第一話:帰郷
※初回、少し長めです。
揺れる列車の窓の外には、懐かしい景色が広がっている。窓を少し開けると、穏やかな風が私の髪をゆらゆらと揺らした。
私は水無瀬千暁。つい一ヶ月前に大学を卒業したばかりの二十二歳だ。
向かっている先は、高校生まで過ごしていた地元の町。花咲町。詳しくは分からないが、四季色とりどりの花が咲くことからその名がつけられたらしい。観光名所の一つにもなっている。
幼い頃に交通事故で両親を亡くしたことから、私は二つ歳の離れた兄と共に母方の祖父母に引き取られた。私が高校を卒業するまでは、母の実家である水無瀬時計店で四人一緒に生活を送っていた。
大学入学を期に私はこの町を出て東京の大学に進学。東京で就職し、卒業後も一人暮らしを続ける予定でいたが、あることをきっかけに東京での就職を迷い始め、地元に戻って来た。
ーーたった一人の兄が、突然この世を去ったからだ。
登山でもしていたのか、兄の暁人は実家近くの山の中で発見された。警察によれば、背中にはなにかで引き裂かれたような大きな傷があり、熊に襲われたのではないかという話だった。結果的に事故死と判断されたが、登山の趣味などなかった兄がなぜあの日、山にいたのかは未だに分かっていない。
兄が亡くなったことで、彼が継ぐ予定だった水無瀬時計店の跡取りはいなくなってしまった。時計に関する知識は皆無だが、祖父母にこれまで育ててもらった恩を返したいという思いと、兄である暁人の意志を継ぎたいという思いから、私は東京での就職を思いとどまり、しばらくの間、実家の手伝いをしながら今後について考えることにしたのだ。
地元に戻ることを知らせると、祖父母は少し驚いた様子だったが、快く受け入れてくれた。
これからについては、二人の手伝いをしながら、焦らずゆっくり考えるとしよう。
列車はもうすぐ生まれ育った街に着く。私は流れゆく景色に目を向けながら、祖父母との再会に胸を馳せた。
駅から少し歩いて商店街の中に入ると、目的地はすぐに見えてきた。
茶色い木造の、少し古びた二階建ての建物。ショーウィンドウにはさまざまな種類の時計が並んでいる。扉には「水無瀬時計店」の文字。間違いなく、私の生まれ育った家だ。
ゆっくりと扉を開くと、来客を知らせるベルがカラン、と音を立てた。
奥の作業部屋にいたであろう祖父母がその音を聞きつけ、作業用のエプロンを付けたまま表に姿を現した。
「まぁまぁまぁ。千暁ちゃん、おかえりなさい」
祖母の千代子は顔の前で両手を合わせ、嬉しそうに呟いた。優しげな口調と柔らかな笑顔は昔から変わらない。
一方で、祖父の孝之は少し驚いたように目を見開いた後、落ち着いた口ぶりで話しかけてきた。
「駅に着いた時に連絡をくれれば迎えに行ったのに」
どうやら、私がこんなに早く到着するとは思ってなかったらしい。
「大丈夫だよ。大した距離じゃないから」
再会を喜んでくれているようだが、それを見せようとしない少し恥ずかしがり屋なところは相変わらずのようだ。
「荷物置いたら手伝うよ」
「あらあら、いいのよ、千暁ちゃん。長旅で疲れてるでしょうに」
「平気。そのために戻って来たんだから」
「そう?なら、お願いするわ」
「うん。ちょっと待ってて」
私は慣れた手つきで昔自分が使っていた部屋に向かい、荷物を置くとよしっ、と気合いを入れた。
ーーこれから始まる新たな生活に向けて。
※次回更新は明日になります。
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