召喚(やりなおし)
「召喚の儀」って、もう一回やり直しとかされたら、心が折れるかもしれないよね……
まぶしい光が収まると、目の前に手足の貧弱な連中が椅子に座っていた。なんだよ、そのデブガリは?!うん、ひょろガリじゃないんだ。胴体はデブというか少し太り気味な感じなんだが、それに比べて手足がひょろひょろな感じ。だからデブガリ。なんかちょっと思っていたのと違うような……?
「古の勇者殿。よく参られた。私はこのイーストケイ都市王国の国王、ジョセフ三世だ。」
えー……召喚の儀を最初からもう1回やるんですか……もうそんなのいらないんですけど。なんでもう1回最初からやろうとするかな。あのやりとりを同じ内容でというのは、間違い探しゲームのネタにしかならないぞ。いや、間違いゲームじゃなくて、同じだったところはどこでしょうゲームだ。宴会の一発芸のつもりでやったネタにアンコールを入れられたようなもんだから、内容が恥ずかしすぎて、俺の心が死ぬわ!
だけどそんな俺の葛藤を完全に無視して、ジョセフ三世はもっと衝撃的なことを言い出した。
「……と言いたいところだが、実際はトウキョウ・シティの都市統括王、ジョセフ・アーロン・真田だ。」
は?トウキョウ?しかも「真田」って、もろに日本人の名字だろ、それ。
「えっと、ユウキ・タカシマです。」
訊きたいことはたくさんあるけど、頭が混乱してたのか、とりあえずもう1回名前を名乗った。いや、なんでもう1回名乗っちゃったかな、俺!?
「というか、なんかいろいろと混乱してるんですけど、トウキョウ?イーストケイ王国じゃなくて?トシトウカツオウって何?名前が真田ってことは日本人?」
頭の中を盛大にクエスチョンマークが飛び交っている俺は、とりあえずツッコみたいところを一通りツッコんでみた。
ジョセフ王の取り巻き達の中には「そこからか?そこからなのか?」みたいな顔でこっちを見ているヤツもいたが、とりあえずそこから教えないとダメだと理解しているヤツもいたらしい。ジョセフ王の隣にいた、これまた少し腹が出て手足がひょろひょろの中年男性が説明をし始めた。
「高島殿。ここは高島殿が暮らしていた時代から300年ほど未来の世界です。24世紀の関東平野だと言えば良いでしょうか。」
あ、この声はミドフィールド卿だ。あんたもデブガリなんかい!
「ちなみに声でわかるかも知れませんが、ミドフィールドです。本名は中田です。」
「は?」
「陛下から、演出的にヨーロッパっぽい方が良いだろうと言われまして……英語にするとミドルフィールドですが、少し長いので、ミドフィールドと。」
「あ、ちなみに私の名前のリバーオリジは、川本を英語にしたところから作りました。」
さらに隣にいた「元」リバーオリジ卿がそういって自分の名前の由来も説明してくれた。ごめん、そんな解説が聴きたかったわけじゃないんだ。いや、待てよ。と言うことはイーストケイってのは、イーストは「東」で、ケイは「京」だから「東京」ですか、そうですか。
つまりナニかい。俺は神奈川県の厚木市から東京に召還されたと。小田急線で1時間もかからずに行ける距離じゃねーかっ!普通に呼ぶことはできなかったのかよって、ツッコんでもダメなんだろうな、これ。300年ってのがよくわからんし。
「あー、300年ってのはよくわからんが、それ以外はなんかいろいろと解ってきた気がする。つまりアレだな。東京のそばで連れてきやすかった人間として俺に白羽の矢が立ったと。そういうわけだな?」
「その通りです。さすが高島殿。」
そんな選定理由は聞きたくなかった!もっとさ、なんかオーラが違うからとか、特殊な能力を持ってるとか、何かあるだろう?しかしそんな俺の気持ちをガン無視して話は進んで行く。
「トラックに跳ね飛ばされた高島殿をワームホール経由でこの時代に取り込み、その後、転送機を使ってこの広間に呼び寄せました。」
「さすがにシティのど真ん中にワームホールの出口を作るわけにはいきませんでしたので、一旦宇宙空間に出口を作り、そこから転送させるというアイデアを実現させるのは大変でした。」
