召還
ファンタジーっぽい「召還の儀」をどうぞ。
まずはこの世界に来るきっかけを話すこととしよう。ちょっと長くなるけど付き合って欲しい。
ある日、会社からの帰宅途中。こんな遅くまで残業しなきゃならんとは、けしからん会社だ。まぁ職業柄フレックスタイムが導入されてるし、昼寝してたら寝過ごして今日中に上げる予定の仕事が終わらなかったから自業自得とも言えるのだが。そういや会社には結構な時間いたけど、働いたのは8時間くらいだなぁ……いや明日は休みだから昼まで寝て、あとは溜まってるアニメを消化するぞ、いや先にネトゲへアクセスして生存報告を済ませるのが先か?などと考えながら家までの帰路を歩いていた。
大きな川にかかっている橋のたもとまでやって来たときにその事故は発生した。俺が歩いていたのは相模川にかかっているあゆみ橋という、片側1車線ずつに歩道が片側にだけついている橋。いつもはもっと広い相模大橋の方を歩くのだが、その日は何となくあゆみ橋の方を渡っていた。そこに前方の川岸から右折して橋に入ってきたトラックの速度が速すぎ、しばらくは運転手も頑張っていたみたいだが、結果として歩道に倒れ込みながら俺に向かって突っ込んできたのだ。
(あ、死んだな。)
いくらそれなりに広い橋だとはいえ、あのスピードで突っ込んでくるトラックを避けられるはずもない。後ろは川なのでこんな暗い中で落ちたら明日まで発見されないだろう。いや下流まで流されたら数日は見つからない可能性すらある。何しろ相模川はかなり川幅も広い。下手すれば海にまで流される可能性だってある。そして発見されたときは見事な土左衛門になっていて……。引き延ばされた時間の中でいろんな考えが頭の中をよぎる。
いやそもそも小さい川に架かっている橋とか、大きい川であっても狭い橋とかだとハンドル操作を誤ってというのはあるだろう。でもここ片側1車線ずつある大きな橋だぞ。こんなところでハンドル操作ミスるトラックに突っ込んで来られるとか、どんな低確率だよ。そんなに日頃の行い悪かったっけ?まぁ、仕事さぼって昼寝してたり、ネトゲのやり過ぎとかアニメの見過ぎで寝坊したりとかするんだけどさぁ……フレックスタイム制なんだからちゃんとコアタイムには働いてるし、そこまで勤務評定悪くない……はず……。やめよう、こんな悲しい話は。
もっと楽しい話はないか。あー、そうだ。こういうシチュエーションってラノベだと異世界に召喚されたり転生したりするヤツだよなぁ。そうなったら次の人生ではチート能力をもらって楽しく暮らせるんだろうな。かわいい女の子に囲まれて暮らすとか、アニメとかラノベで見るときは「いや、そうはならんやろ」ってツッコみながら観ることも多かった。けど、いざ自分がその立場に置かれたら、そういうのを期待しちゃうよね。
……いや、わかるよ。もっと他に走馬灯的によぎるものは無いのかとかさ。でもこれまでの人生、そんなに良いことばっかりじゃなかったし、むしろ記憶に残っているのは平凡な毎日じゃなくて、どちらかと言えば黒歴史ばっかりだから死ぬ間際に連続で思い出すとか罰ゲーム以外のなにもんでもないだろ。そんなに悔い改めないといけないんだっけ、俺?だとすると、もしここで悔い改めまくったら転生先では司祭とか賢者とか聖属性チートが使えそうなキャラなんだろうか。そうだといいなぁ。あートラックが遂に俺の体に接触して吹っ飛ばされて……。
そうして意識を失った俺が次に目を覚ますと、そこは魔方陣の描かれた床の上だった。まばゆい光に包まれていたためだろうか、周囲が明るすぎてどういう場所なのかははっきりと見えなかったが、徐々に明るさが落ち着いてくると、腕で眼をかばっている人や顔を背けている人々が見えるようになってきた。
そこは大広間だということがわかった。そう、俺は気が付くと異世界にいた。このパターンは「召喚」の方だな。いや死んだと思っていたからてっきり「転生」の方だと思ってたんだよ。だから神様的なヤツが出て来て俺にチート能力を授けた上で異世界に転生させてくれる。そう、女神とかが現れて「新しい人生を楽しんで下さい」とかなんとか言われるやつね。はぁ、できればキレイな女神様に会いたかった。
でも今回は「召喚」。これは勇者として迎えられるパターンか?いや最近は女性が聖女として召還されるパターンもあるから、まだ賢者として召還されたというのもワンチャンあるか?うん、走馬灯の中でちょっと考えてはいたけど、ラノベやアニメ、ゲームでさんざん観ているネタに、遂に俺も巻き込まれたか。いやー参っちゃうな~世界を救ってくださいってか~……などと考えていた時もありましたよ、ええ、ありましたともさ!
