リベンジ
1200時。再び俺たちはカレー・シティにやって来た。場所は先ほど撤退を余儀なくされたジェネラル・ド・ゴール通りからヴィンストン・チャーチル通りへ入る少し手前だ。
俺はアクティブ・アウトフィットに着替え、迷彩柄のコンバットスーツモードにして先ほどと同じ姿に見えるよう偽装した。手にはアサルトライフルっぽい姿をしたレールガン。これだけでもジークフリードの大楯を撃ち抜けるはずだ。だが、その真価はスタッフモードへと変形したときに発揮される。
カレー・シティではシロウ達のチームが4方向から攻撃を加え続けている。海上からの攻撃も含めると5方向だ。結構な数を動員しているが、防衛側も相当準備をしてきたらしく、なかなか防衛戦を突破できないでいる状況が続いているらしい。つまり、俺がジークフリード隊を突破して戦場に入れるかどうかが鍵を握っていることとなる。
クウヤの運転する車両に乗り込んだ俺、ミク、ミナは通りを進んで行く。後からはクミの操作する車両群が続く。これにはファイヤーボール用の機材と素材が満載されている。街を燃やすわけにはいかないが、連中を排除できなければ戦いが長引き、トータルとしての被害が増える。だから少々この場所の破損箇所が多くなったとしても仕方がないという判断だ。
先ほど撤退を余儀なくされた場所まで移動すると、やはりジークフリードを中心とする傭兵団だと名乗る一団が居座っていた。彼らの防衛戦を突破するという選択肢しかないようだ。
俺とミク、ミナは車両から降りて歩いて近寄っていく。それを見ていたジークフリードは腰を下ろしていた椅子から立ち上がり、先陣を切ってこちらの方に歩き始めた。先ほど同様通す気はないらしい。
一方、俺たち3人が歩いて向かうその背後では、クミとクウヤがファイヤーボールもどきの準備を始めている。基本的には俺の照準と連動して、ピンポイントでそこに着弾するような自動追尾セッティングをしているはずだ。これが今回のキモで、はまれば俺たちの勝ちだ。
しばらく歩いて一旦立ち止まる。向こうも俺たちと一定の距離を開けた状態で立ち止まった。しばらく無言でお互いににらみ合うが、お互いに一言も発しない。先ほどやりとりをしたし、今更付け加える言葉も特にないからな。
そして数分のにらみ合いの後、ジークフリードは右手に長剣、左手に大楯を持って突っ込んできた。先ほどとは異なり、後方からホムンクルス達がついてくるフォーメーションだ。どうやら暴走したら即座に止めるためのようだ。
俺の方はまずライフルっぽく見えるレールガンでジークフリードを攻撃することとする。いきなり大楯を貫通させるとこっちの作戦に影響が出るので出力はかなり控えめだ。だからジークフリードも左手に持つ例の大楯で俺の攻撃を防ぎながらどんどん接近してくる。だが、控えめとはいえ明らかに受ける衝撃が大きいので警戒はしているようだ。
俺は作戦通りにすすんでいるのを確認し、初手として取り巻きのホムンクルスを減らすため、後方への攻撃へ切り替える。ついでに威力も上げておく。ジークフリードのような大楯を持っていないホムンクルス達は、フルプレートアーマーだけではレールガンの弾を防ぎきれない。貫通とまでは行っていないようだが、撃ち抜かれてその場でうずくまったり、膝をついたり、はたまた当たり所が悪かったのか倒れてしまう脱落者が出始める。取り巻き達の中には俺の動きを警戒しながら倒れた仲間を助けに入る者もおり、整然とした隊列が崩れる。連中の意識が新しい装備であるレールガンに向いているのがわかる。そして乱れた隊列はそう簡単には元に戻らないし、後を見ずに進み続けるジークフリードとの距離が開く。これで第1段階は上手く行った。
(よし、そろそろ行くか!)
