不穏な出来事
物流センターだという建物からの撤退は、なんのトラブルに見舞われることもなく、あっさりと終わった。むしろハバロフスク・シティの時は何であんなに苦労したのか?と思えるほどだ。これも交渉人が手配してくれていたからかもしれないが。
とはいえ途中から映像や音声が取れなくなったからかもしれないが、クルンテープ・シティ側のサポートメンバー達が慌ててやってきて、俺たちが無事かどうかを確認するという顛末があり、これが一番疲れた。彼らは盗み見していたとは言わなかったものの、攻略に思ったより時間がかかっているので心配になったなどのセリフを並べ立て、攻略の詳細を訊いてきた。その辺は適当に答え、詳細はトウキョウ・シティへの報告書で書くからそっちを参照してくれ、ということで渋々ながらも納得してもらった。俺たちも疲れてるんだから後にしろというシロウの一喝も功を奏したのだろう。もちろん「なら宿泊施設を用意するからゆっくりしていってくれ」というお誘いも断った上でだが。だって転送機で拠点に戻れるのに、クルンテープ・シティでホテルに泊まる必要がどこにある?というか、この時代でホテルって誰が泊まってるんだよ。経営成り立つのか?
そして、そんなこんなをクリアしてトウキョウ・シティに戻ってきた俺たちを待っていたのは、これまた困ったような顔をした中田氏と川本氏だった。しかも立体映像ではなくリアルにやって来ている上、なにやら言いづらいことを抱え込んでいるような雰囲気なんだけど、一体どうしたんだ?俺、何かマズいことしたっけ?
「えっと……俺、何かマズいことしました?」
その俺の反応を見た中田氏は、首を振りながら、ついでに言うと両手も振りながら俺の発言を否定した。
「いえ、高島殿が何かをやったわけではないのです。むしろ我々の方の不手際というか不始末というか……」
えぇ……何かあったってこと?疲れてるんだから急ぎでなければ明日にして欲しいんだけどな。いや、面倒な事態なら今のうちに片付けておいた方が良いのか。仕方が無いので、全員に合図をし、アンドロイド兵達に後始末をするように申しつけた上で、俺たちは会議室へ移動することにした。
「わかった、聞こう。場所は会議室で良いか?」
「ありがとうございます。それでお願いします。」
とりあえず俺とホムンクルス12体、そして中田氏と川本氏で会議室に移動する。今回は彼らもいるので、階段やエレベーターは使わずに、素直に転送機を使って移動することとした。1アップ2ダウンは階段を使う方が健康にはいいんだぞ。俺が働いていた会社ではオールアップ・オールダウンは階段とかふざけたことを言ってたけどな。いや、それってエレベーター使わずに全部階段使えって意味だから。
会議室に到着して全員が着席すると、中田氏が先陣を切って話を始めた。
「まずは不手際をお詫びいたします。実は、高島殿をこの時代に召還したワームホールなのですが、何者かに外部からの不正アクセスを許してしまい、4回の不正作動を検知しました。」
それって、今回の転送機ネットワークのハッキングと同じ臭いがするな。もしかしたらハバロフスクやクルンテープの件で、過去の人間が使えると考えたのだろうか。なにしろこの時代の人間はこういう荒事には無関心だし、関心があったとしてもできるかどうかは別だからなぁ。
だけど4回の不正作動は4人の召還を意味しているんだろうか?