「勇者殿、よくぞ参られた。この私、イーストケイ都市王国国王、ジョセフ三世の名の下に、貴殿に祝福を与えよう。」
大広間にはひときわ高い所に置かれた王座があり、そこに贅をこらした身なりの男性が座っている。王座を中心に、周りには中世風の衣装を身につけた20名程度の人たち俺を取り囲んでいる。そうか、1段高い所にいて声をかけてきたということは、この偉そうな人が王様なのか。でも召還をこういう謁見の間みたいなところでやるもんなのだろうか。召還はそれ専用の部屋でやり、その後に謁見の間に連れてこられるというのがパターンだと思うんだが、もしかしたら俺の頭がそういうラノベテンプレに毒されている可能性もあるよな。しかしまぁ国王自ら名乗ってくれたんだ。まずはこういう時のテンプレの流れに乗ってみようじゃないか。俺もそういうのは「予習済み」だからね。
「それは私の力を必要とされているということですか?」
「その通りだ。話が早くて助かる。こういう場合、まずは自分が一体どうなったのかを気にする者がほとんどだと思うが。」
「まぁ『こんなこともあろうかと』事前に想定だけはしておりましたので。私はあちらの世界では死に、こちらの世界に召喚された。違いますか?」
「驚いたな。まさか本当に自分の置かれている立場を理解しているとは。だがその通り。貴殿は死んだ。いや正確には死ぬ直前だった。そして我等はその死が訪れようとしている瞬間、この世界に召喚したのだ。」
ジョセフ王は驚いていたようだが、俺たちの世界にある数々のラノベではテンプレート的な展開でしかない。この程度で驚いていてはダメなんだ。っていうか、本当にテンプレ通りの展開に近いな。
「そうでしたか。私は元の世界では親族もおりませんし、乞われて召喚されたとあれば、お役に立てるよう全力を尽くしましょう。」
「そう言っていただけるのであれば、我等も勇者殿を精一杯支援させていただこう。ところで勇者殿のお名前を伺っても?」
「はい。ユウキ・タカシマと申します、陛下。」
外国っぽいから、名前を先にして名字を後にした方が良いだろう。
「ユウキ・タカシマ殿か。我等は今、かなり困難な状況にある。タカシマ殿の力をアテにさせていただきたい。」
「陛下の御心のままに。」
ジョセフ王と周辺にいる取り巻きというか高官の方々もホッとしたような様子をしている。こちらが友好的に接したことが有利に働いたと考えても良いのだろうか。では折角なのでもう少し売り込むとするか。
「それで陛下。私は何のために、この世界へ呼ばれたのでしょうか?その辺をご教示いただけますと幸いです。」
おっと、テンプレはテンプレでも何となくメールで相手に教えて欲しいときのテンプレみたいな文章になっちまった。あ、ちなみに「ご教授」ではなく「ご教示」が正しい使い方な。これ何度か間違えて先輩に言葉でボコられたんだよ。心が折れそうになったけど、おかげでこうやって正しく使えてるから良いこととしよう。
ジョセフ王はそばに控えている高官らしき人物に目を向けた。アイコンタクトを行い2人して頷いている。なるほど、あの人が依頼内容を提示してくれるわけか。
「タカシマ殿。貴殿を召還した理由については、ここにいるミドフィールド卿から説明する。」
「それではタカシマ殿に、わが国が置かれた状況と、お願いしたいことを説明いたします。」
ミドフィールド卿と呼ばれた中年の男性が俺の方を見ながら説明を始める。いかにもできる雰囲気を出しているから、宰相様とかそういう役職なのだろうか。こういう人の部下だったらしっかりした仕事ができそうだ。元の世界にはいなかったのかって?はっ、あの腐れ上司やアホ社長とは全然違うね。でも何となく東洋人っぽいというか、日本人っぽい風貌だね、ミドフィールド卿。親しみが持てるというか。
