共闘会議
俺たちは代理戦争のコマだ。改めて言われると、ちょっとイヤなものを感じる。確かに事実なんだが。
「そうね。この時代、シティに住む人々は他者を傷つけないことを最優先にしているわ。そして自分も傷つきたくない。だから傷ついても良い、他者を傷つけられるコマとして、私たちをこの時代に召還した。まぁ、本来死人だし。」
確かに俺の場合は相模川の下流で発見されるか、もしくは海にまで流された場合は行方不明のままで終わったんだろうな。
「とはいえ、言っていることとやっていることは微妙に違う。転送機を治療モードで使えばちょっとした怪我はいつでも治療可能よ。だから結構危険なアクティビティもあるし、ボクシングのようなスポーツも残ってる。そしてそれを嗜むシティの住民もいる。」
「へぇそうなのか。マラソンをやっているのは知っていたが。そうなるといろんなスポーツが残っているんだな。」
「ええ。怪我がなかったことになるんだから、なんでもありよ。スキーのジャンプなんてのも残ってるみたい。ただ、痛いのはイヤだということで、全体的には300年前と比べるとマイルドだけど。だからボクシングとか痛いのは、自分でやる人はあまりいなくて、ホムンクルス同士の試合を観てるだけのようだけど。あとは痛覚を遮断した遠隔同期操縦ロボット同士でやるとかね。」
もうそれはスポーツじゃないだろ。あれ? だったら……。
「なぁ、その遠隔同期操縦ロボットってのは、そのロボットと感覚を共有して遠隔操縦するものってことだよな? ゲームのアバターを操作するヤツのもっと高度なやつというか。」
「そうよ。」
「だったら、この時代の連中だってそれを操縦して、ゲームのような形で拠点制圧を目指せたんじゃないのか?」
キャシーは「わかってきたわね」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。ルォシーも納得したような顔をし、シークフリードは……まぁ今の技術どころか300年前の技術の話にすらキチンとはついて行けていないみたいだ。
「そう。私を召還したシティの連中に不信感を持つ様になったのもそれが原因。彼らの技術なら、誰一人傷つかずに、そういうことが可能なはずなのよ。」
「それは『心が傷つくのを忌避』しているのだろうな。」
ジークフリードが少しだけ沈痛な面持ちで、そう言った。「心が傷つく」とはどういうことだろう? 俺も似たようなゲームをやっていたが、ひどい裏切りにあった場合ぐらいだぞ、傷ついたのは。自分が安全であることを認識していれば、いや認識していない方がゲームには没頭できるか。ゲーム中に「もしこれが本物だったら」とか考える方が、操作が鈍るしな。
「戦争はな、この間まで味方だった者が、いきなり敵になってしまう場合もある。傭兵だと同じ村の出身者同士が敵味方に分かれて、死ぬまで戦うことになった例もある。この時代の連中は、そういった人と人との心のぶつかり合いにも弱い気がする。自分の殻に閉じこもり、他者との接触を極力避けている。」
「シティの運営をしている連中はそうでもなさそうだけど……」
「全員が関与しているわけではあるまい。それに、運営をしている連中が戦争もどきのゲームとやらに向いているかどうかは怪しいぞ。」
「それもそうか。」
他者と殴り合うような競技を嗜んでいるからといって、殺し合いの場でそのメンタリティが役に立つがどうかはわからない、例えそれがヴァーチャルで安全だとわかっていても、ということか。
「というわけで、私たちは召還された。そしてその最初の人物は、提案したトウキョウ・シティが担当することとなり、シティはユーキを召還した。他のシティは『お手並み拝見』と思っていたでしょうね。」
「軍人でもない一般人が攻略なんてできるわけない、とでも思われたかね。」
「たぶんね。正直、ユーキがあんなに上手く攻略するなんて思わなかったんでしょうね。だからハバロフスク・シティ攻略戦の後に大急ぎで自分たちの『コマ』を用意することにした。」
