三十四 真実のカケラ
松明の炎ゆらめく地下神殿で、押し寄せる狂信者達を次々と倒していく。冒険者達の力量は高いものの、吹き飛ばしのダメージから回復した者達も加わって増えた圧倒的な数の前に包囲の輪は少しずつ狭くなっていく。そして祭壇の前で完全に取り囲まれた。見れば冒険者達の息もあがり、これ以上の戦闘は続行不可能だった。
「皆さん。広域魔術を発動しますので私の側に居て下さい」
私を守る様に囲む冒険者達の背中に囁くと、前を向いたままで親指を立てた拳だけを私に向かって突き出す。私は即座に宝石を取り出して魔術の体裁を整えて術を発動する。
「なっ、何だ!?」
「ぐおぉぉ……」
「何かが押しかかってくる……」
「つ、潰れ……」
発動と同時にそれぞれがうめき声をあげたカピロテ達。立っている状態から中腰を経て地面へと這いつくばる。彼等の頭の上から空気の塊で押さえ付けてやったのだ。
「これ、嬢ちゃんがやっているのか?!」
「すげ……」
ひしめき合っていた狂信者達が一斉にひれ伏す光景を見渡しながら驚きの声を上げる男性冒険者たち。ひれ伏す彼等に女性冒険者は指を差した。
「それでこいつらどうするつもりなの? ヒトを生贄なんぞに捧げようとする狂信者なんか生かしておいても世の為にはならないと思うけど?」
それは確かにそうだけれども、一人一人剣を突き立てていては時間が掛かり過ぎるし、能力でプチッと潰したところで一帯が血の海と化して大惨事になる。オマケにグロいモノを見るハメになるし。
「地下神殿に閉じ込めるってのはどうですか?」
「え。どういう事?」
「あの階段を崩落させてしまえば奴等も追っては来れなくなります。商人達を連れて脱出するには十分な時間が稼げるでしょう」
商隊か狂信者達が使っていた馬車があればそれを使って逃げるとして、無かった場合には遺跡の入り口を塞いでしまえば最寄りの街に逃げ込めるだけの時間が稼げるだろう。
「なるほど。それはいい案だな」
「商隊の人達は無事なのか」
帝国屈指の商家の御曹司はダメだったけどね。
「甘いわね。ヤれる時にヤっておかないと後で面倒な事になるわよ」
そう言う女性冒険者の肩に男性冒険者が手を置いた。
「まあそう言うなよアキ。彼女のお陰でオレ達はこうして生きているんだから、彼女の言う通りにしようじゃないか」
「そうだな。ニックの言う通りだ」
「フレッドまで……分かったわよ。あなたに従うわ。それでどうする訳?」
「術を解くと同時に階段を駆け上がり、私達が通路に退避してから階段を崩落させる。そんな感じですね」
私がそう説明すると、ニックと呼ばれた冒険者が手を上げる。
「それなら二手に別れた方がいいだろう。オレとフレッドが商人達を迎えに行く。嬢ちゃんは階段を破壊してくれ。アキは彼女の護衛を頼む」
「オーケェイ」
「分かったわ」
「それでは、術を解きますよ」
フレッドの手の平と拳を撃ち合わせる音と共に狂信者達にかけていた術を解除する。のしかかっていた重りが解かれて安堵のため息をしている狂信者の間を私達は駆け抜けた。『ぎゃっ』とか『グエッ』とか聞こえて来てはいたがソコはスルーだ。
「容赦ないなオマエ」
「これくらいは当然よ」
聞けば、捕らわれてから終始エロい視線を向けられ続けていた腹いせなのだという。その気持ち分かるなぁ。
私達が階段のある壁際に着いた頃には狂信者達のほとんどが復活を果たし、『逃すな』『捕まえろ』と追って来るがもう遅い。階段に空気の塊を置いて下から昇ってこれなくして、私達は悠々と階段を昇っていく。途中、ヤケクソの投石攻撃があったもののそれも届かなくなると、やっと気を抜く事が出来た。