あと30m。さっきはより威力の高い高速徹甲弾に変更したタイミングだ。だが今回は魔法使いとしての初陣だ。遠距離攻撃を得意とする俺としてはこれ以上近づけるつもりはない。ここで第2段階だ。
「チェンジ、ウィザードモード!」
俺のかけ声に合わせて、ナノマシンでできた衣装であるアクティブ・アウトフィットが、コンバットスーツ姿から魔法使いのローブなどに変形する。同時に手に持ったレールガンも俺専用のスタッフへとチェンジする。こんな変身はアニメでも観たことないけどな。
だがこれを見たジークフリードと取り巻き達は、警戒してさらに接近速度を緩める。レールガンへ向いていた意識がそらされる形だ。何しろレールガンが、およそ武器には見えないスタッフへと変わり、俺自身の衣装も戦闘向きとは思えない、何かよくわからないものへと変貌したからだ。そう、それが命取りなんだよ。
速度を落としたジークフリードに対して、ミクとミナが左右から斬りかかる。ミナがジークフリードの左側から大楯を構えている左腕を狙って突きを放つ。ミクは右側から剣を持つ腕を狙いに行った。その接近を食い止めるはずのホムンクルス達は、ジークフリードと少し離れてしまっているため、介入できない。だから当然のことながらジークフリードはミクとミナの両者を1人で食い止める必要がある。足を止めてミクに向けては剣を振るい、ミナに対しては大楯を使って刺突を防ぐしかない。すると両手を広げた大の字のような姿になる。つまり、俺に対してはフルプレートアーマーしか守るものがない状態だ。これを待ってたんだよ!
「あまたの光よ、我が槍となりて敵を貫け。トリニティ・レイ!」
それっぽく聞こえる呪文を唱えてスタッフの先端をジークフリードに向けると、スタッフの先端にはめ込まれた結晶体のように見える部分から、高出力の可視光線レーザーが10条放たれる。発動の合言葉は太陽光線のような白色レーザーなので「ソーラ・レイ」とか「ソル・レイ」とかにしたかったけど、著作権的にアレかなーという遠慮が入ってしまい、光の三原色が混じっているということで「トリニティ」という言葉を採用した。「あまたの」のデフォルトは10条。これをジークフリードの腹部から下を着弾点として放つ。
ミクとミナは発動の言葉が発せられる直前に、巻き込まれないようにジークフリードから距離を取っている。
そして撃ち出されたレーザー光線は当然光速で進むため、避けることなどできるわけもない。ジークフリードは慌てて大楯を構えようとするが、間に合うはずもない。10条のレーザーはそのうち6条が腹部や太もも、ふくらはぎを貫通した。あのフルプレートアーマーを貫通するなんて、どんだけ威力高いんだよ、これ。実際に当たらなかった4条はアスファルトを灼くというよりは蒸発させてねぇか?赤熱して煙が上がってるんだけど。
ジークフリードは被弾の影響で足に力が入らなくなったのか、膝をついた。左手に持つ大楯で体重を支えている状態だ。その様子をみて取り巻き達が助けに入るべく展開を始める。特に楯持ちがジークフリードと俺の間に入る。まだまだ結構な数のホムンクルスが残っている。もう少し数を減らした方が良いな。
「あまたの光よ、我が槍となりて敵を貫け。トリニティ・レイ!」
おれは再度呪文を唱え、今度はジークフリードの前に展開している連中をなぎ払う。完全に排除はできないものの、数体のホムンクルスが戦闘不能状態になって倒れる。俺の呪文の合間をぬってミクとミナも攻撃を断続的に続け、少しずつ相手を倒していく。先ほどの反省から、ミク、ミナ共単純な武術データをインストールするだけではなく、もう少し実戦寄りのデータを入れてアップデートしている。特に体重の軽さをカバーするために、中国拳法で使われる震脚などのデータも入れたらしい。カレー・シティに再度転送されるまでの短い時間に、模擬戦をしてデータを身体に馴染ませていた。
ジークフリードはまだ動いていない。だがアイツは回復能力を底上げされているはずだ。だからそろそろ本番の攻撃をする必要がある。俺のレーザー攻撃だけでは、たぶん慣れて対応され始める頃だからな。では第3段階に移行するか。これだけははったりなんだけどな。
「炎よ、あまたの炎よ、その力を持って我が敵を焼き尽くせ。」
『全弾発射されました。』
クウヤからの報告を受けて、俺はスタッフをジークフリード達に向け、最後のキーワードを高らかに宣言する。
