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三十二 高原に巣食う者


 朝日が昇り昼へと差し掛かる頃、道行く商隊の前に現れた幾人かの男達。片刃の剣を肩に担ぎ。あるいは手にした短剣に舌舐めずりをする者達に、商隊が雇った冒険者達が相対する。

 三対五。と、数的には少々不利だが護衛の任に就くくらいの腕に覚えがある者達と単なる野盗とでは質的有利と云える。けれど野盗の男が合図をすると、勇んで野盗の前に立った冒険者達の前に草むらの中からさらに五人もの野盗が姿を見せ質的優勢もへったくれもなくなった。


「草むらに潜んでっ?!」

「クソッ!」

 三対十。圧倒的な不利な立場に立たされ冒険者達の顔に焦りが生まれる。流石にこれは不味い。と判断し、彼等に助力すべくドアノブに手を伸ばす。すると冷たい金属質な感触ではなく柔らかな生暖かいものに触れる。


「あれ?」

 ふにゅっ。としたいつもと違う感触を不思議に思いおもわず手元を見ると、ソーセージみたいな指がドアノブを押さえつけていた。

 押さえ付けていたのは同じ馬車に乗り合わせたぽっちゃりした商人。私が馬車に乗った時からチラリチラリと私を盗み見ていたやつだ。


「い、一体何をするつもりなんだ?」

 外に聞こえない様にする為か、声のトーンを少し落として言う。


「何って、助けに行こうかと」

「だっ、ダメだ!」

 思わず大声を出して慌てて口を覆うぽっちゃり商人。窓の外をチラ見して盗賊達に気付かれていないと知るとトーンを落として小声で話す。


「盗賊は彼等(冒険者)に任せて、キミは大人しくしているんだ」

「そうは言っても彼等では勝てませんが?」

 善戦したとて立ち回っている隙に遠距離から狙われればどうしようもない。


「な、なら。ボクが彼等(野盗)と交渉をしてくる」

「交渉ですか?」

「そうだ。ぼ、ボクはこう見えても帝国では名の通った商人の息子だ。金になると分かれば奴等だって悪い様にはしないだろう。キミの事も手出ししない様に言って聞かせるから、上手くいった暁には、ぼ、ボクと結婚して欲しい」

 まあ、そんな事だろうとは思っていた。何せ馬車に乗り合わせた時からずーっと私の事見てたし。


「結婚する気なんかないですが、交渉とかしても無駄だと思いますよ」

「ど、どうしてだ?」

「彼等の関心は酒と金と女。交渉なんかに応じないと思いますよ」

「そ、そんなのはやってみないと分からないだろう?!」

 分かっているから止めているんだけど。


「な、なら。ここで見ててくれ。数々の大口の契約を結んだボクの話術で彼等とも取引を成功させてみせる!」

「あっ!」

 私の言葉も待たずに馬車のドアを開けて表へと飛び出したぽっちゃり商人。突然に現れた珍客に、冒険者と野盗。双方が驚く。


「こ、ここは危険です! 馬車の中に居て下さいっ!」

 抜き身の剣を構えながら、冒険者の一人がそう叫ぶ。その男に向かってぽっちゃり商人は指を差した。


「う、うるさいっ! お前達の代わりにこのボクが彼等と交渉をする!」

「交渉ですって?! 何をバカな事を――」

「いいから黙ってそこで見ていろ!」

 頭と話がある。と、声を上げるぽっちゃり商人。その彼の前に一人の男が立った。


「オレがそうだが、何か用でもあるのか?」

「ぼ、ボクは帝国でも屈指の商人の息子だ。ヴァイレット商会。この名前を聞いた事があるだろう?」

「へぇ。アンタあの大商人の息子なのか」

 それはそれは。と、顎に触れながらぽっちゃり商人を頭からつま先へと視線を下げ、再び顔に視線を戻す男。

 知っているなら話は早い。と、早速交渉に乗り出すぽっちゃり商人。身振り手振りを交え、時には談笑しながら話を進めていく。そして最後には双方満面の笑みでガッチリと握手を交わし、話し合いは終了した。

