悪魔は逃げ出した
モンゴルがウランバートルからカラコルムに遷都を考えているらしい。
そのネタを昨日の夜に知ったのだが、いや、まさかそんなことになってるなんて…
だったらカラコルムの演出はもっと別の内容に変えたのに!
もう遅いけど。
切り結びながらトレーラーから飛び降りた2人は、トレーラーの向こう側、俺からは死角になる位置で攻防を繰り広げているようだ。
ルォシーも援護のため、合流しに動く。あの2人が連携しての2対1であれば、負けることはないだろう。さっきの戦い鰤を見る限り、そもそもジークフリードだけでもハサンには勝てるだろうからな。とはいえ邪魔が入るとどうなるかわからない。支援はルォシーに任せ、俺とキャシーは他の撹乱要素がないかを確認する。まずは倒れている6人だ。自爆用の爆弾付きベストは衣服ごと剥ぎ取る。とはいえ、さっきは全裸状態でも爆発が起こった。もしかしたら体内にも爆弾が仕込まれている可能性もある。さて、どうしたものか。できれば離れた所に運びたいが、運ぼうとしたところで自爆されると、俺たちも無傷では済まないしなぁ……。
「ユーキ。とりあえず私が彼らを少し離れた場所まで運ぶわ。さっきの爆発程度なら大丈夫だろうし。」
さすがアームド状態のキャシーだ。ここはお言葉に甘えるとしよう。
「わかった。じゃあ俺は他の邪魔が入らないよう、後方支援に徹するとしよう。」
「ええ、お願いね。あの2人なら負けることはないと思うけどね。」
そう言うと、キャシーは片腕で1人ずつ抱えて運び始めた。筋力まで上がるのか。すげぇな、一体どうなっているんだろう。
キャシーが運ぶのを横目に、ミク達にアンドロイド兵などの邪魔が入らないよう排除をお願いする。既にこれまでの自爆攻撃でポイントを守っていた部隊はガタガタになっている。その上キャシーのレウコシアでほぼ一掃されているしな。おかげで残存勢力の排除はスムーズに進んでいる。
そうなるとあとはハサンを拘束するだけだ。戦いの様子をみると、やはりジークフリードが圧している。ルォシーが手を出すまでもなさそうだ。ハサンの表情からみるに余裕はなさそうだが、それでもジークフリードを相手に互角の戦いを行えている。
だがいつまでも戦い続けてもらっては困る。キャシーが運んだ6人もそのうち麻痺が解ける。そうなると面倒だ。
俺はルォシーに、ジークフリードに加勢するよう促した。一瞬だけ隙を作れば充分だろう。
その意図をくみ取り、ルォシーがハサンの死角から接近し、背中を蹴り飛ばした。
「ぐあっ!」
ジークフリードとの斬り合いで余裕のないハサンは避けられず、もろに蹴りを食らった。その機を逃さず、ジークフリードは一気に剣速を上げる。拮抗していた撃ち合いは一気に傾き、ハサンの着ている迷彩服やプロテクターは次々とジークフリードの剣によって切り裂かれていく。遂には頬をかすめ、一筋の血のにじみとなって優劣を明確にした。
「俺の顔に傷を……貴様、許さんぞ!」
おや、さっきまで一人称は「私」だったのに、いきなり「俺」に変わったぞ。新興宗教の教祖か何かのロールプレイをしていたんだろうか。たぶんこっちが地なんだろうな。
「もう手段は選ばん。この俺に傷を付けた報いを受けるがいい!」
ハサンがいつの間にか空いていた左手に持っていた拳銃を撃ち始める。ジークフリードはその弾を剣で弾きながら少しだけ距離を取る。いや、お前、ルパン三世の石川五右衛門かよ! アクティブ・アウトフィットなら拳銃の弾ぐらいは衝撃を吸収した上ではじき返せるぞ? わざわざ弾く必要なくね?
だがこの距離がハサンに充分な時間を与えたようだ。ガタンという音がしたと思ったら、横倒しになっているトレーラーから例の6人が現れた。いやいやいや、まだキャシーの運んでいた倒れているヤツらがいるんだけど? 転送機は同じ人物をクローンのように量産しないようなストッパーがあったはずだ。するとハサンはそのストッパーを外していることになる。いろんな意味でアウトだと言わざるをえない。
新たに現れた6人はハサンの方を見た後、俺たちの方に向かってきた。ハサンの楯になるつもりらしい。本当に自発的に動いているのか? 洗脳されいてるとかじゃなく? それに同じ人物が存在していることにも気が付いていないようだ。キャシーが移動させて遠ざけたのが裏目に出たか?
