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三十 ランクアップ

 混乱は皇国中に広がっていた。空を別つかの様に天高く聳え立つ黒い柱に、民の不安は少しづつ積み重なっていく。

 越境出来る者は土地を離れ、そうでない者は加護を求め城へと押し寄せる。流通は完全にストップし、賑やかだった大通りは出店すら立っていない。軍港では連日明かりが灯されて、軍艦の出航の準備を整えている。この異変を好機とみたサハギン達が攻勢に転じつつあるのだと、侍女達のもっぱらの噂だった。


「我が国はどうなってしまうのでしょうか?」

 真っ青な空に聳え立つ真っ黒な柱をバルコニーから眺めているアンリちゃんが不安そうに言う。けれど、その問いには誰も答えられないだろう。このまま何もないかもしれないし、突然私と同じ似姿の黒い影が床から盛り上がって私達の目の前に現れ、真っ赤な口を開けてニタリと笑むかもしれない。なにしろ相手は私達の常識が通用しない存在なのだから。


 トントン。とドアをノックする音にドア近くに控えていたアンリちゃん付きの侍女が対応する。


「皇王陛下がお越しになりました」

 来客があった事を伝え、ドアを大きく開け放って数歩下がって畏まる。バルコニーから部屋へと戻った私はスカートを持ち上げてカーテシーを行った。


「突然にすまぬな」

「いいえ構いません。それで、どの様なご用件なのでしょうか?」

「なに、そなたに礼を言いにな」

 言って皇王様は頭を垂れる。皇王様に追従してきた者も、またアンリちゃんのお付きの侍女達も皆例外なく驚いていた。


「娘を助けて下さって有り難う。誠に感謝しておる」

「あ、頭を上げてください。お付きの人達が驚いているではありませんか」

 慌ててやんわりと窘める。


「なに。そんな些細な事は気にしてはおれんよ。なにせそなたは娘の命を救ってくれた英雄なのだからな」

「英雄、ですか?」

「そうだ。捕らわれの姫を悪漢より救い出し、首謀者である海賊共を壊滅に追いやった。まさに英雄というべき行動だ」

 恐らくは報告を受けた皇王様自身がそう解釈したのだろう。彼の話は伝言ゲームの様に真実とは若干違っている。このままでは英雄に祀り上げられてしまいかねないので、私は真実を話して聞かせる事にした。


「恐れながら、皇王陛下の仰った事は誤解なのです」

「誤解とな?」

「はい。左様です」

 ヴァストゥーク側へ侵入したサハギンの駆除を知り合いの冒険者と共に行っていた所、アクシデントに見舞われて海賊のアジトへと流れ着いてしまった事。

 離れ離れになってしまった冒険者を探索中に姫様が捕らわれの身になっている事を知ったものの、助け出す前に海賊船に乗せられ移送されてしまった事。それ等を話すと皇王様はなるほどと頷きながら聞いていた。


「海賊の壊滅は皇国海軍の功績ですし、全ては偶然の産物に過ぎません。ですから私は英雄などではありません」

「だが、娘を助け出してくれたであろう?」

「それは、そうですが……」

「娘を助ける為に単身で海賊船に乗り込み、海へと落ちたアンリエッタを助けて下さった。その勇気ある行動こそ英雄と呼ぶに相応しくはないかね?」

 た、確かに。……あれ? もしかして私、英雄扱いを回避しようとして真実を伝えた結果、逃げられなくなった?!


「さ、左様で御座います」

「ならば、そなたは英雄だ。それも、我が国を救って下さった救国の英雄殿だ」

 グレードアップしてないっ?!


「きゅ、救国で御座いますか……?」

「そうだ」

 皇王様はアンリちゃんの頭に手を乗せた。


「アンリエッタを失う事があっては、我が国の将来も立ち行く事叶うまい。そなたは娘の命を救っただけでなく、我が国をも救った事になるのだ」

「さ、左様で御座いますか」

 確かに世継ぎが生まれないと国の存続が危ぶまれるけどさ。姫様助けただけで救国の英雄扱いとか、大袈裟過ぎない?