 まさか本当に交渉を成立させたのか? 誰もがそう思った次の瞬間にぽっちゃり商人の背中から何かが飛び出した。


「がはっ!」

 丸に近い体をくの字に曲げて、交渉を続けていたその口から真っ赤な液体が溢れ落ちる。


「我々を野盗共と一緒にするな」

 吐き捨てた男は怒りが籠った冷徹な目をしていた。そして男は突き刺していた剣を商人の体から引き抜き、そのまま流れる様な仕草でぽっちゃり商人の首を刎ねるとそこかしこで悲鳴が上がった。


「いいかおまえら。我々を盗賊と同じに見るなよ? 我々は奴らとは違い、崇高な思想の下で活動をしている。おまえらはその礎となるのだ!」

 ぽっちゃり商人を刺し貫いた紅に染まった剣を空高く突き出す男。その剣を勢い良く振り下ろして付いた血を振り払うと、鞘へと収める。『光栄に思え』と、決め台詞を残して。


「では皆様。我々烏木(うぼく)党の活動拠点に案内しよう」

 徒党の頭である男の言葉に周りが騒めきたつ。どうやら烏木党なるものがどういうものか知っている様子。その怯えた様子からロクな組織ではないと判断できる。

 野盗と一緒にするな。とか、崇高な思想。なんて言っている事から奴等は何かを信仰しているカルト集団である事が分かる。しかも結構な過激派の様だ。


「そういう事なら遠慮は要らないな」

 彼は一応この商隊の責任者でもあった訳だし、飛び入りで乗せてもらった恩もある。それに、武器を持たぬ相手の命を平然と刈り取るなんざその辺の盗賊と何ら変わる事はない。

 そんな奴等に好き勝手をさせる訳にはいかない。そう思い、馬車のドアをガチャリと開けると思いの外大きな音がしたのか、皆の視線を一身に集めた。

 一瞬警戒色を強めた野盗達も、現れたのが年端もいかない美少女であった事に彼等の頬も緩んだ。


「お嬢ちゃん大人しくしてな。そうすれば命だけはおっ?!」

 先ほどの警戒心も何処へやら。子供だと油断して近付いて来た徒党の一人が空高く舞う。『ひああっ』と、奇妙な叫び声を上げながら最高点に到達した彼は、今度は『ちょ、まっ!』と声を上げながら地面に向かって真っ逆さま。高原特有の丈の低い草むらの中に生々しい音を響かせると、耳障りな鳴き声がピタリと止んだ。

