拾い集めた塵で作られた恋
「いつもありがとうございます。一時間以上滞在される時は必ず紅茶を一杯以上注文してくれますよね」
最初は暖かく差し出された、無機質な注文内容が印字されたレシートだった。
「これ、良かったらサービスです。マフィンお嫌いじゃないですか?……良かったぁ!」
次はサービスでくれたマフィンの包み紙。へばりついた生地も綺麗に洗ってジップロックに入れた。
「本当にたくさんパンを買って頂いてありがとうございます。重たくならないように紙袋を用意しますね」
お店の紙袋も保管用、鑑賞用と数枚手に入れた。
パンを包んでいたビニール袋も購入した分だけ家に保管してある。
テイクアウトしたカップ。
店内で手に入れたガムシロップやシュガースティック。
プラスチックマドラー。
紙ナプキン。
使い捨てコースター。
手に入れられるものは全部手にした。
「すっかり常連になって下さって嬉しいです。居心地良い空間づくりを心掛けているので」
「今日も凄いなぁ。こないだも分厚い本を読んでいましたよね。私も読書家ですけれど負けちゃいますよ」
「今日はレシピ本を読まれているんですか? 私のパンに触発されて? 嬉しい! ありがとうございます!」
「音楽にも精通しているんですね。あ、私この音楽好きです」
時間を見つけては通って、焦がれた人との会話のひとときを楽しんだ。
家に帰ってからボイスレコーダーを取り出し、会話を編集し、あの人が僕にかけてくれた言葉だけを抽出して何度も聞き込んだ。
“あ、私この音楽好きです”
“私この音楽好きです”
“音楽好きです”
“好きです”
ヘッドフォンから流れる至福の音声を、何度も特定の位置でリピートさせる。
僕に向けられたものではない、つなぎ合わせた偽りの言葉。
口いっぱいに広がる、あの人の手で作られた甘いメロンパンを咀嚼する。
「……僕もリカコさんが好きです。大好きです」
例え一度も視線が合うことも、会話したことがなくとも。
彼女の全てを手に入れて堪能したい。