「おーおー、騒いどる騒いどる」
階段の踊り場から階下を見下ろすフレッド。狂信者達は階段を塞ぐ様に置いてある空気の塊に対して押してみたり引っ張ってみたり、何かをぶつけてみたりして何とか突破をしようと試みている。そんな彼等にフレッドは『はーい』と手なんか振っちゃって煽っていた。
「よし、それじゃ当初の予定通りに」
「ええ。護衛は任せて。商隊はよろしくね」
ニックとフレッドの足音が遠ざかる。私は深呼吸をして能力を消す準備をした。階段を塞いでいる空気の塊が消えれば狂信者達は大挙として押し寄せる。ここまで昇ってくるまでの時間は恐らくは三、四十秒程度だろう。それまでに階段の中に空気を送り込み階段を崩落させるのだ。
「ではいきます」
「ええ」
階下の空気の塊を消すと同時に力の限り押していた者達がすっ転ぶ。そんな彼等の上を目を血走らせた狂信者達が通り過ぎていく。転んだ人無事だといいけど。
能力を消した事で能力は一つしか使えないという神の祝福の縛りが解けた私は、今度は階段の内部に空気の塊を発生させる。それを外側へと膨らませる事で壁や階段などを容易に崩落させる事が出来るのだ。ガラガラと崩れ落ちた階段の端に立って茫然と立ち尽くす狂信者達。中には飛び越えようとする者も居たが、距離が足りず真っ逆さまに階下へ落ちて動かなくなった。
「フン。いい気味だわ」
階下を覗き込み落ちて動かなくなった狂信者に悪態をつくアキさん。
「それじゃあ、ニック達と合流しましょうか」
「そうですね」
罵倒する狂信者達に背を向けて、ニック達が消えていった通路を進む。予定では彼等が商隊の皆を助けに行っているはずだが……
追いかけて間もないうちに通路の奥から歓声が聞こえた。
「どうやらニック達が助け出したみたいね」
「はい。私達も急ぎ合流しましょう」
「そうね」
もしまだ狂信者の残党が残っていた場合、非戦闘員である商人達を連れている彼等二人だけでは対応が出来ない。私達(特に私)が加われば、その排除も容易になるだろう。
足は自然と早くなり、ランニングする様な速さで通路を進む。そこは大人と子供の歩幅の違い。私とアキさんとの距離も少しづつ離れていった。そして先行するアキさんが曲がり角に消えてすぐに短い悲鳴をあげた。
「アキさん?」
遅れて角を曲がった私がそこで見たのは、男に組み伏せられているアキさんの姿だった。
「おっと、動くなよ。こいつの先には毒が塗られている。体内に入ればものの数分でこいつは死ぬぞ」
「あんたは!」
アキさんの首筋に細い針の様な物を突き付けていたのは、商隊を襲った徒党のリーダー格の男。持っている物を弾き飛ばすのは造作も無い事だけれど、飛んだ針が何処へ飛ぶのか分からない。こいつの言う通り毒針だとするとそれは非常に危険過ぎる。
「階段は崩落して昇って来れないはず。一体何処から這い上がってきたのよ」
「ああ。追手を寸断させる良い手だったな。けれど、この遺跡には幾つもの隠し通路が存在しているんだよ」
隠し通路か。あるとは思っていたけれど探している暇は無かったからなぁ。だけど、どうしてコイツ一人なんだろう。大勢で来てもいいはずなんだけど……
「まあ、幹部の人間しか知らないんだがな」
なるほど。だから一人なのか。ならば――
「おっと、余計な事はするなよ? 驚いて手元が狂うかもしれないぞ?」
私が能力を使おうとした瞬間に男はアキさんを盾にする。次の行動を読まれた?! こいつ、エスパーか?!