「まず、この世界には大きな帝国のようなものはございません。我がイーストケイをはじめ、都市がそれぞれ国家として独立して存在し、近隣の都市国家と競争または共栄しているという状態です。」
なるほど、なるほど。都市国家だけ、と。
「とはいえ昔は巨大な国々もありました。ですが、それらの国にあった都市は都市国家としてそれぞれが独立しました。とはいえ同じ国だったよしみもあるのでしょう。国家の崩壊後も都市国家同士で同盟を組んでいる形を取っております。」
「もう一度1つの国の下にまとまるという動きはないのですか?」
「国家というものをどう捉えるか、ということでしょう。基本的には都市国家とその周辺で大抵のモノは自給可能です。というか自給せずに過度に他の都市へ依存するようになってしまいますと、都市国家間に力関係が生まれてしまい、上手く行きません。」
「ですが、ここでは手に入らない資源というのもあるのでは?」
「確かにそれはあります。ですがそれは交易でどうとでもなります。その交易も転送陣が完成してからというもの、どの都市との間でも自由に人の行き来も物資のやりとりも可能です。ですから都市間を結ぶ街道の整備は必要ありませんし、正直、都市内の短距離移動や輸送に必要なものの整備だけで良いのです。するとそこに住む民だけで全てを決めてしまった方が効率的ですから、複数の都市をまたいだ国家を作る意味があまり見いだせず……」
へぇ転送魔法があるのか。それでネットワークを構築しているのであれば、輸送に必要な道路や鉄道などのインフラは不要というわけか。大規模な都市間インフラの整備が不要なら、巨大な国家は必要ない……のか?まぁ新幹線とか高速道路みたいなのを維持しなくて良いのであれば、そうかも?
「もちろん、だからと言って全く都市国家間のインフラが不要だというわけではありません。少なくとも転送陣を維持しなければなりませんので。」
「それ以外に、他の都市国家との情報のやりとりも必要なのでは?」
「転送陣がありますから。人を派遣すれば良いだけですよ。もちろん形式が必要な場合は書状も用意いたしますが、それも書状をもたせた人を派遣すれば良いだけですし。」
なるほど。言われてみればそうだ。転送陣でなんでもやりとりが可能なら、電話のようなものも不要だし、俺たちの世界で開発が進んでいたメタバースみたいなものも不要だ。だって、転送陣でそこに行けば良いんだもの。そうか、俺たちの世界とは社会の成り立ちというか、在り方自体が違うんだな。その技術に合わせて最適化された社会が構築されるわけだ。ということはネットとかもなさそうだなぁ……俺、ネットのない世界で生きていけるんだろうか?
でもそうすると、勇者が必要とされるような問題というのは何だろう?俺の(アニメとラノベから得た)知識によると、勇者が戦うのは魔王とその配下とかが多い。魔王軍みたいなのがいない場合でも、強力な魔物が発生して、その世界の冒険者や騎士団では対応出来ないようなやつとか。
そういうのを相手に、世界を渡るときに恩寵の様な形でチート能力を手に入れ、その力で戦うんだよな。うん、ちょっとワクワクしてきたぞ。相手は誰だ?そして俺にはどんなチート能力が付いたんだ?早速確かめたいよな。
能力はどうやって確認するんだ?ステータス・オープンとか言えば良いのか?それとも巫女さん的な人が出て来て鑑定してくれるのか?できれば自分で成長を感じたいので、ステータスが自分で観られる方が良いなぁ。そしてできれば相手の能力を鑑定する能力とかがあると楽しいんだけどなぁ。
でもまずは、戦うべき相手のことを知るのが先決かもしれない。
「転送」は最強です。っていうか、今すぐ私が欲しい(苦笑)。
でもこの「転送」を使いこなした者が世界を制するのですよ。