キャサリンの独白
今回はキャシーの視点で世界をみてみます。
私はキャサリン・ホーガン。サンフランシスコ・シティによって西暦2000年代から召還された。前世? 違うわね、死んだ事にはなってるけどそのまま蘇生されたわけだから、今世のままで良いのか。私は工学系の研究者だった。同じ姓のSF作家がいたため、小さな頃からSF作品に親しんできた。それもあって理系を、特に技術系・工学系を志した。だからと言って何かすごい発明をしていたわけでもない。小さな企業で既存製品の改良を行う毎日だった。
ある時、出張を命じられて行ったニューヨークで事件に巻き込まれた。まさか行った先に飛行機が突っ込んでくるなんて思わなかったもの。「ああ、これは死んだな」と思ったときに、この時代に召還された。最初こそ混乱したけれども、進んだ技術に目を奪われた。これなら親しんできたSF内に出て来たガジェットを実現できそうだと、テンションも上がった。同時に、その危険性にも気が付いた。そしてこの時代の人々が持っている「常識」と、私の「常識」が大きく食い違っている原因に、その進んだ技術が介在していることも理解した。
「生活に必要なモノはすべて無償で手に入る」
「自分の好きなことをして暮らすのが人間の生まれてきた目的」
「ルールとしてはただ1つ、人間を殺してはいけない」
この時代では働かなくても、好きなことをして生きていける。生活コストはゼロなのだ。そしてやりたいことを行うためのコストもゼロ。だがそんなことがありえるのか? 誰がそのコストを引き受けているのか?
実際に調べてみると、人間が働かない分は、ロボット、アンドロイド、ホムンクルスなどを使役している事も分かった。カレル・チャペックの戯曲「R.U.R.」を地で行く世界だ。まぁあの戯曲ほど堕落しているわけでもなさそうだけど、転送機の存在が移動の手間すら省いているから、この時代のシティ住民は基本的に引きこもりだ。しかも好きなことだけして生きていくのが人間らしいとされているのだから、私たちの時代の「引きこもりのオタク」がこの時代では最も人間らしい生き方とされている。私も技術オタクの気があるから、ありがたいと言えばありがたいけど、完全に引きこもるのは危険だ。それは人間らしい生き方だとは思えない。だからこのギャップを理解しておかないとマズイと私の勘が告げていた。
その上でシティから召還の理由として告げられた内容はひどいモノだった。戦争に行ったことも無い、戦闘訓練さえ受けたことのない人間に、軍事行動をやれ、と?
「こいつら、正気なのかしら?」
冗談抜きで何度も思った。それでも助けてもらった恩は返さないといけないだろうし、住居や研究用のガレージも提供してもらったから、私にできることはやろうと思った。
それにユーキ・タカシマの戦い方を見て面白いと思うと同時に、物量作戦で何とかしているだけなのも気に入らなかった。自分ならもっとスマートにできるとも思った。
その後、ジークフリード・ハイネマンやリー・ルォシーとも出合い、それなりに仲良くもなった……と信じたい。
一方でイブン・アル・ハサンのやりように嫌悪感を抱いた。アイツだけは好きにさせてはならないとも思った。だが残念なことに今回、カラコルム・シティで私たちはハサンを止められなかった。ムンバイ・シティでの出来事を知ってからは「アイツはヤバイヤツだ」と警戒していたのに、私はそれを止められなかった。しかもその後、捕らえることも、始末することもできなかった。これは後々、問題になるかもしれない。ジークに任せるのではなく、私が自ら手を下しておくべきだったかもしれない。少なくとも私やルォシーの機動力なら、難なくハサンを殺せたはずだ。
今回の作戦もそうだけど、私は転送機を使いたくないし、使うことができない。それはこの「アームド・キャシー」形態に理由がある。だからユーキやルォシー、ジークのように転送機で作戦エリアに迅速に移動するということができない。そのため毎回、高速移動できる機体にウーニと共に乗り込み、現地に向かうしかない。となると、カレー・シティやチュニス・シティの時の様に、ユーキ達が動き出したタイミングで出発することになる。それだとどうしても後手に回ることとなる。
