案内人の憂鬱
家の中の模様替えをしていたら、溜めていたはずの予約投稿が無くなっていました。
危ない危ない。
目標地点のすぐそばで、俺たちは立ち尽くしていた。目の前の惨状に、ちょっとどう反応して良いのかわからない感じなのだ。
「これは……ちょっとやり過ぎたかな?」
「そうですね、マスター。さすがにドン引きするほどの威力です。」
「俺もここまで凶悪だとは思わなかったんだって……」
さすがにあれだけいた敵の姿が全部消えているのはどうかと思うんだ。それに目標の建物も半分くらい消えてるし、直径が500mはあろうかというクレーターまでできている。そして分解された元素はクレーターの内部も含め、その辺に散らかっている。金属系の元素は酸化したのかな? あの辺は金属ナトリウムが空気中の水蒸気と反応してできた水酸化ナトリウムっぽいな。夏でしかも川のそばで湿度高いし。分解直後にドカンといってたのは、水素かな? 水素自体は有機物を分解すると出るし、金属ナトリウムが水蒸気と反応しても出るからな。それが放電に反応したらしく、ドカンだ。あちこちの地面が濡れてるのは反応でできた水だろう。燃えてるのは炭素の粉かな?
何があったかというと、目標地点に接近した俺たちを迎え撃つ敵の数が想定よりも多かったんだよ。どうやらロイヤル植物園から進発した味方の第3部隊は早々に敗北したらしく、ほぼ全部隊が俺たちを待ち構える形になっていた。戦力比が4000対8だと、普通は勝負にすらならない。だけど味方が敗走しているということであれば、大規模魔法を使うにはちょうど良いわけだよ。何しろ巻き込む心配はないからな。
というわけで、ちょっとやってみた。ナノマシンを散布して回路を形成し、屋外に転送機を作るっていうアレである。ニーナとニックが頑張って作ってくれたんだよね。だったら試してみたいじゃないか。
ナノマシンは長距離攻撃でガンガン撃ち込んだ砲弾に同梱し、敵を破壊すると同時に散布した。そして魔法の発動に必要な量を撒いたところで、実際に使ってみた。とりあえずどこかに転送するとか、調達した元素で何かを生成するというわけでもなく、分解して元素ストレージに保存するモードで発動してみたんだが、設定範囲を間違えたのか敵の戦力すべてを分解してしまった。その際、範囲に入っていた建物もまるっと分解してしまった。
「しかし何と言うか……あんな風に分解されるんだな……」
「知識としては知ってたけどよ、なんかこう『昇天』? していくような感じで消えていくんだな。」
「そうですね。ただ、そうやって分解された元素が積み上げられた後に溶け出したり爆発に巻き込まれて吹き飛んだりで、良い感じの光景だったのが地獄のような絵面になってますけどね……」
建物の一部を分解してしまったことで、そこにあった機械の内部でショートによる火花が散ったんだと思うんだよな。そうすると有機物が分解されてできた大量の水素が、これまた分解でできた酸素と化合して大爆発。それで巻き上げられた炭素の粉が燃えて火の粉となって飛び散るわけで、良い感じにエリア全体の熱量を上げたために鉄の元素とか、とにかく酸素と化合しやすいやつらが化学反応して更に熱を供給……みたいな感じで今に至るわけだ。
「あのー……もう少し穏便にできませんでしょうか……」
話しかけてきたのは、疲れた顔をした案内人だ。だからゴメンて。ここまで派手にやる予定はなかったんだよ。後の祭りなんだけどさ。
「いやぁ……キャシーのマネをしてみたんだけど、まさかこんな結果になるとは思わなかったんだって……」
「はぁ……キャシーさんのやったナノマシンを使う方法ですね。世界中に中継がされていますので、似たようなことをやらかす人が出ないように、各シティには厳重注意を促さないとダメですね。とはいえ、一応リアルタイム編集をかけて、ここまでひどくない絵面に修正してはいますけど。」
「コントロールできるのか?」
「穏便な感じになるようにはしましたが、原理自体はオープンになってしまいましたから試す人は出るでしょうね。シティが丸々消滅するようなことにならないよう祈るだけです。」
