幼馴染の女の子にどうしてもカードゲームで勝てない少年は、絶対勝つために将来の夢を決めました
小学生の英樹はトレーディングカードゲームが大好きであった。
いくつかのカードゲームにハマっており、小遣いは全てカードに消える有様。あまりの熱中ぶりに、両親や級友も閉口した。
しかし――
「ふふーん、またあたしの勝ちね!」
「ちくしょう……!」
英樹は幼馴染の女の子である切香に、どうしても勝てなかった。
「ようし、もう一回だ!」
「いいわよ!」
何度やっても勝てない。
「くそっ、また負けかぁ!」
「カードゲームはね、闇雲に強いカードを出せばいいってもんじゃないの。もっと戦略を練らなくちゃ」
「戦略かぁ……」
「あんたのデッキ見せてみて? あたしがアドバイスしてあげる!」
ゲームが強く、なおかつ優しいところもある切香のことが、英樹は好きだった。
もっともそれはまだ“恋愛感情”といえるほどのものではなかっただろうが。
ある日のこと――
「切香、お前プレゼントもらえるとしたら何が欲しい?」
「んー、やっぱりレアカード! それも世界にほんの少ししかないようなやつ!」
「よーし、だったらいつかお前にそんなレアカードをプレゼントしてやるよ! そしたら結婚してくれ!」
「いいよ! ただし、カードゲームもあたしに勝てるぐらいになってよね」
「うぐ……」
子供同士の他愛ない約束。
それからも英樹は切香にカードゲームで挑み続けたが、やはり勝つことはできなかった。
「アイテムカードを効果的に使わないと!」
「そんな手もあるのか……」
「今のはあたしが罠のカードを伏せてるんだから、うかつに攻撃しちゃダメよ」
「しまったぁ……」
負け続けで悔しいが、英樹は楽しかった。
いつまでもこんな日々が続くと思っていた。ところが別れの日は突然訪れる。
小学校卒業のタイミングで、切香が引っ越しすることになった。父親の仕事の都合とのことだった。
切香と会える最後の日、英樹は彼女にこう告げた。
「いつかお前に絶対すげえレアカード持ってってやるから! そして、お前に勝つ!」
「うん……!」
英樹は切香との再会、そして勝利を誓い、二人は別れた。
これをきっかけに英樹の“将来の夢”は決まっていくのである。
***
英樹は大人になった。
スーツ姿で精悍な顔立ちの凛々しい20代の青年となっていた。
自由にできるお金ができた彼は切香を捜した。
まず分かったことは切香の両親は離婚したということ。父親の仕事が上手くいかなかったようだ。切香は高校こそ卒業したが、その後は男に騙されひどい失恋をし、現在は荒んだ生活を送っているとのこと。
だが、英樹は気にしなかった。
どんな人生を歩んでいようと、切香は切香だからだ。
月が綺麗な夜、英樹はある場末のバーを訪れた。
中に入るとカウンター内には中年のマスターがおり、二つあるテーブル席のうちの一つに女が座っていた。
長く荒んだ髪、荒んだ衣服に荒んだ目つき。慣れた手つきでトランプを切っている。その指先は驚くほど細く美しかった。
英樹はその女に近づく。
「あら、あんたもあたしとトランプゲームをやりに来たのかい」
女はこのバーで客相手に賭けトランプをし、日銭を稼いでいる。
英樹は優しく声をかける。
「お久しぶり、切香」
「……!」
この荒んだ女は切香だった。
「なんであたしの名前を……」
「俺のこと、覚えてないか?」
切香は英樹をじっと見る。すぐに思い出した。
「あんた、まさか英樹!?」
そのまさかだと、英樹はうなずいた。
「なんでこんなところに……」
「決まってるだろ。お前に会いに来たんだ」
英樹は切香の前に座ると、酒とつまみを頼む。
しばらくは昔話に花が咲いた。
当然、共通の趣味であったカードゲームの話題にもなる。
「あの頃は楽しかったなぁ……あの頃が一番幸せだったかもしれない」
切香は天井を見上げ、しみじみ語る。
これを見計らって、英樹は言った。
「だったらまた勝負しないか?」
「勝負?」
「ああ、カードゲームで」
英樹は真面目な顔で言った。
「このトランプでかい?」
英樹は首を振り、モンスターが描かれたカードを何枚か見せた。
「いや、この『ストロングモンスター』ってカードゲームだ。名前ぐらいは聞いたことあるだろ?」
「ああ、CMでよくやってるね。今一番流行ってるカードゲームらしいわね」
切香の言う通り、『ストロングモンスター』はここ数年で爆発的にヒットしている大人気カードゲームだった。
カードに描かれたモンスターたちを戦わせ、勝敗を競う。『ストモン』とも呼ばれ、子供はもちろん、大人の間でも人気がある。
ゲームを題材にした漫画やアニメもあるほどで、強いカードは数万円、数十万円、あるいはそれ以上の額で取引されることもある。
「そう、これで勝負しよう」
切香は苦笑する。
「悪いけど、あたしはこのゲームやったことないよ」
「そりゃそうだろう。だから、今日は二人分のデッキを作ってきた」
英樹はカードの束――デッキを見せる。
様々なモンスターのカードや、アイテムのカード、その他もろもろのカードが入り混じっていた。
「公平になるよう全く同じカード構成にした。ルールも今から丁寧に教える。勝負しよう」
「……」
英樹の熱意に、切香はうなずく。
「分かった、いいわよ。やろう!」
「じゃあお互いにカードをシャッフルして……」
さっそく十数年ぶりとなるバトルが始まった。
二人は童心に帰り、カードゲームに興じる。
勝負を持ちかけた英樹は当然として、切香もさすがなもので、早くもルールを自分の物にしていた。