「すると、私たちは……」
「ええ。ルォシー、あなたは世界の盟主を自認していた旧中国がそのメンツをかけて呼び寄せたのよ。旧日本の連中にこれ以上の手柄をあげさせてたまるか、ってね。」
「わかりやすすぎて、逆に納得できるわ。」
「そういう私も、旧アメリカがリーダーシップを取り戻したくて呼び寄せられた口だしね。ルォシーを呼び寄せた連中とアイデンティティは何も変わらないわ。」
「そこまでして覇権云々って重要なのか?」
「ユーキ、あなたの頭の中は平和ね。ああ、そういえば当時の日本は『平和ボケ』で有名だったものね。」
悪かったな、平和ボケ国家日本の出身で。
「覇権とかリーダーシップというのは重要。そう考えている人がこの時代にもいるのは間違いないわ。そしてヨーロッパ、インド、ロシア、アフリカ、南アメリカ、中央アジア、東南アジア、西アジア、もといイスラム圏もそれを実行しようとした。実行できたのはハサンを召喚できたイスラム圏だけだったけど。」
「ということはトウキョウ・シティが止めなければあと7人も召還される可能性があったのか。あー、いやジークフリードはヨーロッパだから、あと6人か。」
「いいえ、ジークを召還したのはヨーロッパじゃないわ。」
「私を召還したのはヨーロッパのグループではない、だと?」
「そう。あなたを召還したのは『案内人』たちよ。」
「いや、おかしいだろ。俺は『案内人と親しげなキャシー』があいつらに召還されたってのなら理解できるけど。」
「いやいや。攻略ポイントは『案内人』達が作ったのよ。防衛しているのはジーク。私、攻略側よ? あいつらに召還されているわけないじゃない。」
「ああ、そういえばそうだったか。」
そうか。ジークフリードは拠点防衛の必要性を感じた案内人達のグループが召喚した。おそらく俺たちのような一般人よりも、しっかりとした軍人でかつ物理的攻撃力の高い人物ということで、中世からの召喚となったわけだ。
だとしても、だ。一体、案内人達のグループは何をしたいんだ? 初めて会ったときはロボットやアンドロイドを搾取する者達への警告っぽいことを言って御多様な気がするが、どうもしっくりこない。たぶんキャシーもそれは感じてるに違いない。
「なぁ、案内人達のグループの実態って何だと思う? いや、実態というか最終目的でも良いけど。」
「私の考えというか、状況を整理した結果、考えた目的というか対象者は4つ。」
やっぱり考えていたか。それにしても4つは多いな。せいぜい3つ程度だと思っていたんだが。
「1つ目は、転送機文明に反対する何者か。」
まぁそれっぽいことも言ってたもんな。ただ、何故「反対しているのか」という理由はわからんが。
「この場合、たぶんだけど『便利すぎる』事に対する問題提起じゃないかしら。人は外に出なくなった。一部のスポーツをする者以外は、ほとんど外に出ない。一部には生まれてから死ぬまで家から一歩も出ない人だっているようね。それでも働かずして生きていける時代だから、困らないみたい。」
「それって生きていると言って良いのかな?」
「さあね。気に入らなければ転送機を使えなくするという事件を引き起こすかもね。実際、家に引きこもっていた連中はパニックだったらしいわよ。」
だろうな。というか、俺の方が先にこの時代へ来ていたのに、なんだこの情報収集能力の差は?!
「2つ目は、ロボットやアンドロイドへの搾取に反対する何者か。」
「確かに、この時代の人たちが働かなくても生きていけるのは、ロボットに生産をすべて任せているからなのよね?」
「そう。彼らが働いてくれるから、自分は何もしなくて良い。なんなら一生寝て暮らすことも可能よ。」
「堕落した貴族よりもたちが悪い。そんな風にはなりたくないものだな。」
俺たちの時代にも、他者から搾取していた連中はいたけどな。あの社長とか。くそっ、思い出したら腹が立ってきた。しかし人類全体がその状態になってるってのはどうなんだろう?
