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二十八 不測の事態

 オーバーハングした船尾を見上げ、どうしたものかと考える。窓がある船室までの高さは十メートルほど。これはビルでいうところの四階相当の高さになる。甲板は更に上だ。船尾には船を方向転換させる舵があるだけだった。


「これじゃ登っていけない……」

 沈めちゃえば話は早いが人質が乗っている可能性を考えるとそうもいかない。下は海だし船体に手を付きながら空中遊泳をしてみようか。などと考えていると、海賊船は速力を上げだして私の乗る小舟が波に巻かれて引きずられて暴れ始め、慌てて船にしがみついた。


「私を引き離そうとしてる?」

 取り付いた小舟を引き剥がし、再び艦砲で攻撃しようという思惑か。ならば意地でも張り付いていれば味方を巻き込むような砲撃は出来ないだろう。そう考え、離されない様に能力の制御に集中をしていた。しかし、それは間違っていた事をすぐに知る。

 パシャリ。と、水を叩く音にふと視線を横に向けると、海賊船の影からもう一隻の海賊船が姿を現した。甲板上には船乗り達がズラリと並び、その全員が何かを持ったまま半身の状態。その持っていた物が弓だと気付くと同時に一斉に青空高く細い物体が打ち上げられた。


 雹のように降り注ぐ細い物体。その正体は海鳥の羽根が付いた矢だった。私目掛けて放たれた矢は、咄嗟に張ったエアシールドで弾かれそのほとんどが海に落ちる。うち二本だけは間に合わずにシールドを通過していた。そのうちの一本は船べりに突き刺さり、もう一本は私に首筋に赤い軌跡を残して海に消えた。

 バクバクと心臓の鼓動が早鐘のように打っている。あと五センチずれていたら。濃厚な死の香りが残るシールド内で引きつけをおこそうとしているのを必死でなだめていた。


「構えっ!」

 号令と共に矢を乗せた弦が目一杯に引かれる。再び雹の様に降り注ぐ矢。けれど今度はしっかりとシールドを張っていて、あらぬ方向へと弾かれる。そして三度(みたび)弦が引かれる。


「しつこいっ!」

 狙うは矢を射かけた直後。シールドを解き大きな壁を作り出して船の横腹にぶつけて、船のバランスを大きく崩す。これで弓兵は甲板を転がるか海に落ちるかして無力化出来る。

 大きな壁のイメージを作りつつ、私はその時を待った。しかし、弓兵は矢を打つ事もなく甲板へと消えた。


「え……?」

 どうしたのだろう。矢が効かないから引っ込んだのだろうか? 海賊達の急で不可解な行動を疑問に思っていると、目の前の海賊船から爆音が轟いた。


「砲撃!? 一体何処に向かって?!」

 更に二隻目の海賊船からも砲撃が開始される。狙いは私じゃない。

 高く上がった砲弾は、遥か彼方の水平線に消えて水柱が上がる。その水平線に、四つの何かが生えていた。


「あ、あれは……」

 帆に大きく描かれた太陽を示す円形を象った国章が、風を目一杯受けて膨らんでいる。

 ソレイユ皇国。大陸最東端の日出ずる国。サハギンとの争いで精練され続けた最強とも云われる海軍を有する国。日本と同じく天皇が存在している国ではあるものの、日本と違って天皇が国を治めている国家。

 その国の軍隊が海賊船に攻撃を仕掛けている。恐らくは攫われた皇女様の居場所を聞き出す為に海賊達を拿捕しようとしているのだろう。けれど彼等は知らない。救出すべき姫様がこの船に乗せられている事を。だからこそ躊躇なく砲撃を続けている。


「このままじゃ不味いわ……」

 爆発しないただの鉄球とはいっても当たりどころが悪ければ勿論死ぬ。どうにかして救うべき人物が乗船している事を伝えねばならない。その為には砲弾飛び交う海域を強行突破する。あるいは交戦海域を大きく迂回するしかない。けれど、交戦海域を進めば両方から的にされる恐れがあるし、大きく迂回していては海賊船が無事である保証がない。中央を進めば私が海の藻屑と化し。回り道すれば海賊船が沈んでもれなく姫様も海の藻屑と化す。