そして6人が俺たちとハサンの間に割り込み、にらみ合いが始まると同時に、再度ガタンという音がする。まさかと思ってトレーラーの方をちらっと見ると、さらに同じ6人の姿があった。この場には同じ人間が3人ずついることになる。転送機の運用規則上は絶対あり得ない状況なので、冗談抜きでハサンはストッパーを外しているんだろう。
最後に出て来た6人は、俺たちとハサンの間に割り込んでいる6人を見て固まっていた。ありえないものを見る目というのはアレのことか。そしてハサンの楯になっていた6人も、トレーラーの方を見て固まっている。さすがにこの状態は想定していなかったらしい。洗脳されているというより、言いくるめられているという感じかもしれない。
「お前達、その女を抑えろ。」
その声を聞いて我に返ったのか、6人というか12人はルォシーに向かう。まぁルォシーはこんな事で抑えられると思わないけどな。
ルォシーはさっと加速して、逆にハサンへと迫り、サンドバッグ状態にし始めた。ジークフリードが距離を取っていたためハサンは油断していたのかもしれない。まさか懐に飛び込んでくるとは思わなかったんだろう。
ボコボコにされているハサンだが、なかなかダウンはしない。もしかして衝撃を吸収しているのか?
埒があかないと思ったルォシーは一旦、ハサンから距離を取った。
「あ、アクティブ・アウトフィットは……ごほっ……お前達だけのものじゃない。こ、この俺も当然使っている。」
「道理でこれだけぶん殴ってもまだ元気なはずね。」
確かにこの時代ではあたりまえの技術だから使っているだろうとは思っていたが、こちらの想定以上に高性能だ。サンドバッグ状態になってもあの程度で済んでいるんだからな。カイロ・シティはかなり良い技術を提供したらしい。まぁ持ち逃げされた形にはなっているが。しかし、だとするとその後のメンテナンスはどうしているんだ? 俺たちは転送機を通る度に勝手にメンテナンスされているが、ハサンは転送機を使えないはずでは?
「ルォシー、あとは私にやらせてくれ。」
改めてジークフリードが剣を片手にハサンへと向かって突っ込んでいく。ダメージを負ったハサンでは、ジークフリードの剣を避け続けるのは無理だろう。実際、さっきまでの斬り合いと比べると明らかにハサンの動きが精彩を欠いている。先ほどまでは互角とまではいかないが、何とかジークフリードの攻撃に対応できていた。だが、攻撃に出ることはできず完全に防戦一方となっている。ルォシーに蹴飛ばされた後、あちらこちらを切り裂かれていたアクティブ・アウトフィットは、さらに破損部分を増やしていっている。いずれ戦えない状態になるはずだ。
だがそれを呼び出された12人が阻止しに入った。6人がハサンの後方に展開し、残る6人がジークフリードの後方から取り囲むような形で突っ込んでいく。ジークフリードもアンドロイド兵達が抱きつかれた上で自爆されたのを覚えていた。だから突っ込んできた6人を避けて距離を取らざるを得ない。
だがそうなることでハサンを含めて13人が全員ひとかたまりになった。チャンス!
