第三話:琥珀という名の妖
※今回、区切りの関係で長めになっています。
「な、なんっ、な……っ!?」
あまりに唐突な出来事に、私はまともに言葉も発せずにいた。
「暁人に似た気配に呼び出されたと思って来てみれば、小娘、お前は何者だ?」
目の前の生き物が、猫のような髭を揺らして首を傾げている。じっと私を見つめる金色の瞳はとても澄んでいて、今にも吸い込まれそうだった。額には琥珀色の、三日月型の模様があり、目元には同じく琥珀色の勾玉に似た形の模様がある。実に独特な模様をした生き物だった。
こんな狼見たことないな。新種か?いや、それにしてはでかくない?というか、どっからわいて出た?
混乱のあまり、様々な疑問を頭の中で並べながら、ハッと我に返る。今、暁人っていった?
「兄を知っているの?」
「兄?ならばお前は例の、目に入れても痛くないほど超絶可愛い妹か」
おい。シスコン兄貴。なに訳の分からない話を吹き込んでんだ。そういえば、兄貴は割と重度のシスコンだった。
「というか……あなたこそ何者なの?」
僅か数秒で冷静さを取り戻せた私は我ながらすごいと思う。だって、目の前に突然、大きな獣が音もなく現れたのだ。大抵の人はきっと、もっと取り乱した言動をするだろう。というか、なにこれ、本当に現実?
「私は魔術師の一族、水無瀬家当主、水無瀬暁人に召喚され、彼を守護していた妖。名を、琥珀という」
「魔術師……?召喚……?」
ダメだ。全然頭が追いつかない。私は混乱する頭を抱えた。
「水無瀬家は元々、魔術師の一族だった。だが、その素質のない者には妖を目に映すことも魔術を扱うこともできない。当然ながら、一族の者として跡を継ぐこともできない」
あまりに信じ難い話だが、今現在、自分の目の前で非現実的な出来事が起きたことは間違いない。私はひとまず、最後まで話を聞くことにした。
「私は水無瀬家に代々仕える妖だったが、水無瀬家は長年跡取りに恵まれず、廃業したはずだった」
「はずだった?」
「暁人が、魔術師としての素質を持ち合わせていることが分かったのだ。彼はそのことを知り、魔術師として水無瀬一族を率いる決意をした。暁人にもまた、お前が今手にしている召喚陣でこのように呼び出されたのだ」
大きな獣ーー琥珀はどこか懐かしそうに目を細める。
私は自分の手元に視線を落とし、古紙を眺める。
そうか。これは魔術によって作られた、妖を呼び出す陣だったのか。兄貴もまた、なにかの拍子にこの陣を見つけたのだろう。
「長年、主を失い、妖の住まう世界ーー幽世に戻り、退屈な日々を過ごしていたが、暁人に呼び出された時は驚いたものだ。あの水無瀬家が復活したのかと。召喚術は陣を使って幽世から妖を呼び出す魔術のこと。扱える魔術は使い手の素質に左右されるから誰もが扱える訳ではない。だが、お前はその陣を使いこなし、私を呼び出した。暁人と同じく、お前にも魔術師としての素質があるようだな」
「私が……?でも、どうして兄貴は魔術師なんかに……」
「自分が水無瀬家という一族に生まれ、その力を引き継いだことにもなにか意味があると考えたからだ」
琥珀の言葉を聞いて、ふと兄の口癖を思い出す。
ーーいいか、千暁。この世に意味のないことなんてなに一つないんだよ。意味のないことのように思えても、そこには必ず、なにか意味があるはずだ。
くさい言葉だとは思うが、そうやって何事も真面目にこなす、誠実な人だった。
「それに、暁人を頼り、助けられた妖も少なくない。あいつは弱い立場の妖や、困っている妖の手助けをすることも多かった。故に暁人に助けを求める妖は数多くいた。それも魔術師として、一族の未来を背負う覚悟を決めた一因だろう」
その言葉を聞いて、今、自分が歩むべき道が朧気に見えてきた気がした。
「琥珀。私の守護者になって。兄貴の代わりに水無瀬家は私が継ぐ。私に魔術のこと、そして魔術師のことをもっと教えて欲しい。私は、兄貴がやり残したことを残らずやってあげたい。そのためには、あなたの協力が必要なの。それに……この出会いにもなにか意味があると思うから」
自分でも、なにを馬鹿げたことを言っているのだろうと思う。けれどこれは、紛れもない現実だ。
兄貴が志半ばで成し遂げられなかったことがあるのなら、私はそれを叶えてあげたい。重度のシスコン兄貴でも、たった一人の兄だから。
しばらく私の瞳をジッと見つめていた琥珀は、やがてその金色の瞳を柔らかく細めた。
「さすがは妹というべきか。お前も暁人と同じ匂いがするな」
「同じ匂い?」
「どうしようもないお人好しってことだ」
「そんな自覚はないんだけれど……」
そうかな?と首を傾げる私に、琥珀は頷いて見せた。
「よかろう。ちょうど、暁人がいなくなってまた退屈していたところだ。お前に付き合ってやる。小娘、お前の名はなんという?」
返された琥珀の言葉に、私は精一杯の謝意を込めて答える。
「私は、千暁。水無瀬千暁だよ」
「千暁よ。この琥珀、お前を唯一の主と定め、力を貸すと約束しよう」
「ありがとう。琥珀」
そっと、琥珀の鼻先を撫でる。この出会いにもきっと意味がある。改めてそう思いながら、私は新たな一歩を踏み出したのだった。
※次回更新は明日になります。
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