次は「カラコルム」で!
しかし、キャシーに連絡を取っている「姫様」ね。アケミさんから連絡がやって来る事になるんだろう。それまでに今回の情報を少しは咀嚼しておきたいな。特にジークフリードが召還された経緯なんかは……ん? 何かひっかかるぞ。なんだ?
「どうかしましたか、マスター?」
「いや、ジークフリードは案内人に召還されたんだよな、ってことを考えてたら、何か引っかかったんだよな。なんだろう……?」
「召還された年代ですか?」
「……うん、まぁそうなんだが……あれ? カレー・シティで最初に遭遇したのはジークフリード。その次がキャシーだったよな。俺はあの時、キャシーも敵だと思ってたんだよ。ジークフリード同様、俺を殺しに来たんだと。なんで、そう思ってたんだろう?」
「えっと、私がジークを助けたから?」
「それはそうなんだが……」
ミクとの会話にキャシーが割り込んできたが、どうも何かが引っかかったままだ。なんだ? 何かを忘れているような……。
「そもそも、カレー・シティへ行く前に相当用心が必要だと思ってたよな。確か対策も考えた。」
「ええ。シロウが『人間を殺せるか?』とマスターに質問し、そこから科学技術で魔法を再現するという話に発展したはずです。」
ああ、そうだった。人間を殺せるかどうかと言われれば、今でもちょっと自信が無い。でもあの時は、格闘戦で勝てる気がしないからゲームでやっていた魔法職に近づければ相手が人間であっても戦えるだろうと考えたはずだ。だから、4人の敵がいると想定したんだが……。いや、そうすると、さっきの話と整合性が取れない。
「マスター?」
「ミク、俺のチーム全員を呼んできてくれ。確認したいことがある。」
「イエス、マスター。」
ミクが他の11人を呼ぶ。その間、俺は必死に記憶を呼び起こしていた。さっきのキャシーの説明と、トウキョウ・シティの説明には明らかに齟齬がある。そう思える。だから正確に何と言われたかを思い出す必要がある。
「マスター、どうしたんだ?」
呼ばれてやって来たメンバーを代表してシロウが尋ねてくる。
「私たちは聞かない方が良いヤツかしら?」
「いや、キャシーも聞いてくれ。いや、キャシーだけじゃない。ルォシー、ジークフリードもだ。」
キャシーが少し距離を取ろうとする。だが、俺は全員に聞いてもらっても問題ないと判断した。
「情報を整理する。さっきキャシーは『ポイントを攻略するために召還する最初の人物は、提案したトウキョウ・シティが担当することとなった。そしてユーキを召還したが、他のシティは『お手並み拝見』と思っていただろう。』と言ったよな。」
「まぁ、概ねそういうことを言ったわね。実際に、召還されて10日ほど経ったときにクルンテープ・シティの攻略戦があって、私もそれを観ていたもの。」
「あ、私も観ていました。面白い作戦だなーって思いましたし。」
「ああ、あの戦闘か。武器の能力を活かせていない、と思ったな。」
クルンテープ戦の感想を3人が言ってくる。あの戦いは彼らにも観られていたわけだ。
「つまり、俺を召還することは他のシティも知っていたはずだし、そもそも召還用のワームホールだったっけ? あれの用意も他のシティは協力してたんじゃないか?」
「それはそうね。トウキョウ・シティ単独で作れるレベルじゃないでしょうし。」
「何が言いたいんだ、マスター?」
俺のチームのメンバーはわからないようだ。相変わらずシロウが代表して訊いてくるが……いや本当にわかっていないのか?
