」


 ニーナがまとめてくる。さすが情報収集・分析チームだ。ニックも同様のことを考えているのだろう。なにやら視線を動かしているが、ヴァーチャル・ディスプレイ上で情報の評価に必要なデータを洗っているのだろう。おそらく自分や他のメンバーも含めて、昨日以前のアーカイブから言動がどの様に変化しているのかを調べているんだと思う。


「どう、ニック。何か見つけた?」


 ニーナがニックに結果報告を求める。ニックは頷いて説明を始めた。


「はい、何も不審な点はないという状態であることを確認しました。アーカイブデータを見る限り、我々タカシマチームの距離感は少しずつ変化し、直近では我々ホムンクルスメンバーの初期シナリオ設定に距離感が近づいている様子が見て取れます。」


 そうだよな。俺の記憶でも一緒に組んでいる間に少しずつ初期設定に近づいていったとなっている。いや、そういうふうに記憶している。

 だが続くニックのセリフに一瞬固まった。


「これは『異常』です。」


 俺には意味がわからなかったが、ニーナはニックのセリフに頷いている。クミとクウヤも頷いている。

 逆にその他のメンバーは意味がわからないといった風に、不思議そうな顔をしている。


「すまん、ちょっと意味がわからないんだが……」

「おそらく初期設定でマスターとの距離感が近い人の方がより影響を受けていると考えられます。ニックもそうですが、クミとクウヤ、そして私は初期設定でマスターと直接の繋がりがあまりありません。」

「えっと初期設定では……ニーナが外注先の社員。ニックはその弟で、クミとクウヤはニックの知り合い……だったか?」

「はい。ですので直接の繋がりがあまりありませんので、そもそも距離感がバグることはありません。一方、ミサやミイは幼なじみと妹設定。シロウとミクは同僚、ミナは後輩ですよね。普段から顔を合わせる人々です。」

「つまり、俺たちの距離感が初期設定の物になっている、と?」

「はい。昨夜の打ち上げの様子の『公式』アーカイブもそうなっています。ですが、物理的に切り離されている私の『個人的な』アーカイブではそうなっていません。」

「ええ、僕の取っているプライベート・アーカイブも公式アーカイブとずいぶんずれています。そこで遡ってどこからずれているのかを調べると、公式アーカイブでは少しずつ距離感が縮まっている様子が見て取れました。ですがプライベート・アーカイブでは昨日の晩と今朝との間で一気に変化したことがわかります。」


 つまり俺は少しずつ今の関係になったと思っているが、アーカイブデータ上は昨夜から今朝の間で一気に変化している。ああ、たぶんあの夢を見た頃か。というか、公式アーカイブのデータが書き換えられているというのは、いろいろとまずいな。その辺をきっちりと調べて対応しない限り、怖くて作戦行動はできない。


「しばらく俺のチームはこの問題に対処するべきだと思う。たぶん次の目標はパナマ・シティだと思うが、それはルォシーのチームだけで行ってもらう必要があるかも。」

「それは構わないわよ。私のチームも単独攻略をしたことがないから、ベイジン・シティもその辺は気にするでしょうし。」

「そうか。確かに言いそうだな、ベイジン・シティなら。……もしかしてルォシー達に単独攻略をさせるために俺のチームメンバーの記憶に緩衝したって可能性はあるのかな?」

「……さすがにそれはない、と言いたいけど、自信はないわね。あの人達ならやりかねないわ。」


 はぁ……その可能性もあるのか。本格的に調べるしかないな。

人間の記憶は勝手に改竄されていくことがわかっています。

もし何らかの方法でそこに外部から干渉された場合、改竄がどんどん進んで行く可能性もあります。

長谷敏司氏のアナログハックではありませんが、1980年代のサイバーパンク的な世界だと、ファイヤーウォールさえ突破できれば人格も含め記憶など書き換え放題にできそうです。特にこの作品の世界では記憶まで含めて転送機で調整できてしまう世界ですし。

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