「真空中に放り出されても、すぐには死にませんからな。」
みんな楽しそうに笑ってやがる。真空中に放り出したとか聞こえた気もしたが、本当に大丈夫だったのか?まぁ無事なんだから大丈夫なんだろうけどさ。
「それらは上手くいったから良いのだが、こんなにひ弱そうなヤツで本当に大丈夫なのか?」
ジョセフ王というか、真田王が失礼なことを言ってくる。お前にだけは言われたくないわ!他の連中にもだけど。
「ご不満はもっともです。しかしこれにはどうしようもない理由があるのです。」
ミドフィールド卿こと中田氏がそんなことを言っている。いや、あんたもたいがい失礼だよ。更に失礼な発言は川本氏からも続けられる。
「考えてもみてください陛下。大昔のこととはいえ、トラックに轢かれて死ぬ人がどれだけいたと思いますか?300年前、確かにトラックの事故はそれなりにありました。でも日本エリア全体での死亡事故は年間で200件程度です。トラック事故は横断歩道と呼ばれる場所での発生が一番多くなっています。そのため交通量が多い場所で、かつ真昼の事故がほとんどです。しかし、そうであれば死体がないのはまずいわけで、その方々は召喚できません。」
「まぁ確かに我々としても過去に過度な干渉はしたくないからな。」
真田王、あー面倒くさい。もう真田氏でいいや。真田氏が川本氏の説明に鷹揚に頷いてみせる。それを受けて川本氏の解説が続く。
「高島殿のようなケースは1年に10件もありません。また高齢者や幼児、病人を召喚しても私たちの目的には合致しません。暗い所で交通量が少なく、死体が見つからなくても仕方がない、さらに死んでも誰にも惜しまれない人を探すという条件をクリアできたのは、あの時代では高島殿しかいなかったのです。」
いや、なんかさらっと俺のことをディスったよね。俺にだって死んだら惜しんでくれるヤツくらいおるわ!例えば俺に仕事を押しつけてくる上司とか、死ぬまでこき使う気満々な社長とかな!あ、惜しまれるのイヤだな、あの連中だったら。
それでも……そう、行きつけのコンビニのバイトの女の子とか!下心を隠して好青年を演じてたから、ワンチャンくらいはあるかもだろ?
「なるほど、つまり適任者は高島殿しか見つからなかったというわけだな。」
「はい。もっと昔であれば戦場で死にかけた兵士や武士、または農民を召還するという方法もあったのですが。」
「さすがにそんな昔の人物だと、デジタル化すらされていない時代で使い物にならんか。」
「はい。あまりの環境変化についていけないかと。」
なぁ、惜しんでくれる人の話で俺の頭の中はいろいろと妄想が広がってるんだから、勝手に話を先に進めるのはやめてくれないかな。ついていけなくなるだろ。妄想をやめて、ちゃんと聴けってか?しゃーない、説明を求めるか。
「何でも良いけど、そろそろキチンと説明してもらえると助かるんだが。俺を選んだ理由は何となく解った。だけど、何のためにとか、何をやって欲しいのかとか、訊きたいことだらけだ。」
俺の周りで好き勝手言っていた連中もさすがに「それもそうか」と言いだし、俺はようやく自分が召還された理由の説明を受けることとなった。説明してくれるのは中田氏のようだ。
「再度お話ししますが、ここは高島殿の暮らしていた21世紀初頭からは約300年後の世界です。場所は関東平野のトウキョウ・シティです。」
「2300年代の東京って事で良いのかな?」
「はい、その通りです。ここにはおよそ500万人が暮らしています。また日本列島というか、高島殿の時代に日本と呼ばれていたエリアにはトウキョウ・シティを含めて52の都市国家があり、全部で6000万人が生活しています。」
ずいぶん減ったな。まぁ俺が生きていた時代にも100年もしないうちに6000万人くらいになると言われていたから、そこから200年以上も人口を維持していると言うべきかもしれんが。
「基本的に人間は都市国家に属しています。まれにそういう縛りが嫌で都市から出て行ってしまう者もいますが、都市の外で自給自足の生活を営むにはそれなりの知識と経験が必要となります。また医療面での不安などもありますから、都市外に出ていく人というのは本当に少数派です。」