「クルンテープ・シティの攻略戦から帰った後、中田氏と川本氏が謝罪に来ただろ? あの時彼らは何と言った?」
「確か、ワームホールに不正アクセスがあったという話でしたよね。」
「そうだ。そのセリフを正確に覚えている者はいないか? 重要な話なんだ。」
「さすがにそこまで細かいことは……」
「私の記憶では『高島殿をこの時代に召還したワームホールなのですが、何者かに外部からの不正アクセスを許してしまい、不正作動を検知しました。』だったかと。」
「あーしも、確かそうだったと記憶してるわー。それってジークフリードの召還の話よね?」
そうだったか? 少し違う気がするんだが……。
その時、何かを操作していたニーナが割り込んできた。
「マスター、おそらく我々ホムンクルスは記憶操作を受けています。下手をするとマスターも。」
ざわっ。俺のチーム全員の落ち着きがなくなり、記憶の確認をする仕草をし始めた。
「ニーナ、どういうことだ?」
「私たちホムンクルスは、人間よりも記憶力が良いです。記憶はクラウド上にバックアップもされますし、定期的に齟齬がないかチェックもされ、問題があれば修正される仕組みがあります。それを悪用されたと思われます。」
そしてマスターもナノマシンの注入を受けた以降で改竄された可能性があると付け加えてきた。
俺は先を促した。そこまで言うなら、何か証拠があってのことだろう。
「まず、私の記憶も先ほどミクさんが言った内容と同じです。ですが、私は別途、拠点での会議内容をバックアップで保存しています。それも正式なもの以外に、個人的な研究用途でこっそりと。」
「そんなことをしてたのか。」
「それについて黙っていたことは謝ります。でも私たちの記憶と正式な会議のデータは一致していましたが、その個人的に取っていたデータとは齟齬がありました。」
「どう違っていたんだ?」
「はい。データではこのように発言がされています。『高島殿をこの時代に召還したワームホールなのですが、何者かに外部からの不正アクセスを許してしまい、4回の不正作動を検知しました』です。」
これか、違和感の原因は。キャシーの話が正しいとすれば、不正作動に当たるのはジークフリードが召還された1回だけと考えるべきだ。だが、トウキョウ・シティは「4回」あったとしている。
「ニーナ、その先の会話も出してくれ。」
「わかりました。該当の部分を投影します。」
ニーナは全員の前に、その記録を表示し、再生する。
『まずは不手際をお詫びいたします。実は、高島殿をこの時代に召還したワームホールなのですが、何者かに外部からの不正アクセスを許してしまい、4回の不正作動を検知しました。』
『4回の不正作動とはつまり、俺以外に4人の人間が召還されたかもしれないということか?』
『そういうことです。場合によっては1回に複数人を召還することもできますので、もっと多い可能性もあります。とりあえず4回目の起動を確認した直後に、こちらの技術者が制御の奪回をギブアップし、信号を送って破壊しました。』
『ハッキングした相手はわかっているのか?』
『どうやら、高島殿に破壊してもらっているサーバールームを牛耳っている連中と同じ様です。』
『やっぱりそうか。つまり、そいつらは俺への対抗策として最低4人を召還した可能性があるということか。』
『はい。』
そうだ。そうだった。俺は4人の刺客が召還されたと聞かされていた。だからその4人とどの様に対峙するのかを考えたはずなんだ。そしてジークフリードとキャシーはカレー・シティで、確かに俺と敵対した。
ところが、だ。ルォシーは刺客ではなく、仲間として紹介された。「逃げ出してきたから」という理由だったが、トウキョウ・シティのメンバーがルォシーを警戒する素振りはなかった。ベイジン・シティからの本来なら欺瞞かもしれないわけだから、もっと警戒する様に促すべきだったんだ。でもそうしなかった。だからホムンクルス達の記憶や会議のデータを改ざんする必要があったわけだ。
「ユウキ。トウキョウ・シティの人たちは何で私たちを『不正アクセス』扱いにしたんだろうね。」
「わからん。後になってジークフリードだけが不正アクセスの結果だとしたかったみたいだけど、当初はそう考えてはいなかったということだろ? 俺たちに説明もなく記憶や記録を改竄するってことは、知られると都合が悪いということだろう。どうも、きな臭くなってきたな。」
可能性として考えられるのは何だろう? その後の俺たちの議論はそこに集中した。
「トウキョウ・シティが最初の召還者担当になったのは間違いないわ。私は召還後に『あなたが2人目の召還者で、他に仲間がいる』と言われたもの。」