「どうして私が何かすると思ったのよ。私はただの子供なのよ?」
「あんな器用に宝石を使っておいてか」
うっ。バレてたか。
「嬢ちゃんは顔に出過ぎるんだよ。今もこわーい目付きで睨んでいたぞ」
男は空いている手で自分の目尻を釣り上げる。そんな顔なんかしてないやい。けど、良い事を聞いた。ポーカーフェイスを貫けば能力を使用しても気付かれないという事だ。ならば――
「チッ、模造品共が来やがったか……」
通路の奥から聞こえて来る複数人の足音と話し声。ニックとフレッドが来ればこの男を包囲する事が出来る。
「もうすぐ仲間が来るわ。あんたも終わりね」
「いいや。嬢ちゃん、壁の根元にある出っ張りを踏みな」
「出っ張り……?」
壁と床の境目には男の言った通り出っ張りがあった。大きさはドアストッパーの倍はあり、先端が床の中に食い込んでいる。それを踏むと男の真横の壁が動きポッカリと穴を開けた。
「隠し通路……」
「そういう事だ」
男はそこへ入る様に顎で指図する。私は仕方なく男に従う事にした。
隠されていた通路に入ると獣油の臭いが鼻をつく。入り口部分には光を放つ石によって手元が見えるくらいの明るさがあるが奥へ進むにつれてそれが無くなり暗い。どうやら下へと続いているみたいだ。
「壁にある松明に明かりを灯しな」
壁には松明が立てかけてあり、その下の窪みには火打石がある。
「女の子にそんな重労働をさせるワケ?」
「生憎だが、オレは今両手が塞がっているのでね」
「はいはい。分かりましたよ」
壁から松明を下ろし窪みから火打石を取り出す。火打石での火付けは意外に重労働だ。石と石を打ち合わせて火花を出して種火を作り、燃えやすい小枝などに移す。この場合は松明に。その種火が出来るまでは延々と石を擦らなければならない。私が持つ火属性魔術なら簡単に火が付けられるんだけど宝石の再取得が出来なかったからなぁ。
「急げよ」
「急かさないでよ。点くものも点かないでしょ?」
火打石を擦り種火を作りながら、状況打開の道を探る。けれどその答えが出る前に火が点いてしまった。あちゃぁ。
☆ ☆ ☆
先を行くように指示をされて松明の明かりを頼りに下り坂を降りて行く。道はなだらかな坂となっていて大きく螺旋を描いていた。足を滑らせない様に気を付けながら気になっていた事を男に聞く。
「そういえば、さっき模造品とか言ってなかった? あれってどういう意味?」
「どうもこうもそのまんまの意味だ」
そのまんま? 確か模造品って他のを真似て作られたって意味だったと思うけど。
「なんだ。嬢ちゃんはうちの教団に興味があるのか?」
「別に興味はないけど気になったから」
人を生贄にしようなんて教団に興味なんかある訳がない。
「そうか。なら、興味が湧くように教えてやろう。これを聞けばきっと嬢ちゃんも入団したくなるぞ」
「あーそうですか」
どうせたいした話ではないと思い、話半分に聞いておいてアキさんを救出する手段を考えようと思っていた。だけど男の話はそんな考えすらも何処かに吹き飛んだ。
男曰く、この世界は男神によって創られた世界である。
男曰く、この世界で暮らしている人々は紛い物の模造品である。
男曰く、我々の戦いは世界を取り戻す為の聖戦である。
「どうだ? 驚いたろう」
確かに驚いた。私でなければ頭が狂ったとしか思えない発想だ。現に、捕らわれのアキさんは頭がおかしいと口にしている。
「この世界に暮らしている人々が紛い物なんてあるはずがないわ!」
「それって確かな情報なの?」
「もちろん。我らの祖の研究結果によるものだ。この世は既にそいつらに取って代わられている」
なんだって!?
「ふ。流石に驚いた様だな」
ニヤリと男は口角を吊り上げる。それに反応を示したのはアキさんだった。
「馬鹿も休み休み言いなさいよ。一体何が人に取って変われるというのよ。私達の代わりになる存在なんて何処を探しても居る筈がないわ!」
「……いえ、居ます」
私の言葉にアキさんは驚き、男は含み笑いをする。アキさんの主張は間違いだ。居るのだ我々に取って代われる存在が。
「影法師……」
「な!?」
「正解だ。聡い嬢ちゃんだな」
ありとあらゆるものに姿を変える事の出来る変幻自在の化け物だ。奴ならば人に取って代わるのも容易い。
「だけど分からない。紅玉石がある限り効果範囲内では活動すら出来ないはず。石は街や村に必ず置いてあるのに……」
紅玉石が放つ波動が影法師を退ける効果を持っているのだと教えられてきた。その影響範囲内で平然と生活なぞ出来るはずもない。だが、男は簡単だと答えた。
「それはな。紅玉石が持つ力は影法師除けの力じゃないからだ」
な、なんだってーっ!