それでも今回の様に作戦開始時刻を知っていれば。、そこから逆算して出発することは可能だ。ユーキから「姫様」を経由して作戦開始時刻を知ってからというもの、拠点のメンバーに整備を依頼し、万全の準備をした。案内人を通じてジークに作戦時刻を伝えた後、移動ルートもしっかりと確認し、今回は拠点にしているサンフランシスコ・シティから飛び立ち、アラスカ、北極海、シベリア上空を経由して最短コースでここに向かった。でもまさか作戦開始時刻より前に戦闘が始まっているとは思わなかった。それはユーキ達も同じだったみたいだけど。
転送機を使えばそんな苦労はしなくて良いだろうにって? そうね、それは認める。でも私はそれを良しとはしていない。表には出さないようにしているけど、基本的にはシティに対する不信感があったからだ。だから表立っての理由は「ウーニを転送できないから」ということにしてある。
ユニコーン型に変形する私の支援ロボット「ウーニ」はアームド・キャシー形態へと変身するために必要不可欠な機体だ。私がこの時代で戦ったとして、非力なままではとてもじゃないけど他の召還者達に勝てるとは思わなかった。だから特殊な力が必要だと考えた。このアームド形態は、1990年代のジャパニメーションに出て来た、宇宙を翔る騎士を参考にした。そう、戦闘に堪えない貧弱な肉体ではなく、そもそも強靱な肉体に置き換えてしまえば良い。専用の転送機を使えば、私の肉体を戦闘地域で変換することができるはずだ。
だけど、それは私の身体を完全に別物に置き換えるため、脳の処理が追いつかなくなることも意味していた。そして私はルォシーのように普段から改造された肉体になるのはイヤだった。戦闘後は元の身体に戻りたかったのだ。
まずは無敵とも思える身体をデザインした。内臓を含め、人間のものを使う必要はない。アンドロイドやホムンクルスを作る技術でボディの内部を作る。その上でレーザーなどにも耐えられるだけの装甲素材で外部を覆う。でも人間同様滑らかに動けなくてはいけない。だから装甲素材の配置、関節の柔軟性などは何十通りも試した。幸い、元々研究者だったから、こういう試行錯誤をするのは苦にならなかった。なにしろ自分の身体になるのだ。真面目に取り組んだ。
ただ問題もあった。これだけの運動能力や戦闘に対する性能に対して、人間の脳そのものではダメだということだった。そこはホムンクルスの脳を参考にしたけど、記憶や思考はそのままにこのボディの制御に耐えられる人工脳を構築するのは大変だった。最も苦労したのはアームド状態で経験した記憶を生身の身体に戻ったときの脳に転写するところだ。アームド形態ではちょっと力を入れるだけで鉄の棒を曲げることも可能だ。それだけの出力がある。生身に戻ってから迂闊にその出力を信じて身体を動かすと、とんでもないことになる。だから生身に戻るときほど、記憶というか脳内電流の調整が必要になった。これは思ったよりも面倒だったけど、カレー・シティ戦までには何とか間に合った。
そして私自身を変身させるのは、ウーニに搭載されている専用の転送機だ。そう、ウーニの中に入った私は専用の転送機でスキャンされた後に分解される。その時の脳内情報とアームド形態のデータを基にして、ウーニ内で出力されるのだ。変身を解くときはこれの逆を行う。これが私の、「アームド・キャシー」形態へ変身する方法だ。
そして拠点のあるシティは私とウーニを作戦地点へ転送機で投入したかったらしい。でも私はあえてそれができないようにした。表向きの理由は「必殺技が欲しい」「そのためには陽電子が必要だ」ということにした。そう、ガンマ線レーザーである「レウコシア」だ。アームド形態では両肩に、強力な磁場で陽電子を封じ込めているカプセルを内蔵している。もちろん通常の転送機では陽電子など送ることはできない。転送機はあくまでも転送元から送られてきたデータを元に物体を再現する3Dプリンタだ。転送機の元素プールには大抵の元素は入っているけど、さすがに陽電子までは入っていない。ウーニのボディには私のアームド形態用に陽電子カプセルが内蔵されている。だからそんなものを転送先で再現はできない。