「案内人はこの理由を推していたけど、どこまで本当かしらね。実際、シティにも自然派と呼ばれる、ロボット達と共同で作業をする人たちはいる。それに私に情報を流してくれている人々は、そもそもシティに住んですらいない。彼らの方が健全な生活を送っているように思えるわね。」
ああ、アツギの連中とかだな。確かに体型も俺たちに近かったし、親しみやすさもあった。村長はえげつなかったが。
「3つ目は、旧中国……だけに限らないけど、権力者をコケにして恥をかかせようと何者か。」
「そんなことして何がうれしいんだ?」
「ユウキ、権力者が自分のために力を振るうようになったら、民衆はそういうことから始めるのよ。」
「そうだな。そしていずれ革命を起こす。偉そうにしているだけの無能など、害悪でしかないからな。」
「まぁ、そうなんだけど……でもこの時代には旧国家は存在していないだろ? しかもそこまで民衆は困っていないし。」
「そうね。でも知ってる? この時代には月や火星、スペースコロニーにも住んでいる人たちがいるのよ?」
「はぁ?! 宇宙に住んでるの?!」
300年前には夢物語だった。火星移住を目指してロケットをバンバン作っている変な事業家がいるのは知っていたが、まさか実現していたとは。
「フロンティアを目指した人々からすれば、地球に住み続けている温い人たちは、シティで絶賛引きこもり中。コケにしたくならない?」
「まぁ……わからなくもない……」
お前達、人類はフロンティア・スピリッツを持ち続けるべきだ! ってところだな。ロボット達の稼ぎの上に胡座をかいて、それを消費するだけの人間なんて、しかもそれで支配者面をしていたら、……バカにしたくもなるか。
「最後の4つ目は……忘れてくれていいんだけど、壮大なドッキリ。」
「『ドッキリ』とは何だ?」
「壮大ないたずらよ。仕掛けられた人間が戸惑う様子を観察して楽しみ、最後に『実はあなたをだましていました』って白状されるの。」
「悪趣味だな。」
「ジークは仲間内でもやったことはない?」
「……ちょっとした悪ふざけなら。」
「それを壮大にしただけよ。やられた側は心穏やかじゃないだろうから、フォローもしっかりとしないとダメだけど。」
「ふん。」
何にせよ、俺も他に思いつく理由はない。別に今日中に結論を出す必要も無い。何しろ単なる情報交換会だからな。まぁとはいえ、今後の活動方針に影響があるのは事実だが。
休憩がてら、少し離れたところで話をしているキャシーとルォシーを横目に、俺はジークフリードに声をかけた。
「おい、ジークフリード。ちょっと来い。」
「なんだ、タカシマ。」
俺達はランドクルーザーのところまで行く。そこで俺はミクから受け取ったアクティブ・アウトフィットを1着、ジークフリードに押しつける。
「これは?」
「俺たちが着ているアクティブ・アウトフィットだ。使い方を教えるから、まずはその中で着替えてくれ。」
「良いのか?」
「とりあえず、俺たちはしばらくチームを組むことになる。だったら、仲間の能力を底上げするのは必須だろ。それに……」
とりあえずニヤリと笑ってから付け加える。
「女性陣に負けっぱなしってのは俺も嫌なんでな。お前もだろ?」
ジークフリードは目を見張った後、礼を伝えてきた。
「わかった。恩に着る。」
その後、ランドクルーザーの中で着替えているジークフリードを待っている間に、シロウ達にジークフリードへのレクチャーを依頼する。慣れたらついでにエアバイクを外骨格装甲モードにして装着するところまでをレクチャーするように伝える。
そしてその間に、俺にはやることがある。さすがに半径50mもの面積の木を全部倒木させているのはまずい。だから全部でなくてもいいが、ある程度は戻しておく必要がある。ナノマシンはまだ充分な濃度で散布されているので、さっさと回復させる。
状態の点検を終えた俺のそばに、キャシーがやって来た。
「ユーキ。あなたの所には、そのうち『姫様』からの連絡があると思うわ。」
「姫って……」
「本人は『単に古い家の跡継ぎなだけだから、かしこまらなくていい』って言うんだけどね。でもね、彼女と話をすると自然と背筋が伸びるというか……」
「厳しい雰囲気なのか?」
「というより……そうね、エリザベス女王の前に出ると、さすがに『かしこまらなくていい』って言われても、自然と厳粛な雰囲気になるでしょ? ああいう感じなのよ。周りの人たちは『姫様』って呼んでたけど、どちらかというと『女王様』ね。」
俺は皇族に会ったこともなければ、皇居の一般参賀に行ったこともないからよくわからん。だけど、ふざけて良い雰囲気でないことだけはわかるな。
「わかった。ご招待に応じるときには気をつけることにするよ。」
本当にそんな日が来るのかね?
最近、20年くらい前に書いたヤツを現在の技術を若干盛り込んで掲載を始めました。
もし良かったら、そちらも読んでみて下さい。
そちらは毎週土曜日に更新予定です。