「そなたの気持ちも分からんでもないが、諦めて素直に受けておくがよい」

 心の内を見抜かれてたっ。


「わ、分かりました。有り難く頂戴致します」

「うむ。それで、これからどうするつもりだ英雄殿?」

 その呼び方を止めて欲しいんだけど。


「家に帰ろうと思います」

「え……帰ってしまわれるのですかお姉様?」

 小さな手を胸の前でギュッと握り、眉をハの字にさせながら寂しそうな表情をするアンリちゃん。


「ごめんね。私も両親に……パパとママに会いたいの」

 ヴァストゥークの第二王子に拉致られて以来、一ヶ月近く顔を見ていない。

 殺された護衛の兵士達。それに影法師の侵食によってヴァストゥークが滅んだ事から恐らくは私が死んだと思っている事だろう。お父様あたりは燃え尽きたボクサーの様に真っ白になって部屋の隅で転がっているに違いない。


「しかし、帰ると言ってもヴァストゥークへの道は通れぬし、海路もサハギン共の所為で通す訳にはいかん。どうやって帰る?」

 私の神の祝福(ギフト)ならば影法師の干渉を受けずに済むけど、封鎖している街道を歩いて行く訳にはいかない。海路も出してくれそうな船はないだろう。ならば、方法は一つ。


「いささか時間は要しますが、帝国領を通って帰ろうと思っています。しかし……」

「何か問題でも?」

「はい。私の冒険者ランクが低過ぎて、越境が出来ないのです」

「ふむ。私は冒険者の規則には疎いのだが、どうすれば良いのだ?」

「越境をする為にはランクと呼ばれる階級がDである必要があります。現在の私のランクはFですので……」

 カードを作ってから今まで色々な事が重なった為にランク上げは疎かになっている。なので未だ私はランクFの駆け出し冒険者のままだ。


「ギルドに通ってランクを上げるしかありません」

「なるほどな。そのランク、私の口添えでどうにかなるのか?」

 皇王様の目配せから、その言葉は私に向けられたものではないと分かった。

 その言葉を向けられた人物は一歩進んで恭しく一礼をしてから口を開く。


「可能で御座います」

 マジか!


「ならば早急に冒険者ギルドに話を通せ」

「仰せのままに」

 再び恭しく一礼をしてから退室していく初老の執事さん。とんとん拍子にランクアップしてしまったな。


「面倒をかけるが、後でギルドへ行ってランクとやらの更新を行なってくれ」

「それは構いませんが、よろしいのですか?」

「なに、構わぬよ。これくらいの事はさせて貰おう。それと――」


 皇王様が左手を肩まで上げると、ドア側に控えていた侍女の一人が皇王様の側に寄った。その侍女は、一目で高級と分かるお盆の様な物を両手で持ち、その上には小さな麻袋が乗っていた。

 チャラリと僅かに聞こえたその音から、その中身はお金だろうと推察する。それが金貨だとしたら、ぽっちゃりと膨れた袋の中身にはどれだけの額が入っている事やら。


「これで旅の支度を整えるが良かろう。支度を終えたならひと言申せ。国境までは送らせよう」

「有り難く頂戴致します」

 一礼して差し出されたお盆から袋を取る。お盆の上に乗せていた物が無くなった侍女が頭を下げながら後ろに下がった。



 ☆ ☆ ☆



 よく晴れた青空の下、一台の馬車が人通りがまばらなメインストリートを走っていた。馬車内から見える人々は皆何処か俯き加減で、人でごった返していたかつての賑わいは夢か幻の様に思えた。

 馬車はメインストリートをしばらく走り、一軒の建物の前で止まる。御者を務めている三十代と思しき兵士さんが御者席から降りて馬車のドアを開けた。


「到着致しました」

「ありがとう」

 礼を言って差し伸べる手を取り馬車から降りる。流石はお城勤めの兵士さんだけあって令嬢相手の作法も慣れた様子だ。


「それでは私はこれで失礼致します。お帰りの際は最寄りの衛兵詰所にお立ち寄り下さい。皇城まで馬車を走らせる様、通達がされておりますので」

「分かったわ」

 兵士さんは一礼して御者席に乗り込み、手綱を波立たせる。去り行く馬車の見送りもそこそこに、目的地の一つである建物の中に入った。



 冒険者ギルドソレイユ支部。開け放たれたままの扉を潜ると、二階吹き抜けの広い空間が面前に広がる。

 教室を上下に重ねた様な室内には、各種依頼を受け付ける窓口が三つほど設えてあり、壁には国内各所からの依頼書が冒険者の手に取られるのを今か今かと待っている。


「流石に閑散としているわね……」

 何事もなければ冒険者で賑わっているのだろうが、今は僅か数名が掲示板を眺めているのみ。なのでその室内が余計に広く感じた。


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドソレイユ支部にようこそ。本日はどの様なご用件でしょうか?」