「数多の雷よ、我が針となりて敵を止めよ。ライトニング・シュート!」
俺は麻痺させるための魔法というか攻撃を発動させる。俺の手にあるスタッフから放たれた雷光が13人を包む。全員、身体をびくんと震わせ、その場に崩れ落ちる。さすがにアクティブ・アウトフィットを着ているハサンも、あれだけ破損していると防ぎきれなかったようだ。
「全員倒せたの?」
先に倒れていた6人を運んでいたキャシーが合流してきた。もしハサンがまだ動けたとしても、これで完全に4対1になった。もう逃げ道はない。
「イブン・アル・ハサン。最早逃げられないものと思え。」
「ふふふふふふ……あはははははは!」
なんだ? おかしくなったか? 俺を含め、取り囲んでいる4人の顔が不審なものを見るように歪む。まぁキャシーだけは表情わからんけど。
「何がおかしい?」
「そりゃおかしいだろ。『逃げられないと思え』だと? 本気を出せばどうとでもなるさ。」
「この状態で逃げられると?」
「試してみようじゃないか。」
俺はスタッフをハサンに向けて身構えた。他の3人は特に構えに変化がない。だが気が付いた。どうしてハサンはこんな流暢に話ができるのか? 麻痺していないのではないか。あの電撃を喰らったアツギ・ヴィレッジの連中は動くどころか話をすることすらできなかった。だがハサンはジークフリードに対して話を続けている。
「ジークフリード! ハサンは麻痺していない!」
その声がかけ声になったのか、ハサンは左手に持っていた銃をルォシーに向けて発砲した。同時に右手に持っていたらしい物をぐっと握りしめた。
ルォシーが銃撃を避けるように動く。
それと同時にハサンの周りに倒れていた12人が爆発を起こした。銃撃を避けるために体勢を崩していたルォシーが爆風で吹き飛ばされる。ダメージはないだろうが、包囲網は崩れたことになる。そして爆風に耐えるため、ジークフリード、キャシー、俺の3人は重心を下げている。もしここでハサンが逃げ出した場合、すぐには追撃ができない。くそっ、してやられたか。
とはいえ、ここからどうやって逃げる? 走って逃げるのはナンセンス。トレーラーは横倒しで、逃走のための足がない……いや、転送機か!
「くそっ、転送機で逃げる気だ!」
「悪いがそういうことだ。今日のところは引いてやる。だが、次は同じようには行かんからなっ!」
「待ちなさい、アンタだけは許すわけにはいかない!」
爆風がある程度晴れると、既にハサンはトレーラーの中に入ろうとしているところだった。どうする? トレーラーを破壊するか? ハサンの生き死にをどうするか、事前に取り決めていなかったのは痛い。だが、同じ事を他のところで起こす可能性があるなら、ここで息の根を止めておくべきか……。
「レウコシアーッ!」
俺が悩んでいる間もキャシーは冷静だったようだ。トレーラーに向かって本日2発目のレウコシアを放つ。この近距離で受ければ、トレーラーが余程の謎素材でできていない限りは、ガンマ線レーザーを防げないだろう。当然内部の転送機も破壊されることとなる。果たしてハサンは逃げおおせたのか、それともそこで死亡したのか。
ジークフリードがトレーラーの外壁を長剣で切り裂く。さすが超振動モードのついた剣だけあって、スパスパ切れる。ハサンの剣もたぶん同じ感じの物だったのだろう。12人が自爆させられた爆心地のあたりにアイツの使っていた半月刀が落ちていた。一部が焦げているというか、微妙に融けている。
「ハサンはあの半月刀でマスターの電撃を防いだようですね。」
「避雷針代わりにしたって事か。」
「おそらく。それでも私たちの油断を誘うために倒れた振りをしたのでしょう。」
「……してやられたって事か。」
なんか、振り回されてばかりだ。残念ながらアイツがシティの人々を殺すのを阻止できなかった。しかも同じ人間を何回も殺すという暴挙まで許してしまった。人口が少ないシティで、死を希望している者が少ない場合に自爆テロを効率よく行う方法を見せつけられた。正直、胸くそ悪い。
だけど俺はいざという時にためらってしまった。カレー・シティでジークフリードにとどめを刺そうとしたときは俺の命も危なかったし、ミクが一度殺されたというのもあって頭に血が上っていたのかもしれない。でも今回はドン引きしたけど、「許せない」という気持ちが弱かったかもしれない。だから考えずに攻撃することはできなかった。迷わなければおそらく「アニヒレート・レイ」を撃っていただろう。そのへん、俺はまだまだ甘い。そのためキャシーに頼ることとなった。
トレーラーの屋根部分が完全に破壊された。中が見えるようになっているが、そこにハサンの姿はない。キャシーがトレーラー内部に設置されている転送機の扉を引きちぎって開けた。そこにもハサンはいなかった。つまり逃げられたということだ。
「逃げられちゃったのね。」
ルォシーがそばにやって来てつぶやいた。
ああ、俺たちはあいつを捕まえることもできなければ、次善の策で殺すこともできなかった。あいつがまたどこかで同じ事をやらかすのを、俺たちは阻止しなければいけない。それが今回死んだ人たちとカラコルム・シティへのお詫びだ。




