敗走
プレートアーマーを出そうと思ったんだが、いつぐらいまで使われていたのかを調べるのは結構面倒だなぁ……
ユーロトンネルのカレー・シティ側に、クウヤとクミの運転する車両が到着した。現時点で、現地時間は朝8時を少し回ったところ。日本とは8時間の時差があるので、日本は16時過ぎだ。
少し遅れて0815時には、ブリテン都市同盟の送った貨物列車も到着。ここから準備ができ次第、作戦開始となる。作戦開始は現地時刻0830時。そろそろフランドル都市同盟の準備した海からの陽動部隊もカレー港に突入する。まだレーダーで捕捉できる範囲外に終結した状態のはずだが、進撃を始めている。
「じゃあ、そろそろ俺たちも突入しよう。前衛チームとしてシロウ、ロイ、ロック。後衛がヤヒチ。今回のアンドロイド部隊とガン・ドロイド部隊はブリテン都市同盟が用意するので、それをシロウ、ロイ、ロックの指揮下に置く。一部のガン・ドロイドはヤヒチの指揮下に置いて、長距離支援射撃を行う。」
「イエス・マスター!」
「ミクとミナは俺と一緒にカレー港の目的施設に突入。突入ルートは現地に先行しているクウヤが行う。クミは何かあったときの支援だ。」
「イエス、マスター。」
『イエス、マスター。でも罠にはまっているような感覚は消えていません。ご注意を。』
『ヤバくなったら、あーしも車両で突入するから、何とか逃げてよ。』
「わかった。それじゃあ、行くか。」
前衛組がそれぞれ転送機に向かう。その間に俺はミサとハグを行い、無事に戻ってくることを誓う。
さて、何者が向こうで俺たちを待ってるのか。案内人の動向も気になるところだ。
転送機をくぐり抜けた先は、カレー・シティの郊外だった。ユーロトンネルの出口があるヴュー・コケルからは少し市街中央部に近づいたところらしい。ロイとロックの第2、第3部隊は列車のままカレー港のそばにまで伸びるロワール通りまで進出し、ロイの第2部隊はそのままロワール通りからカレー港を目指す。一方ロックの第3部隊はもう少し先のノール通りまで列車で進出。ノール通りを使ってカレー港を目指す。
対してシロウの第1部隊はジャカール通りからロワイヤル通りで海岸まで進み、海岸に沿って走るアリエ通りを東進。ヴェティヤール橋を渡ることでカレー港へ。これで3方向から旧フェリーターミナルのあった場所に設置された目的地を目指す。
ヤヒチの第4部隊はロイ、ロックが下りた後も列車に乗り続け、高速道路のN216号線を越えて、カレー港内まで進出。遠距離射撃を行う。
俺たちはクウヤの運転する水陸両用車両でヴェルダン通りを走り、海沿いのジェネラル・ド・ゴール通りでカレー港フェリーターミナルの対岸まで移動。ここから海を渡って目的地に肉薄する予定だ。クミは俺たちの車両の後を転送機を積んだトラックで追尾。脱出ルートを確保する役割を担う。
列車を使う第1から第4部隊は0900時までに列車から降りて進出を開始している。同様に海からの陽動部隊も0900時には攻撃を開始。海と陸の両方から一気に攻撃を加えることに成功した。
俺たちは0930時までに海を渡るポイントに到達し、0940時に海を渡ることになっている。遠くから聞こえてくる砲声や銃声を聞きながら、俺たちの乗った車両は順調に目的地へと向かっている。シロウ達から上がってくる情報によると相当の防衛戦力が集められているらしいが、俺たちの侵攻ルートにはまったく阻止勢力がいない。確かにこの先に何かありますよ、と言っているような感じだ。
そしてそれは当たっていた。ジェネラル・ド・ゴール通りからヴィンストン・チャーチル通りに入ろうとしたところで、彼らは待ち構えていた。
フルプレートアーマーに身を包んだ集団がそこにいた。中世の戦士のような出で立ちだ。ヨーロッパであればこのような出で立ちは似合いそうなもんだが、周辺は海岸沿い、しかも背の低いビルが立ち並んでいる。近代都市に現れたコスプレ集団にしか見えないあたりが残念な感じを醸し出している。
「私の名前はジークフリード・ハイネマン。ここの守護を任された傭兵団の団長を務めている。」
俺たちの進路を阻んでいる集団の中心に位置する戦士が自分の名前を名乗った。名乗りって、この時代でもやるもんなのか?アンドロイド兵かホムンクルスにそんなメンタリティがあるとは思えないが……いや待て。もしかしてこいつ、人間か?