「4回の不正作動とはつまり、俺以外に4人の人間が召還されたかもしれないということか?」
「そういうことです。場合によっては1回に複数人を召還することもできますので、もっと多い可能性もあります。とりあえず4回目の起動を確認した直後に、こちらの技術者が制御の奪回をギブアップし、信号を送って破壊しました。」
「ハッキングした相手はわかっているのか?」
「どうやら、高島殿に破壊してもらっているサーバールームを牛耳っている連中と同じ様です。」
「やっぱりそうか。つまり、そいつらは俺への対抗策として最低4人を召還した可能性があるということか。」
「はい。」
やっぱり俺への対抗策か。俺というこの時代にはいなかった存在が、戦術として有効だということがわかったということだろう。これは難儀な話になったな。会議室にいる全員が難しい顔をしている。
「マスター。1つ訊きたいことがある。」
「なんだ?」
シロウが改まって俺に質問してきたが、まぁ、正直どういう内容なのかはわかっている。俺も誰かがこの話をするとしたらシロウかミクだろうと思っていたしな。
「マスター、あんたは人間を殺せるか?」
会議室の中がしん、と静まる。やっぱりそれが来たか。だよなぁ……逆の立場だったら、たぶん俺も訊いていたと思う。ミクやシロウをはじめとするホムンクルスは制約条件があって人間を殺せない。この時代の人間達は禁忌として人間を殺せない。だから俺が呼ばれたと言っても良いわけだが……。
12体のホムンクルスによる24個の瞳が俺を見据えている。いや正確にはあと2人がこの部屋にはいるわけだから、4つ多くて28の瞳か。さて、どう答えたもんだか。
この時代に召還された俺以外のたぶん4人。最悪はそいつらと殺し合いになる可能性もあるということだが、21世紀の日本人である俺は人殺しになんか慣れていない。実際に敵対した際に相手を殺せるのか?と言われると、かなりキビシイだろう。正確には「たぶん殺せない」という回答にはなるんだが、キチンと理由を説明する必要があると思うんだよな。
「そうだな……2つの理由で今の俺は人間を殺すことはできないだろう。」
一拍おいて、次に話すべき内容を頭の中でまとめる。……よし、いけそうだ。
「まず、俺のいた21世紀の日本という国は、もう何十年も戦争からも遠ざかっていたから、殺し合いが行われるような環境にはなかった。そんなところで俺は生まれ育ったし、そもそも殴り合いの喧嘩が行われるような環境ですらなかったから、暴力というものにも慣れていない。」
メンバーと視線を合わせながら伝えていく。ここはこれが重要だろう。
「それでもハバロフスクとクルンテープでのミッションができたのは、俺自体が殺される心配はないということと、相手がアンドロイド兵だったからだろうな。俺の時代にあったゲームの世界で、画面に現れるNPCやモンスターを無双して倒していく感覚に近かったんだよ。」
「これまでのミッションはゲームと同じということですか?」
「そうだな。ゲーム内でも俺の操作するキャラクターは撃たれたら死ぬ。そしてセーブポイントからやり直す。でも時には誰も俺の使っているキャラクターを殺せない無双モードに入ることがある。この時代でのミッションはその時の感覚に近いんだよ。なにしろ相手の攻撃は俺に当たらないし、俺は敵を倒したい放題だ。とはいえ、破片が近くを飛び交うから、ゲームよりも危ないけどな。」
そう、命のやりとりをしている感じは全くなかった。だから筋肉痛は別として、ある意味気楽にできるミッションだった。少なくともこれまでは。
「だから、いきなり相手が人間になったとすると、たぶん俺は相手を殺すことをためらうだろう。リアルな殺し合いをしたことがないから、実際に相手を殺すイメージが湧かないんだ。心理的にというか精神的に相手を殺すという状況には耐えられない可能性が高い。」
だが、精神的な面以外にも問題点はある。そちらも語る必要があるだろう。
「もう1つ問題がある。銃器で遠隔攻撃する分にはもしかしたら何とかなるかもしれない。でも近接戦闘では勝てる気がしない。いや遠隔でもそうか。おれは元々兵士じゃない。だから近接戦闘での武器の取扱は本物の兵士には遠く及ばない。遠隔戦闘用の銃器の扱いだって、本職の兵士の足下にも及ばないだろうさ。だから相手がもし訓練された兵士だった場合、俺にとっては物理的にも相手を殺すのは難しい。」
「武器の取扱は、もうナノマシンを入れて脳の配線を作ると同時に、筋力アップをしないとどうしようもないでしょうな。」
「やっぱりー、サイボーグにしましょー。」
ミイはブレずにサイボーグ推しか。最悪はそれかもしれないけど、他に召還された連中がプロでかつ同じ処置を受ければ、俺に勝ち目は無いんじゃないかな?