「じゃあ、ここでゴーレムが攻撃! あんたのパープルドラゴンに300ダメージ!」
「やるな、切香……!」
バトルは着々と進んでいき、結果は――
「負けだ……!」
英樹の負けだった。
切香はケラケラと笑う。
「相変わらず弱いわねえ、あんたは」
「くそっ、もう一回だ!」
悔しがる英樹に、切香は「あの頃と同じだ」と微笑む。
まるで小学校の頃のように、二人はゲームを楽しんだ。
「負けた!」
「くそ~、負けた!」
「また負けかよ~!」
英樹は連戦連敗だった。
「相変わらずね、あんたは。もっと頭使わないと」
「うぐぐぐ……」
全く歯が立たず、落ち込む英樹。
「でもこのカードゲーム、楽しかったわ。流行るだけのことはあるわね。あたしの趣味にしようかしら」
「ホントか!?」
やけに嬉しそうな英樹に、少し驚きながらうなずく切香。
「これからも『ストモン』をプレイしてくれるんだな?」
「うん……いいよ」
英樹は懐から一枚のカードを取り出した。
「だったらこれをやるよ」
英樹の取り出したカードには強そうな七色の竜が描かれており、ゲームで使うカードとしての性能も破格のものだった。
「あんた、こんな強いカード持ってたんだ。ていうか、強すぎじゃないこれ?」
「まあな。強すぎるから公式戦じゃ使用不可だ」
切香もカードゲーム経験者であるので、英樹の説明に納得する。
「そりゃそうよね。で、さぞかしレアなんでしょうね、このカード」
「ああ、世界で5枚しかないんじゃないかな。今後新たに刷られることもない」
「5枚!? なんであんたがそんなもの持ってるのよ!」
「だって俺は、『ストロングモンスター』を生み出した張本人だから」
「……へ?」
英樹はレアカードの隣に名刺を置いた。
そこには「社長」の肩書きを持つ英樹の名前が書かれていた。
英樹はカードゲーム『ストロングモンスター』を製作・販売し、各種大会などを運営する会社の社長だった。
「あんたがこのゲームの生みの親なの!?」
「ああ、中学の頃からずっとゲームのルールとかを練って、大学卒業と同時に起業したんだ」
英樹は切香を見据える。
「全ては……君に勝つために」
「あたしに?」
「ああ、どうしても君に勝ちたかった俺は、将来の夢をこう決めたんだ。“自分でカードゲームを作れば、切香にも負けるはずない”って」
切香はしばらく沈黙した後、
「あたしに勝ちたいからって、自分オリジナルのカードゲームを作ったってこと?」
「ああ」
「アハハハッ! そんなことのために大流行のカードゲームを生み出すなんて……」
切香は大笑いする。
英樹も苦笑いする。
「結局自分で作ったゲームでも、君には勝てなかったけどね」
「……」
「だが、ここに来たのはそれだけじゃないんだ」
「え……?」
英樹は意を決したように言った。
「俺と付き合ってくれないか」
「!」
突然の告白に切香は目を丸くする。
「覚えてるか。レアカードをあげたら結婚してくれるって約束」
「覚えてる……」
切香にとっても幸せだった頃を象徴する思い出だった。
「同時にカードゲームで勝てるようになってやる、って約束もしてたよな」
「うん、そっちも覚えてる」
「だから、いきなり結婚は無しだ。とりあえず交際して欲しい。そして、いつか君が結婚したがるような男になってみせる」
だが、切香は渋る仕草を見せる。
「あんた今社長なんでしょ? あたしみたいな女と付き合っちゃダメだって……」
今の自分の生活を恥じるように、切香は目を背ける。
「好きなんだ」
英樹は断言した。
「切香のこと、ずっと好きだったんだ。そのためにカードゲームを作って、社長にまでなった。だからもし、切香にも少しぐらい俺への想いが残っているなら、俺と付き合ってみて欲しい」
十数年ぶりに会った幼馴染の熱意に、切香も根負けした。
「分かった……いいよ。とりあえずよろしくね」
「ああ!」
すると、ボトルとグラスを持ったマスターが近づいてきた。
「おめでとうございます。あなたがたの前途を祈って、一杯おごらせて下さい」
「これはどうも」と英樹。
「ありがとマスター」切香も微笑む。
「それと……実は私の子供も『ストロングモンスター』にハマってまして、その、レアカードというものを頂けないかと」
マスターの言葉に、英樹は笑った。
「ハハ、どうぞ。切香にあげたのは無理ですが、他にもレアカードは持ってますので」
銀髪の騎士が描かれたカードを手渡す。これもまた、かなりのレアカードである。
喜ぶマスターを見て、英樹と切香は顔を見合わせてニヤリとした。
***
この再会から数年を経て、二人は結婚した。
英樹はカードゲームが得意な妻のアドバイスも取り入れ、『ストロングモンスター』をさらに魅力的なゲームへと進化させた。
初心者でもとっつきやすく、高い戦略性を誇り、勝った時の嬉しさや負けた時の悔しさがヤミツキになる。老若男女が楽しめる、理想的なゲームに仕上がっていった。
『ストロングモンスター』は、今や日本のみならず、世界的に人気なゲームになりつつある。
そして、二人の間には息子も生まれた。
物心ついた息子に英樹はさっそく『ストロングモンスター』を教えるが――
「パパ、よわーい!」
「マジかよ……」
なんとルール覚えたての息子にも負ける有様だった。
これを見て、切香は微笑んだ。
「あなたはカードゲームを作る才能はあっても、カードゲームをプレイする才能はあまりなかったのかもね」
「参ったね」
今をときめく社長は苦笑いを浮かべた。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。