「どうしたら……」

 最善の解決策は無いだろうか? と、頭を悩ませていると、大きな破壊音と共に目の前の海賊船が大きく傾いた。


「船が沈む?!」

 一瞬ひやりとしたが、船はなんとか持ち直した様子で元に戻っていた。でも完全に元通りという訳でも無いようで、僅かながら斜めになりながらも航行を続けている。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、もう一刻の猶予もない事に表情を引き締めた。


「こうなったら何が何でも船に乗り込んで、姫様を助けないと」

 速力が落ちた船の後部から側面に回り込むと、さっきの砲撃で被弾したのであろう穴が開いていた。


「少し高いけどイケるか……?」

 能力を使っての大ジャンプ。地上では失敗したらと思うと怖くて使えないが海の上ならその恐怖も和らぐ。小舟を操作して穴の下まで移動をし、砲撃の合間を縫ってシールドを解除。即座に大ジャンプする。グググ。と、重力を感じた刹那、今度はふわりと無重力に包まれて開いた穴に着地する。上手くいったと顔を綻ばせた直後、広がる惨状とむせ返るような血の臭いに顔を顰めた。


「酷い……」

 死屍累々。そんな言葉がよく似合っている。血に塗れた床には多くの海賊達が倒れ伏している。そのほとんどが既に死んでいたが、中には手や足が無くなっている者や頭に木片が刺さったままで彷徨い歩いている者も居た。そんな彼等を手当している者も居た。私は近場で蹲っている海賊へと向かう。その男は右手が無くなっていて左手で必死に止血をしていた。


「皇国の姫様は何処に居るの?」

「な、んでこんな所に子供が……?」

「いいから答えて。あなた達が攫ったお姫様は何処?」

 男は首を力無く振る。


「知ら、ない……」

「そ」

 男から目を離して視線をぐるりと巡らすと、倒れている男に手当をしている男が目に止まった。白衣を着ている事からこの船の医師なのだろう。


「待ってなさい。船医を連れてくるわ」

「すまな、い」

 そう言った直後に力なく俯いた男。それ以降、男が会話する事はなかった。床に広がる血の量から、出血多量で死んだ様だった。私はその場を離れ、白衣の男に忍び寄る。そして懸命に手当をしているその後ろから男の首を能力で拘束する。


「あ、がっ?!」

「答えて。お姫様は何処?」

 開いている手をゆっくりと閉じていく。その手に従って、拘束している首輪が男の首を締める。


「五秒以内に答えないとあなたの両肩が頭部の重みに耐えなくても済む様になるわよ」

「ばっ、ばっでくでっ! じっているっ!」

「何処に居るの?」

「ぜ、船長じつだっ!」

「ありがと」

 ニコリと微笑んで男に礼を言い、背を向けて船長室へと歩き出す。船医の男は床に向かって咳をした後、ゆっくりと立ち上がった。


「やれやれ……」

 私はため息を吐いて男の方へと向き直る。白衣を着た男は私を睨み付け、その手には拾ったのであろう剣が握られていた。


「小娘。大人しくしていれば命までは取らない」

 警戒するように一歩を踏み出す白衣の男。私を見つめるその目は一挙手一投足を見逃すまいとしていた。


「所詮は海賊なのね……」

 怪我人には必要だからと殺さずにいたが、害を成すとなれば話は別だ。私は男の首に向かって腕を伸ばし、開いた手の平をきゅっと握った。手にしていた剣が床に落ちて大きな音を立てる。対象的にその剣を持っていた男は叫ぶ事もなく静かにもがき、やがて動かなくなった。


「余計な事をしなければ助けられる命もあったでしょうに」

 能力を解くと男はその場に崩れ落ちた。



 ☆ ☆ ☆



 砲弾を打ち込まれ、砲弾を打ち返す。私の存在に気が付かない。あるいは構っている余裕がないほどに、懸命になって反撃をしている海賊達を横目に私は甲板への階段を駆け上がる。びゅう。と吹き込んだ潮風に、最近手入れもろくにできなかった髪が舞い踊る。暴れる髪を押さえつけながら甲板へと上がると、海面の低さに驚いた。