 テンプレートであろう文言をにこやかに言う受付嬢が、笑顔の裏で私を値踏みする様な視線を向けている。まあ、冒険者らしくない格好をしているから無理もない。


「わたくし、ルナルフレ・アストルムと申します。皇王陛下よりギルドマスター宛てに書状を預かって参りました」

 カウンターに蝋で封印をされた手紙を置く。その中には多分、私のランクアップの要請書が入っている。


「か、畏まりました。少々お待ち下さい」

 受付嬢は驚きながらも手紙を受け取り、階段を上がって通路の奥へと消える。そして、行った時以上に慌てて戻って来た。


「ギルドマスターがお会いになります。どうぞこちらへ」

 コクリと頷き受付嬢の後についていく。階段を登る途中で室内に居た冒険者達にチラリと視線を向けると、彼等は皆例外なく驚いている様子だった。


「マスター。お連れしました」

『入れ』

 室内から男性の声が響く。受付嬢がドアを開けると、執務机に座っていた男性が立ち上がった。


「当ギルドのマスター、ディナルドだ。ディナルド・オーレン」

 歳は四十台くらいだろうか。深緑色のタンクトップにボディビルダー顔負けの筋肉が盛り上がり、その胸板は今にもピクピクと動き出しそうだ。二の腕も私の腰くらいに太く、なかやま◯んに君なぞメじゃないその肉体には幾つもの傷痕が残っていた。


「ルナルフレ・アストルムと申します」

 スカートを摘み上げカーテシーを行う。


「日々荒くれ者達を相手にしている所為か、敬語というのはどうも苦手でね。無礼は承知しておいてくれ」

「普段通りにして頂いて構いませんわオーレン様」

 助かる。と言って執務机の前に置かれた応接セットを手の平で指し示し、座る様に促された。


「さて、ルナルフレ嬢をランクアップして欲しいという事は既に聞いている。それで聞きたいんだが、一体何をやったんだ?」

 オーレンさんがソファーにドサリと腰を下ろすと、ソファーが悲痛の雄叫びを上げた。座っている部分を中心にソファーが歪んで見えるのは気の所為か。


「別に大した事をしていないのですが……」

 自分が行ってきた事を余計な脚色はせずに真実のみを伝える。オーレンさんは私の話を頷きながら聞いていた。


「なるほど、概ね書簡通りの内容だな。……しかし、熟練の冒険者でも達成困難な事をよくもこなせたものだな」

「熟練冒険者さんにご教授して頂いたお陰でしょうか」

「ほう? どんな奴だ?」

 エルフ族のミーシアさんにドワーフ族のユーイさん。人族のデュークさんにエリオンさん。その特徴とCランク冒険者である彼らと共に西側に侵入したサハギンの討伐依頼中に離れ離れになってしまった事を話して聞かせた。


「なるほどな。ならば、ギルドの掲示板を使うがいいだろう」

「掲示板を?」

「そうだ。彼らも冒険者である以上は立ち寄ったギルドの掲示板は必ず見るはずだ。そこに、自分は無事でこれからどこに向かうのか残しておけば安心するだろう」

「なるほど……」

 それならば探す手間も省けるし、上手くいけば合流も出来るかもしれないな。


「さて、長話が過ぎたな」

 オーレンさんは立ち上がり、執務机に向かう。机上に置かれていた一枚のカードを持ち出して私に差し出した。


「更新したギルドカードだ。古い物はこちらで処分するから渡してくれ」

「はい」

 ポケットからギルドカードを取り出してオーレンさんに渡し、代わりに更新されたカードを受け取る。そこに書かれた文字に、私は目を見開いたままで固まっていた。


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