そうだな。俺たちのようにちょっと指定範囲を間違えただけでこの惨状だ。間違ってシティ丸ごとで何かをやらかすと、取り返しのつかないことになりそうだ。例えばいたずらでシティを丸ごと別の場所に転移させようとして失敗するとかな。
「とりあえず、ここの攻略は終わってしまったので、俺たちはルォシーの援護に向かうわ。」
「ルォシーさんですか。先ほどの戦闘を見ましても、彼女はキャシーさんやあなたと違ってまともな方だろうと思いますので、こちらの考えている範囲内に収まってくれるはずですよね。」
「……そうだな……」
それはフラグだよ? 俺は困らんが、案内人は後で頭を抱えそうだな。最初の攻略地点ではエアバイクからの攻撃だけだったから見てないだろうけど、本気の彼女は素手でガン・ドロイドを粉砕できるからね。
「こちらのポイントも止めておきました。お願いですから残りのポイントは、穏便にお願いしますよ。ガンマ線ビームとかもできれば避けてください。」
「そこまで言うなら、とっとと白旗を揚げて、サーバーを停止させれば良いんじゃないか?」
「決着の着いていない場所を勝手に止めるだけの権限はいただいてないのですよ。でも被害を最小限にしたいので、本当にお願いしますね? フリじゃ無いですよ。」
中間管理職は胃が痛いって言うよなぁ。案内人も胃が痛そうだ。無意識のうちに胃の辺りをさすってるしな。転送機で治せば良いよ。まぁすぐに再発するのかもしれんけど。
俺は中間管理職経験が無いから知らんけど。そういやあのクソ上司は胃が痛そうな素振りは見せてなかったな。ブラックな環境だと中間管理職は楽なのか?
もちろん俺だってドSではない。それに案内人相手にドSプレイをしても楽しくない。散々煮え湯を飲まされたキャシー相手なら面白いかも知れんが。少なくとも溜飲は下がる気がする。できれば今回は顔を出して欲しくないけどな。この惨状だってちょっと秘密にしておきたいし。中継されてるという話だったが、その辺は案内人の方で何かしらの加工をしたそうなので、キャシーにも気づかれないことを祈るばかりだ。
「じゃあまたな、と言いたいところだが、どうせルォシーと合流したらそこでも出るんだろ?」
「それが案内人の仕事ですので。」
本当に胃が痛そうだ。今度は胃薬持参でミッションをやることにしよう。飲むのは俺じゃないけど。
俺たちトウキョウ・シティ組は全員エアバイクにまたがり、旧サウス・ケンジントン駅方面へ向かうことにした。
「ここからだとどう移動すれば良い?」
『戦闘エリアをある程度避けながらということなら、そこから少し東に行くと線路が見えてきます。線路を伝って北西方向に移動していけば、旧サウス・ケンジントン駅周辺に出ます。』
「わかった。ならそのルートで行こう。みんなも問題ないか?」
「イエス、マスター。」
ニーナに誘導してもらう形で一度線路に向かい、そこから線路沿いに移動を開始する。途中、バリケードのつもりなのか古くなった貨車が無造作に放置されているエリアが幾つかあったが、特に抵抗もなく旧ノース・メルボルン駅を通過。ダイノン・ロードの高架下を越え、M2道路の高架下に到着したタイミングで一度停止する。
「ルォシー達はどこだ?」
『ドック・リンク・ロードからサウス・ケンジントン駅南側に移動したようです。』
「南西方向から圧迫してるってことか。」
『そうなります。』
ニーナからの報告を受けて、俺たちは突入ポイントを吟味する。
「ドローンからの映像では、ダイノン・ロード上はかなり警戒されているようですな。」
「俺たちは7人しかいない。そんなところに突入するのは自殺行為だ。」
「サウス・ケンジントン駅の南側エリアに、東からアクセスするルートがあります。これまで同様大規模な部隊が通り抜けられないようにコンテナ車などでバリケードが作られています。いざとなればこれを楯代わりにして長距離砲撃をするという手がありますね。」
シロウとミクから報告と提案が来た。そうだな、ルォシー達を援護するには、敵の作ったバリケードをこちらが利用して、そこから駅の南北に展開する敵に対して斜め後方から攻撃をして引っかき回すというのが良さそうだ。
「よし、じゃあさっきの目標と同じやり方でいこう。長距離攻撃を行ってナノマシンをばらまき、適当なタイミングでさっきのヤツをやろう。今度はエリアを絞って小規模な空間分解を数多くやる形だな。」