「その記憶は間違いないか?」
「ええ、何度かそういう話をされているし、その何度目かの記録はウーニにも残ってる。それにウーニは一度も転送機を通っていないし、事情があって外部のネットワークからは切り離しているわ。」
「なるほど。ルォシーはどうだ?」
「私は『トウキョウ・シティの召還者が上手くやっているようだから、参考にしなさい。きっとお前の方がより良い結果を残せるだろう』的なことを言われていたわね。それがプレッシャーになってたんだけど……」
「そうだったな。ジークフリードはどうだったんだ?」
「私は『倒すべき敵が4人いる』というだけだな。さっきのキャシーの話とも整合性が取れる。」
「だとすると、トウキョウ・シティはジークフリードもそうだが、キャシーやルォシーも含めて、俺以外の召還者を呼び寄せる気はなかったと言うことか。」
「本当に『不正アクセス』扱いだと考えていたのなら、ワームホール装置の完成後に、トウキョウ・シティ以外からのアクセスができないようにロックをかけていた可能性もあるわね。」
そうだ。おそらくロックをかけていた。それを突破されたから「不正アクセス」や「不正作動」という言葉を使ってしまった。そしてそのアクセスは「ハバロフスク・シティ攻略の3~4日後」だったわけだが、10日も報告が遅れたのは、俺に対してどう説明するかを検討していた結果だろう。
「トウキョウ・シティは、俺以外の召還者を呼ぶ気がなかったって事だな。手柄を独り占めしたかったのか? それとも他の理由があったか。」
「ハバロフスク・シティの攻略が上手く行けば、他の召還者が呼び出されることは既定路線だったはずよ。もしかしたら『上手く行かない』方に賭けていたんじゃないかしら。」
「何のために? 転送機ネットワークが使えなくて困るのはトウキョウ・シティもだろ?」
「もしかしたら召還のためのワームホールを作ること、それをトウキョウ・シティが独占することに意味があったのかもね。」
だとすると、情報が足りないな。わからないことだらけだ。
そして考え込んだ俺たちに、別の情報がもたらされた。報告者はルォシー・チームのヒトハとフタバだ。
「皆さん、報告です。ムンバイ・シティの攻略ポイントが陥落しました。攻略者はイブン・アル・ハサンです。」
「あいつ、いつの間にムンバイへ?! 散々探し回ったけど見つけられなかったのに。」
ジークフリードの拠点ですら見つけ出して強襲を賭けられるキャシー。その捜査網にも引っかからずにハサンはムンバイまで行き、攻略までしてしまった。
「彼が前に攻略したのはドバイ・シティ。それから考えると1ヶ月以上経ってるわ。そしてそれだけの時間があれば陸路や海路でムンバイまで移動可能よ。」
「つまり、転送機を使っていない?」
「おそらく。転送機を使えば、必ず履歴が残る。私たちはそれを追いかけていたけど、もし彼が転送機を使っていないのであれば、見つからないのも理解できるわ。」
「確か、彼が召還されたのはカイロ・シティよね? そしてカイロ・シティも攻撃を受けて爆破されていると聞いたわ。私も同じ頃にベイジンを抜け出したし。」
「ああ、確かドバイの攻略後すぐにカイロでも爆発事件があったよな。」
「はい、マスター。ハサンはカイロとも敵対関係にあると考えるべきでしょう。少なくともイスラム圏からの支援を受けるのは難しいかと。」
「なるほど。下手をすると単独で移動しているわけだ。シティ以外にも人々の住んでいるエリアがあるんだったら、そこを経由しているのかもしれないな。」
「そっちは姫様経由で情報を集めてみるわ。ユーキもアツギだったっけ? そこから情報を仕入れる努力をして頂戴。」
「わかった。」
今度、アケミさんが来たときにお願いしてみよう。もしかしたらその時に姫様とやらに会えるかもしれないし。
「でも、ようやくハサンを捕まえる方法が見えてきたわ。」
探しても見つけられなかった相手を捕捉できる目処が立ったと、キャシーがうれしそうに言う。
「というと?」
「残る攻略ポイントは3つ。陸路でいけるのはカラコルム・シティだけよ。」
「そういうことか。」
「ええ。コナ・シティはいろんな意味で入るのが難しい。だからパナマ・シティさえ私が攻略してしまえば、ハサンはカラコルムに行くしかない。ただ、どういう考えで未だに攻略を続けているのかはわからないけどね。そこは本人に訊いてみましょう。」
そうだな。ではしばらくは共闘し、できればハサンもこのグループに取り込む。そのためにカラコルムは全員が行く。
「じゃあ、次はカラコルムで。」
俺たち4人は暫定的な同盟を組み、カラコルムでの再開を誓い合った。