「ファイヤーボール!」
途端に俺の上空3m位の場所に大量の火の玉が現れる。これは俺たちの遙か背後から、光学迷彩で不可視状態になったまま打ち出されたナパーム弾が、俺の頭上を通る際にスタッフからの赤外線レーザーを受けて発火したものだ。撃ち出したときの初速があるので、火の玉達は一気にジークフリード達へ降り注ぐ。もちろんミクとミナは俺の呪文詠唱がある程度進んだところで退避している。
ジークフリード達は楯で防ぐ者や、剣で斬りつける者などがあったが、ほぼすべてのファイヤーボールが誰かしらに着弾した。ジークフリード本人も大楯で防いだようだが、一部は撥ねたのかヘルム部分に炎がついている。ナパーム弾というのはナフサにナパーム剤と呼ばれる増粘剤を添加してゼリー状にしたものだ。だから燃えているのはナフサだが、増粘剤の影響で着弾した対象に貼り付き、振り落とそうとしてもなかなか離れない。貼り付いたまま対象物を燃やし尽くすのだ。
今回はファイヤーボールという魔法の産物だということにしているわけだから、ジークフリード達にとっては払おうとしても払えない、消そうとしても消えない、まるで悪魔の炎のように見えていることだろう。実際、大楯から手を離し、ヘルムについた炎を振り払おうとしているが、触った左手にまで炎は燃え移っている。たぶん、フルプレートアーマーの内部は加熱されかなりの熱さになっているだろう。特にヘルム部分は外を見るためのすき間があるので、そこから入る熱で耐えがたい状態になっているはずだ。
そしてその想像は当たっていたようだ。ジークフリードは炎のついたパーツを外し始めた。よし、勝った。仕上げの第4段階に入ろう。
俺は最後の呪文を唱える。
「雷よ、我が剣となりて敵を討ち滅ぼせ。ライトニング・シュート!」
スタッフから放たれた1条の雷が目標に落ちる。自然界であれば電位差や導電性などで落ちるところは変わってしまう。目標を示しても、なかなか狙ったところには落ちない。だが、強制的に目標に落とす方法がある。目標までの間の空気をレーザーでイオン化する。そうしておけば雷はそのイオン化されたルートに沿って落ちるのだそうな。これは川本氏に教えてもらった。
今回の目標はジークフリードの頭だ。俺はスタッフをアイツの頭に向けて発動の呪文を唱えた。スタッフからは赤外線レーザーが放たれ、間にある空気を一定程度イオン化し、雷を誘導した。
「ぐわぁぁぁっッ!」
スタッフから放たれた約1000万ボルト、1万アンペアにも及ぶ電撃はジークフリードの頭から身体を抜けて地面へと流れたのだろう。絶叫を上げた後、前のめりに倒れた。時々身体を痙攣させているが、起き上がる様子はない。また、周囲にいたホムンクルス達も巻き込まれたようで、一様に痙攣した状態で倒れている。まだ残っているのは後方でレールガン攻撃を受けて倒れていた者と、倒れた者達を支援していた連中だけだ。
どうだっ!剣による脳筋物理攻撃よりも、物理学によって再現された魔法の方が上だということがわかったか!
だが今度は油断しない。ミクとミナはホムンクルス達にとどめを刺し始めた。ジークフリードのとどめは俺が刺さないといけない。俺はスタッフを左手に持ち替え、右手には腰に差していた長剣を抜いて持ち、慎重に近づいていく。そしてうつ伏せに倒れているジークフリードをつま先で仰向けにひっくり返すと、白目を剥いて口から泡を吹いていた。少なくとも気絶しているし、死にかけ状態だ。あの電撃を受けて死にかけ状態というのは、やはり何らかの処置を身体に受けているんだろうな。時間経過と共に回復することすらありえる。それでも首を落とせばさすがに死ぬだろう。先ほどのような油断はしない。ここで確実に死んでもらう。
だが右手の長剣を持ち上げ、振り下ろそうとしたときだった。俺の左側からミクが飛びついてきた。
「マスター!」
俺はミクともつれながら倒れる。そして先ほどまで俺が立っていた場所を確認すると、そこには見慣れない形の槍のような物体が突き刺さっていた。ミクは俺を守ってくれたらしい。その槍らしきものが投擲されたと思われる先には……5階建てほどのビルの屋上に立つ、1体のシルエットがあった。
ようやくここまでやってきた。
この作品を構想したときに頭の中に浮かんだ幾つかのシーンがあったのですが、それが「敗走」とこの回だったんですよね。
でもまだまだこれからですけどね。