「ふーん。じゃあ都市の外はどうなってるんだ?」
「都市近郊は一部の農業需要から田園風景が広がっていますが、大きな都市でも、30kmも離れないうちに森や草原へと変化します。」
「えっと、隣の都市国家とを結ぶ道路とかは?」
「先ほどもお話ししましたが、転送機が発明されてからというもの、移動は転送ですべて行っております。都市同士を結ぶ道路などというものは、維持費がかかるだけの無駄なインフラに過ぎません。」
「じゃあ鉄道とかも?」
「はい。鉄道、船舶、航空機、この時代ではすべて無駄なインフラです。もっとも、一部の船舶と航空機は漁業需要や調査業務での利用がありますので残ってはいますが。」
なるほど。人々は都市から30km圏内で生活しているというか、それだけで生活が成り立ってしまうんだ。別の都市との間で行き来をしたければ転送機を使って移動。必要な物資も転送機で輸送。転送機が交通系インフラの中心になっている世界か。
「ということは、どこかに行きたければ転送機を使う、と。どこにでも行けるものなのか?」
「転送機は転送機同士でネットワークを形成しています。転送元と転送先の転送機がネットワークで繋がっていることで移動や輸送が可能なのです。」
「つまり、転送機があるところには行けるけど、ないところには行けない?」
「その通りです。ただし転送機は小型のものであれば個人レベルで持っています。そうですね、高島殿の時代で言えば電話機みたいなものでしょうか。」
「……電話機……?」
「『スマートフォン』とかいうやつですよ。」
電話機って……と思っていたら、川本氏がスマホだと言い換えてくれた。あー、スマホね。ってか、転送機がスマホレベルで普及してるのか、すげぇな。
「というわけでして、私たちは外出したければ転送機で移動します。もっとも、外出することすらほとんどありませんが。」
「でも、他の人と会うなら外出して集まるということになるのでは?」
「高島殿の時代にはメタバースというものがあったとか。」
「あー……あったね……。」
「そういうことですよ。」
なるほど。顔を合わせるのならヴァーチャル空間で会えば良いってわけだ。こいつら全員引きこもりみたいなもんじゃないか。そんなんで大丈夫なのか?
「というわけで、この部屋にいるのも高島殿だけです。」
「は?」
いやいや。40人近い人間がいるよね、この部屋。どういうこと?
「この部屋は、式典などで使う場所でして、普段は何もない部屋なのです。それを立体映像で装飾して、それっぽい部屋に見せかけています。ちなみに私たちも立体映像ですよ。」
「立体映像なの?!」
なんだそれ。そのうち四角くて黒いモノリスに番号だけが振られて登場するとかじゃないだろうな。しかし立体映像には見えない。ものすごくリアルというか、空気感まで備わっているんだから、俺たちの時代のメタバースなんて比べものにならないね、これ。
「はい、立体映像です。ですので、最初にお見せした姿もアバターをそれっぽいものにしていただけでして。高島殿の見ている我々の姿が、本来のものです。」
「姿を変えるのも自由自在なんだ……」
「そうですね。ですから我々は相手の姿による第一印象で判断することはありません。生まれてからこれまでに行ってきたこと、今やろうとしている事などを見て、話すべき相手か否かを決めます。だからと言って、どんな姿でも良いというわけではないのですけどね。」
ふーん、TPOはわきまえるらしい。でも待てよ。ちょっと前にオンライン会議で映るのが上半身だけだからって、下はパジャマのズボンのままっていうネタがあったよな。もしかしたらこの人達もそれなりの服装をして映っているけど、もしかしたら自室にいる本体はパジャマ姿なのかもしれない。例えそうであったとしても、アバターの服装からは判断できないしな。
まぁいい。それよりも俺が呼ばれた理由を知りたい。少なくともこの300年の間に神様が降臨したっていう話ではないと思えてきたからな。
転送機の仕組みはそのうち説明する予定。