だけどこれは表向きの理由だ。本当の理由は転送機で脳内情報の調整ができることを知ったから。下手をすると転送の度に少しずつ脳内の情報をシティの都合で書き換えられる可能性を否定できなかった。そもそも、自分たちで解決できないから300年前(ジークに至っては600年前)の時代から人間を呼び寄せて戦わせる? 何を言っているのか意味がわからない。ユーキは日本独特のライトノベル文化に毒されているからか「そんなもんだ」と思っているようだけど、私には理解できない。
考えてもみれば良い。戦闘を行うのに、非力な女性を連れてきてどうする。兵士を連れてくるならともかく、私は研究者だったんだよ? ルォシーだって大学生だ。彼らの体型を見るに、確かに戦闘向きではないだろう。だったらジークみたいな兵士で、しかも剣などの物理攻撃に慣れた人間を呼ぶべきだ。第二次世界大戦時の兵士を呼び出しても良いし、それこそ中東ではずっと紛争が続いているのだから、そういう人間を呼んでも良い。まぁそのうちの1人がハサンなんだろうけど。
とはいえ、ハサンやジークみたいな人間を連れてきてもそのままでは使いにくい。だからどうしても洗脳とまでは言わないけど、ある程度、自分たちの意志が反映されるように記憶や思考をいじる必要はある。転送機はうってつけなはずだ。事実、ジークは特に違和感なくこの時代に適合している。600年もの時代の流れを特に意識せず、しかも変化しているはずの言葉までマスターさせている。この辺は私もそうだ。300年の間に変化したであろう言語を普通に話せている。最初の召喚の際に記憶をいじられたはずだ。
だからこれ以上は好き勝手にいじられたくない。そのためには転送機で物を送ったり取り寄せることはあっても、自分自身の移動に転送機は使わない。「レウコシア」はそのための保険だ。そして保険はうまくかかっている。問題はさっきの通り、作戦への参加が後手に回ること。こればかりは仕方がない。
実は「レウコシア」に関して、1つだけ内緒にしていることがある。カレー・シティの時には内蔵している陽電子を空中に放つことで対消滅を起こし、ガンマ線レーザーの元にした。あの戦果についてはシティでも好評だった。そして私が転送機を使えない理由を納得させることができた。
だけどチュニス・シティ以降は陽電子カプセルを使っていない。ユーキに言ったように――本人が覚えているかどうかは知らないけど――大容量キャパシタを追加搭載し、大電圧によって陽電子を生み出しているのだ。これはユーキがカレー・シティで使っていた電撃(本人は魔法だと言い張っているけど)がヒントになった。私たちの時代の論文で、大きな雷の発生したときにガンマ線が出ているという論文を目にしたことがあったのだ。調べてみると、確かに大きな雷が発生すると、陽電子が生まれることもあるらしい。そこでアームド形態の設計を見直し、大容量キャパシタを追加したわけだ。もちろんこれまで通り、陽電子カプセルも搭載している。そうしないとシティに対して言っている、転送機を使わない理由がなくなるから。
そしてシティに対する違和感は案内人や「姫様」との情報交換で確信へと変わった。シティは何かがおかしい。今回のこの攻略ポイントを攻撃するというミッションも、誰かが仕組んだものなのだ。ただ、それが誰によって発案され、その結果、どこの誰が得をするのかについてはまだ整理し切れていない。案内人も「案内」はしてくれるけど、答えは教えない。まぁ彼から教えられた答えが正しいとも限らないし、彼らにとっての真実が万人に受け入れられるかは別だし。まだまだ情報が足りない。
私以外の3人は、ハサンの捕縛は諦め、とりあえずここのポイントを無力化することにしたらしい。私が運んでいた6人も自爆させられたか……。今後の戦いの進め方は、より慎重にしないといけなさそうだ。
「宇宙を翔る騎士」というのは「宇宙の騎士テッカマンブレード」です。
さすがに「テックセッター」とか「ボルテッカ」と叫ばせるわけにはいきませんので、いろいろと苦労しています(苦笑)。
ウーニはペガスのポジション。ペガサスの代わりにユニコーンを持ってきました。