 男が空中遊泳を楽しんでいる間、驚きのあまり口を開けたままで男の行方を視線で追っていた者達も、敵味方問わず今度はその表情を私に向けた。


「おいお前。何をした?」

 ぽっちゃり商人を殺した男が鋭い目付きで問う。その男に私は肩をすくめてみせた。


「さあ? この辺り特有の突風ではありませんこと?」

「そんな訳があるか!」

 徒党の一人が即座にツッコミを入れる。その間もその男は冷たい視線で私を見ていた。


「そうか。ならば飛ばされない様に注意をしなければな……」

 男が指を鳴らすと徒党達が一斉に剣を抜き、そして商人達の首に剣を当てがうと、商人達から悲鳴が上がる。


「これなら飛ばされても安心だな」

「その様ですわね」

 辛うじて表情には出なかったものの、内心ではかなり焦っていた。未知の力を目の当たりにした彼等が浮き足立つと予想をしていた。その隙に各個撃破すれば済むと思っていた。

 けれど彼等は……いや、彼は思っていた以上に冷静さを保っていた。そして人質を取って抵抗が出来なくなった私に無造作に近付くと、右手を差し出した。


「渡して貰おうか?」

「何を?」

「決まっているだろう? その手の中に隠し持っている物だよ」

 早くしろと言わんばかりに差し出した手の平を上下に振る。


「何の話かしら?」

「そうか。それなら……」

 男が徒党に目配せを行うと、商人達の首に突き付けている剣に力が籠り始める。


「あれだけ強い風が吹いたんだ。今度は雨が降るに違いないな」

 私を見下ろし、ゆっくりと指を鳴らす仕草を取る。先程、金ズルになる筈の大商人の息子をあっさりと殺した以上、彼等は躊躇なく血の雨を降らすだろう。


「分かったわよ。渡せば良いのでしょう?」

「分かってくれて助かる。雨具の持ち合わせが無いもんでな、濡れ鼠になる所だった」

 大きくため息を吐いて男の手の平の上に隠し持っていた物を乗せた。男は手の中の固い物を指でつまみ、そのまま陽の光で透かし見る。


「何だこりゃ。まるで本物じゃねぇか。こんな宝石(ジュエル)もあるのか……?」

「(たいした目利きね。大当たりだわ)」

 陽の光に翳しただけで真贋を見抜いた男に感心する。

 男に渡した宝石(ジュエル)は紛う事なき偽物だ。ソレイユ皇国で報酬を頂いた折、紛失したままで放置していた宝石(ジュエル)の再取得を教会に申請したものの何故か断られ、仕方なしに似た形をした『本物』の宝石を買い込んでおいた。

 本来は赤。すなわち火属性の宝石(ジュエル)なのだが、神の祝福(ギフト)による能力は風に酷似している事から緑色のエメラルドをチョイス。それを手の中に隠し持っていたという訳だ。


 男はその本物の宝石をポケットに仕舞い込むと徒党に退却を命じる。そうして捕らわれの身となった私達を連れ、やって来たのは山の裾野にある古そうな遺跡だった。



 ☆ ☆ ☆



 そこはベルデ遺跡と呼ばれていた。かつては栄えていたであろう街並みは風化して朽ち果て、今や高原の一部と化している。その最奥部に彼等の拠点が在った。

 山を掘って作ったと思しきその建造物は見上げるほどに大きく、陽の光が届かない為に内部はひんやりと肌寒い。夏の避暑地としては申し分ないが、彼等はそんな理由でここを使っている訳ではないだろう。


「ここで大人しくしていろ」

 私達を地下牢に放り込み、一言残して去る男の背に不満の声を漏らす商人達。それを無視して男が居なくなると、何処からか嗚咽が漏れ始めた。


「我々は一体どうなるんだ……」

 誰にも答える事の出来ない問いが飛び、返答出来ずに誰もが口を噤む。まあ、私達をもてなすつもりでは無いのは確かだろう。閉口する彼等を眺めながら私は密かに脱出方法を模索していた。


「(鉄格子を破壊する? いいえ、ダメね)」

 鉄格子を破壊するのは簡単だ。しかし、助かりたい一心で我先にと暴走する輩が出ては非常にやり辛い。懇切丁寧に説明しても抜け駆けする輩が居るだろう。


「(やっぱり一人で抜け出して助けを呼ぶ方が無難かしら?)」

 鉄格子の隙間を私だけが通れる様に僅かに広げ、近場の警備隊詰め所に駆け込む。それが最良の方法だろう。単独なら邪魔も入らないし、隠密行動を取りやすい。


「(だけど今はまだダメね……)」

 同じ牢に捕らわれているのは十四人。現在は極度の緊張状態にある為に私が脱出する姿を見たらオレも私もと騒ぐのは目に見えている。

 ならば、行動をおこすのは皆が寝静まった深夜と決め、体力を温存する為に私はソッと目を閉じた。



 ――深夜。……多分。ちょっと寝過ぎた感があるが、ともかく皆が寝静まっている事から夜中である事は間違い無いだろう。だいぶ眠気はスッキリとしているが。


「よしよし。それじゃ始めようか」

 床で大いびきをかいて寝ている人達を踏まない様に注意をしつつ鉄格子に近付き、格子と格子の間の隙間に空気を挟む。そしてその空気を徐々に膨らませていき、格子を歪ませた。


「よし。これなら通れそう」

 歪んだ格子の隙間に体を潜らせる。胸が引っかかって若干焦った以外は問題なく通路に出れた。


「誰にも見られてはいないわね……」

 牢屋の中を覗き込み、何も変わってない事を確認して出口へ向かって歩き出す。途中で聞こえた足音に慌てて姿隠しの術を使い警戒しながら右へ左へと通路を進むと、見覚えのない広い部屋に突き当たった。


「あれ? 道を間違えたっぽいなぁ」

 連れてこられた時にはこんな大きな部屋は通らなかったはずだ。


「それにしても広い部屋ね。一体何をする場所なのかしら……」

 石材で作られた柵から身を乗り出して覗き込む。そこに広がる信じられない光景に私は息をのんだ。

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