もしかしたらこいつら全員が人間の可能性もある。相手は10体以上いるのに対し、こちらはクミを合わせても5人。面倒な事になった。まずはこちらも名乗りながら相手の出方を見るしかない。
「俺はユウキ・タカシマだ。あんたと敵対するつもりはないから、通してもらえないかな?」
「誰もここを通すなというのが雇い主の意向でな。」
「そうか、残念だ。では無理にでも押し通らせてもらう。」
「私も残念に思う。貴殿に恨みはないが、死んでもらおう。」
そう言うと、ジークフリードは腰に差していた長剣を右手ですらりと抜いた。同時に左手で大楯を持ち上げる。フルプレートアーマーに身を包んだ片手剣戦士の誕生だ。基本、大楯持ちはタンク役というのがゲームの基本だが、こいつの動きは明らかに前衛だな。本当に厄介そうだ。
「こいつらは俺の獲物とする。お前達は手を出すな。もしここをすり抜けようとする奴がいた場合だけ、阻止しろ。」
「はい、団長。」
ジークフリードの声に、副官らしきヤツが返事をする。そうかい、俺、ミク、ミナで3対1。これならジークフリードとやらがそれなりの使い手であっても押し通せるだろう。
「ミク、ミナ、やるぞ!」
「イエス、マスター。でもジークフリードは人間です。私たちでは彼を傷つけることはできません。」
「牽制と防備だけでも充分だ。あとは俺が何とかする。」
やっぱり人間か。問題は俺に人を傷つけることができるのかという点だが、フルプレートアーマーに身体を包んでくれているおかげで、人間っぽくは見えない。メンタル的にも何とか行けそうだ。
まずは手に持ったアサルトライフルでジークフリードを攻撃する。弾倉が空になれば交換するだけだから、遠慮なく弾をばらまく。
対するジークフリードは左手の大楯で俺の銃撃を受けきっている。おかしいな、高速徹甲弾を装填しているはずだから、あれくらいの楯であれば貫通してもおかしくないはずなのに、傷すらついていないように見える。
弾倉が空になったところで、新しい弾倉へと換装する。その隙を突いてジークフリードが突っ込んできた。あんなに重装備なのに、思ったよりも速い!
俺の左側からミナが両刃薙刀で斬りかかる。同時に右側からはミクが二刀で斬りかかった。俺に近づけないための牽制だ。タイミング、速度ともさすがとしか言いようがない。
ところがその2人の連携をジークフリードは一振りではじき返した。膂力がまったく違う。それにスピードも速い。ミナやミクはホムンクルスとして高い反応速度を持っているが、それに負けない速度であれだけの長剣を軽々と振っている。ミナは薙刀を弾かれ、ミクも二刀を受け止められたどころか、逆にジークフリードの攻撃を二刀で受けるのが精一杯になっている。
「ミク、離れろ!」
弾倉の交換を終えた俺は再び銃撃を開始する。ミクの相手をしていたジークフリードは大楯で銃撃を防げず、銃弾は鎧に命中する。が、それらはすべて弾かれてしまった。いや、固すぎるだろ!
そしてミナやミクが離れたジークフリードは一足飛びに俺へと接近してきた。速すぎる。俺も慌てて後ろに飛び退いたが、ヤツの振るった長剣にアサルトライフルを切り飛ばされてしまった。マヂかよ?!
ライフルを捨てて剣を手に迎撃するが、ヤツの剣は重い。切り結ぶどころか簡単に手から弾き飛ばされそうになる。お前、絶対に剣で人を殺してただろ。ゲーム内でも後衛職だった俺では、ヤツの剣を受け止めたりパリィするのは無理だ。
それを見て取ったクウヤが車両に搭載していた重機関銃でジークフリードを攻撃し始める。俺に当たらないように気をつけながらなので、ジークフリードにも当たらないが、警戒したようで、一旦俺から距離を取った。これで仕切り直しだ。
俺はその隙に車両のところまで戻り、予備のアサルトライフルとSMAWロケットランチャーのMk153を何本かまとめて取り出す。
俺の準備ができたと思ったのか、ジークフリードは再び右手に長剣、左手に大楯を持って突っ込んでくる。ジークフリードと俺では身体能力が違いすぎる。普通なら俺がヤツに勝つのは不可能だ。普通なら。
まずはライフルでジークフリードを攻撃する。ヤツは左手に持つ大楯で俺の攻撃を防ぎながらどんどん接近してくる。
あと20m。ライフルの吐き出す高速徹甲弾を、大楯はかすり傷1つ負わずにそれを防いでいる。とはいうものの、銃弾が当たる度に細かに衝撃を受けていることはわかる。
(衝撃は伝わっている。ならいける!)