『できれば南側の敵を多めにお願いします。ルォシー隊が結構苦戦してます。』
「わかった。南側の敵の後背を突くことにする。」
じゃあ早速やるか。まずはこれだ。
「きらめく宝玉たちよ、我が矢となりて敵を穿て。ダイヤモンド・バレット!」
ダイヤモンド・バレットで後背から敵を攻撃しつつ、ナノマシンの濃度を高めていく。大規模魔法を使うのに必要な濃度は結構高いから、バンバンばら撒いていかないとな。
もちろん俺だけが攻撃を行っているわけではない。遠距離攻撃が得意なヤヒチは当然のことながら、シロウ、ロイ、ロックもエアバイクに搭載されている遠距離攻撃用の兵器を使って敵を撃破していく。あれ? なんでこんな物量作戦を真面目にやってるんだ? こんなやり方をせずに、相手の意表を突く方法で目標地点を制圧するのが、俺たちのやり方だったはずなのになぁ。ルォシーの置かれた立場に配慮した結果がこれなんだが、物量で何とかするってのは後が大変だからやりたくないんだよなぁ。まぁ後片付けするのは俺たちじゃないけど。その辺は案内人も苦労してそうだよな。
「マスター、北側から敵の別働隊が接近中です。」
「面倒だな。ルォシーの援護は俺とヤヒチで何とかするから、シロウ達はその別働隊を牽制してくれ。」
「イエス、マスター」
別働隊はシロウ達が接近を阻む攻撃を始める。よし、じゃあこっちもそろそろ本格的な援護をするか。目標地点を選択し、とりあえず半径50m程度で呪文を唱えて発動させる。
「風の精霊よ、我が声に応え、そこにあるものをあるべき姿へと変えたまえ。すべてのものは素因へ戻れ。」
これはさっきのポイントでも使ったヤツだ。たださっきは半径を500mくらいで発動してしまい、どえらいことになってしまった。今回は面積的には100分の1程度だから、きっと大丈夫だ。
目標地点にいた敵のアンドロイド兵やガン・ドロイドが頭の方から消えていく。ナノマシンに分解されてしまったわけだ。そしてここで生じた酸素を使って、別の所に向けて新たな呪文を唱える。
「風の精霊よ、我が声に応え、そこにあるものをあるべき姿へと変えたまえ。すべてのものは錆びて眠れ。」
そう、酸素を使って敵を錆びさせてしまうわけだ。これも半径50m程度で発動させる。ルォシー達の部隊に近い所で発動させたので、彼女達は楽になるだろう。あ、こちらの援護があったことを理解したようだ。一気に切り込み始めた。
『マスター、ルォシーチームからのリクエスト。今の侵攻方向の敵を優先的に排除して欲しいって。』
「了解だ。じゃあ、サクサク行くか!」
ナノマシンを使う呪文をルォシー達の侵攻方向にいる敵に対して連発する。敵の数が減った彼女らは一気に侵攻速度を上げる。だが、それに気が付いたのか、敵は彼女の部隊を後方から包囲する形を取る。これ、少しでも侵攻速度が落ちると取り囲まれて押しつぶされてしまう。あまりに近くに敵がいると、この呪文による攻撃は使えなくなる。何しろ味方まで巻き込んでしまうからな。だからなるべく包囲する敵がその厚みを増さないように削っていく。
だがそれでも限界がやって来た。敵に北からの増援が到着し、俺たちの方にやって来ている別働隊も、シロウ達だけでは抑えきれなくなった。
「ニーナ、これ以上は援護ができない。ルォシーにも奥の手を使うように言ってくれ!」
『イエス、マスター。気をつけて。』
俺とヤヒチは、俺たちを包囲しようとしていた敵の別働隊を叩くのに全力を集中させる。これくらいの数なら10分もあれば駆逐できるだろう。問題はその間にルォシー達がどうなるかだが……遠くから聞こえてくる破壊音を聞く限り、大丈夫だろう。
ルォシーは俺たちの援護が切れたら、本領を発揮する約束だ。彼女は高速移動をしながら殴る、蹴るといった物理攻撃で敵を粉砕する。あっちでは格闘家による無双が展開されているのだ。あれを見たら案内人もさらに頭を抱えるだろうな。
模様替えの際に本棚の移設もやっているのですが、こんなに本あったのか…下手すると紙の本だけで1万冊くらいありそう。電子書籍も3000冊くらいはあるのになぁ…。