「もうこんなに?!」

 通常時の半分くらいだろうか? 同じ高さであるはずのもう一隻の海賊船を見上げる程までに高低差が出来ていた。このままでは沈むのも時間の問題だ。私は急ぎ船尾に向かって駆け出した。

 途中、皇国軍からの砲撃を受けて海賊船が大きく傾き、よろめいて海へと転がり落ちそうになりながらも、船の舵を取る操舵輪の下にある扉に辿り着いた。


 後甲板へと上る左右両階段の横には、船内の部屋に通じる扉が設えてある。船員や奴隷の漕ぎ手達を通す為ではないこの扉の奥には、来客の為の応接室やこの船の長である船長室などが置かれている。

 その扉をゆっくりと開けて中を覗き見ると、明らかに違うと分かる材質の木をふんだんに使った通路と高級な(シルク)を使った玉座の間に使われる様な踏むには恐れ多い真っ赤な絨毯が敷かれていた。

 多少バタバタしても音が吸収されてしまう絨毯の上を抜き足差し足で歩き、二十メートルほど進んだ所の角の手前で壁に背をつけて角の先を覗き見た。


「よかった。出払っているみたい」

 本来ならその扉の前に護衛の一人でも居るはずだが、戦闘中だからか。あるいは沈みゆく船から逃げ出したのか誰も居ない。その扉の正面には立たずに横に立って、ドアノブを捻って扉を開ける。アクション映画などでよく見かける部屋への突入法。ドアが開いた瞬間に襲われない為の方法だ。


「特に反応はなし」

 飛び道具で攻撃される訳でもなく、誰かが飛び出してくる事もなく、誰かから誰何される事もない。けれど万が一を考えて能力でシールドを展開し、部屋へと飛び込んだ。


 高級な(シルク)が敷かれた部屋には、重厚そうな執務机。それから応接セットのテーブルが置かれていた痕跡のみを残して部屋の隅へと追いやられている。船が傾いた時にひっくり返ったのだろう。

 そんな船長室の一角に黒塗りの鉄格子という、豪奢な船長室にはおおよそ似つかわしくない檻が置かれていた。その中から突然現れた珍客。すなわち私に向かってその目をクリックリに開いて驚きの表情をした女の子が居た。


「ソレイユ皇国の皇女様ですね?」

 私が問うとその女の子は無言でコクコクと頷いた。


「あ、あなたは……?」

「私はルナルフレ・アストルム。あなた様を海賊の手からお救いに参った者です」

 檻の奥の方で怯えていたお姫様は、檻内の僅かな距離を駆け寄って鉄格子を掴んだ。


「助けて頂けるのですか?!」

「はい」

 私がコクリと頷くと、終始怯えていた姫様の表情が和らいだ。しかし、その表情を覆い隠すかの様な埃が強烈な破壊音と共に船長室を覆い尽くして視界を塞ぐ。

 

「くっ!」

 能力を使用してもうもうと立ち込める埃を排除する。埃が晴れると豪奢だったその部屋が見る影もなくなっている事に唖然とした。

 飾られていた調度品は何処かへと消え、重厚そうな机や応接セットは折れ砕け、真っ赤な絨毯は引き裂かれている。天井には裂けた様な亀裂が走り青空が見えている。皇国軍の砲撃が運悪く当たった様だった。


「姫様っ!」

 微笑みかけていた皇国の姫君は檻の奥へと吹き飛ばされて倒れている。見た所外傷はない。が、その檻が少しづつ遠ざかっていく。


「いけないっ!」

 檻を海に落とす訳にはいかない。能力を使って檻を引き寄せようとした時、頭上から大量の木片と共に太い丸太や分厚い布などが落ちてくる。


「これは、帆?!」

 木の太さから推測するに恐らくは船の後部にそびえるマスト。確かミズンマストとか言ったはずだ。そのマストの帆が姫様の檻を覆い隠し、同時に辛うじて持ち堪えていた船長室をも破壊する。そして檻をも覆い隠して諸共海中に没していく。


 私は迷わず海に向かって飛び込んだ。

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