あと15m。ミクとミナにそれとなく合図を送る。対戦車弾の爆発に巻き込まれないようにだ。
俺までの距離が残りあと10mになる直前で俺は手に持っていたライフルを捨てた。それを見たジークフリードは、俺の行動が意外だったのか、俺に向かってくる速度をわずかに遅くする。よし、勝った!
俺はMk153を取り上げ、ジークフリードに向けて発射した。装弾しているのは対戦車弾HEAA。これが切り札だ。クルンテープの時に使ったことはあるが、確実に相手に当てるためには20m以内にまで引き寄せる必要があった。その半分の10mという距離は、相手を確実に仕留めるための必中距離だ。
ジークフリードはこれも大楯で防ぐが、対戦車弾の直撃を衝撃無しで受け止めることなどできるはずがない。大楯ごと吹き飛ばされて尻餅をついた。それを見た俺は2本目のMk153を拾い上げ、ジークフリードの顔面めがけて撃ち込む。フルプレートアーマーがどの程度の防御力かわからんが、無傷ではないだろう。死んでも構わんというか、殺すつもりで攻撃する。
2射目は少し狙いがそれたのか、それともジークフリードが起き上がろうとしたからかはわからないが、ヘルムには当たらず、ブレストプレートに当たった。それでも威力は伝わり、再び吹き飛ばされ、頭部を地面に激しく打ち付けた。脳しんとうでも起こしたのか、動きが緩慢になる。
(とどめだ!)
俺は3本目のMk153を取り上げ、頭部に確実に当たる距離まで詰め、遠慮無く引き金を引いた。フルプレートアーマーのヘルムが爆煙に包まれる。いくら何でもこれで死んだだろう。意外と葛藤無く殺せるもんだな。
ミクとミナがそばに寄ってくる。これからジークフリードが連れてきた連中を何とかしないといけないが、思ったよりも俺たちの消耗が激しい。一度、シロウ達と連絡を取り、体勢を立て直すべきか。
「クミを呼びました。一旦体勢を建て直しましょう。」
「そうだな。シロウ達にも連絡を……」
「お逃げください、マスター!」
ミナと話していると、ミクに突き飛ばされた。何か光る物が通り過ぎ右胸のあたりを切り裂かれた。俺の着ているスーツは防弾性能だけでなく防刃性能も高いはずなのに、まるで紙を切るようにあっさりと切り裂かれる。
「なっ!」
ミクは両手の2刀で襲ってきたフルプレートアーマーと切り結ぶ。倒れていたはずのジークフリードがいない。あの攻撃でも死なないのか?!
横からミナが両刃薙刀で攻撃を仕掛けるが、ヤツは左手で持つ大楯を使って軽くいなしている。これはまずい。あの2人は制限のために人間を殺すことができない。ヤツを殺せるのは、俺しかいない。だが、あの攻撃でも死なないとすると……。
悩んでいるとクミが転送機を搭載した車両を俺の後に持ってきた。仕方が無い。これで一旦下がるか。
「マスター!」
転送機に目を向けた俺の一瞬の油断が隙を生んだ。振り返るとミナが吹き飛ばされコンクリートの建物にたたき付けられている。さらにジークフリードが長剣で俺を突き刺そうとしていた。ミクが俺をかばって立ち塞がる。だが、ジークフリードの剣はミクを背中から、そして俺の腹を貫いた。腹が焼け付くように熱い。喉の奥から何かがこみ上げてきて、口から吐き出す。ミクにかかったそれは赤い液体、俺の血だった。
ミクは背中から胸へと貫かれた状態で俺の体を突き飛ばして転送機へ押し込む。
「……逃げてください……マスター……」
「……ミクっ!」
ミクは転送機の扉を強制的に閉めた。閉じる扉のすき間から見えたのは、ミクが斬り殺されるシーンと、バイザー部分から見えたジークフリードの、俺を軽蔑するかのような見下した青い目だった。
未来の技術でフルプレートアーマーを作ると、物理的な衝撃吸収には限度があるだろうけど、防弾性能は高くできるんじゃないかと思って設定してみました。