「例えば俺がサイボーグになったとする。でも他に召還された連中もサイボーグになった場合、俺に勝ち目はあるかな?」
「まぁ、ないだろうな。」
シロウがばっさりと切ってくれた。ミイの意見を却下するという点ではありがたいけど、言い方!俺の心が折れるだろ?
「ええーっ、マスターはー、絶対にサイボーグ化するべきですよー。」
「そうですね。少なくともナノマシンを導入するのと、骨格の強化ぐらいは最低でもやるべきかと。」
ミイとミクがシロウの意見に対して反論してる。だから前にも言ったけど、俺はそういうのイヤなんだって。
「前にも言ったけど、俺はそういうのイヤなんだよ。なんというか……生身のままで強化スーツを装着するとかが好みなんだよ。」
「この状態では好き嫌いを言っている場合ではないと思いますよ。」
おおう……ミナよ、お前もか。何でこんなに俺の味方は少ないのか。まだ発言していないメンバーにも目で圧力をかけて発言を促してみる。
「マスターをサイボーグ化ですかい。だとするとマスターの戦闘力が爆上がりしやすが、それって俺らはいらなくなるんじゃねぇですかい?」
「そうだよなぁ。自分よりも弱いヤツに護衛されるとか、あり得ないもんな。」
ロイとロックが俺をサイボーグ化した場合の問題点を挙げてくる。いいぞ、そういう形でおれのサイボーグ化を阻止してくれ。
「だったら、アンタたちもサイボーグ化したらいいじゃん。あーしとクウヤは潜入の事を考えたらそういうわけにはいかないけどさ。」
「そうですね。情報担当の私とニックもサイボーグ化のメリットはありませんが、ミナとミクもサイボーグ化しておいた方が良さそうですわね。」
おっと、クミとニーナが自分たちを棚上げして、殴り込みをかけるメンバーが全員サイボーグになれば良いみたいなことを言い出したぞ。そういうのは援護射撃になってないから、反対意見にして欲しかったな。
「でも、サイボーグ化って、誰でも思いつきそうなアイデアですよね?それって本当にアドバンテージになるんでしょうか……?」
おおっ、ミサ、そういう意見はポイント高いぞ!実際、言い出したミイも「ぐっ」っとうめいたまま、次の言葉が出て来ないみたいだ。まだ発言していないミックとクウヤも「確かに……」みたいなことをブツブツと言っている。よし、このタイミングでサイボーグ化案を潰してしまおう。
「……まぁそういうことだ。だから他の連中も思いつきそうな方法では戦えない……かもしれない。もっと他のアイデア、特にこの時代の者がそう簡単には思いつかないであろうものが良いと思うんだ。」
「では、どういう方向性を?」
ミクが合いの手を入れてくれる。さすがにできる秘書はひと味違う。しかしA案を蹴飛ばした以上、B案を提示できなければ元の木阿弥だ。そうだなぁ……強化の方向性か……どうしよう。そうだ、さっきゲームの話をしたんだから、俺のプレイスタイルであれば慣れているし、一番良さそうな気がする。
ゲームの時は後衛の魔法使いをやっていることが多かったな、そういえば。前衛で切り込むというよりは、パーティーでは遠距離支援、ソロの時は遠距離攻撃で殲滅することが多かった。だからこの前のミッションでも飛び道具で何とかするスタイルだった。
「そうだな……21世紀にあったゲームでの俺のプレイスタイルは遠距離攻撃の得意な魔法使いだった。だからこの時代でも魔法使いを目指そうと思う。シロウ達の近接戦闘組を、遠距離から攻撃して支援する形だな。」
「それはヤヒチがやっているじゃないか。」
「あれは火器による遠距離攻撃だろ?そうじゃなくて魔法だよ。」
「……マスター……現実の世界には魔法なんかないんですよ?」
「いや、そうじゃなくて、魔法を科学で再現できないかって話だ。例えばファイヤーボールっていう火の玉を敵に向かって飛ばして、当たった相手を焼き尽くす魔法があるんだけどな。それを科学的に再現できれば、まさか敵もそんな攻撃が来るとは思わないだろ?」
どうだ!これがサイボーグを拒否した俺の答えだ。