第18話
受領証にサインを貰い、チップlikeを貰って俺達はファイサラーバードの街で、四人で軽くお茶をした後油田基地への帰路へと着いた。
道中の帰り道ではレイダー、アフガン解放戦線の強襲も無く、ドライブのような感覚でふわふわとした心持で俺達はドラゴを走らせる。まっすぐ来た道をそのまま逆走、レイダーと戦った戦闘域も突っ切って奔る。
死体は野晒しに夕焼けに暮れる中に大地に染み込んだ血の赤色はより赤く感じれ、黄昏を誘うように黒々とした烏たちが空を舞っていた。奔るさなかチラリとレイダーたちの死体を一瞥する俺達は呪ってくれるなと、班員全員で手を合わせて南無阿弥陀仏と繰り返す。
死体はどれも原型を留めていなかったが、何とか人の形をしているそれらは恨めしそうに俺達を見ていて、その死者の視線に俺達は素顔を晒す事無く、立ち去った。
死人の呼び声が聞こえてきそうな生々しいその光景は何を隠そう、この俺達が作ったモノでどう言い訳を言い繕うと現実は覆せなかった。
俺達はもう殺人者と言う肩書を得た傭兵だった。
なぜ彼らを殺す必要があった? 。パキスタンの経済を円滑に進める為の仕方のない事だった。
なば何故レイダーの無力化制圧をしなかった? 。戦闘行為に歯止めが利かなかったからだ、ドラゴと言う絶対的な武力を持っていてもRPGの砲撃で俺達も死ぬしAKやドラグノフでもドラゴの関節部を精密に狙われれば機能不全が起こる。
そうなれば機体の破棄もあり得る。そこからの流れはお決まりだ。レイダーに捕虜にされ身代金要求をホーク・ディードと交わされ、五体満足で返れなくとも少なくとも命はある状態で生還することとなる。
一応ホーク・ディードの親会社、R.G.I社『ライオット・グラディアス・インダストリー』の社員用生命保険パッケージには捕虜身代金に関する保険があるが、それも破格なもので、もしそれが発動したのならそれこそ一生ホーク・ディードに飼殺される事になるだろう。
この世知辛い世の中でやっぱり金、likeは絶対の意味を持って俺達をキツク深く縛ってくる。
飯を食うにもlikeが要る、水を飲むにもlikeが要る、電気を使うのも当然ながらlikeが要る。生きるのにはlikeが要る。
だから俺達はレイダーを皆殺しにしたんじゃないか、恨むなら恨めばいい。でもお前たちがもし俺達を襲って殺そうものなら同じように死体になっても呪ってやる。
そう死体たちに言い聞かせるようにロードホイールの回転音を鳴らして俺達はその場から去った。
「……はァ」
なんとなしにため息が漏れ、俺はドラゴの中でアフガニスタンの夕焼けにちょっとだけ里心が湧いてい来る。
夕日は不思議だ。それを見ているだけで家に帰らないと考えてしまう。ボケた老人っが夕日で幼児後退するのが分かる気がする。
油田基地まで一直線に帰って、俺達はようやく一息つけると肩から力を抜いた。
「オーライ、オーライ。25番格納エリアだ!」
誘導に従って俺達は25番格納エリアにドラゴを付けて、着座姿勢をとって後背部ハッチを開けた。
プチプチプチっと、髪の毛と軟殻が剥がれ音を立てる。
いってぇ。何本か髪の毛抜けたんじゃないか? 。そう思えるほどしっかりと軟殻と毛髪が強く結合していて、どれだけピューパ素子の影響が体に出ているのか理解できた。
「おう、バタフライ。今日は一段と弾痕をこさえて帰って来たな」
通信ユニット設営班の一人、俺とよく酒を呑んでいる、バーンズ軍曹がそう言い俺達のドラゴの銃撃痕を指差して言った。
冷やかし交じりのその言い方に俺は冷静に言った。
「戦闘だ。初めてだったから回避行動がおっつかなくて何発か貰ったんだ。装甲殻は貫かれてない」
「初めてって……実戦はじめてっ事か?」
「うん」
ガハハハハッと笑い声をあげたバーンズ軍曹が自分の班員を呼び寄せて言う。
「おい訊けよ。バタフライ達、ようやく処女を捨てたらしいぞ!」
他の班員たちも一緒になってガハハハッと笑う。いや意味が分からない。処女? 。
「おいおい。処女ってなんだよ」
「処女は処女だ。キリング・ヴァージン。初めての殺しおめでとうだ。おい! 。酒持って来い!」
報告書やら受領書やらを営業部にアップロードしないといけないのだが、バーンズ軍曹はそんなことお構いなしに俺達を連行していく。
宿営テントの中ではバーンズ軍曹の班が先に酒盛りを始めていて、背中に丸を書いて人間ダーツボードに矢を投げつけてバーンズ班は下卑た笑いを上げ木霊していた。
「チューモック、全員注目! 。聞け、あの温室育ちのジャップのバタフライ達がようやく、ようやく初めての殺しを終えた。みんな拍手!」
ワーッと囃し立てる班員たちが酒やら煙草やらを俺達に渡してきて、いろいろ殺しについてのイロハを語ってくる。
銃の引き金の軽さを知ったか、だとか。ショットガンで吹っ飛ばした敵の襤褸雑巾加減だとか、殺すならやっぱり近接装備の方が殺した感があるだとか、意味が分からなかった。
ただわかったのは、みんな殺しを楽しんで工夫していた。
一人の班員は出来るだけ派手にレイダーを飛び散らせる方法を力説し、紙白に絡んでアンツィオ20mmドラゴ改良狙撃ライフルの炸裂徹甲弾が一番派手に飛び散ると言い、共にマリファナを吸っている。
別の所ではトリック・ギアの得意な連中が柊に絡んで素手による殺し、レイダーの顔面にロードホイールを押し付けて回すと面白い位に顔の皮膚が剥げていい悲鳴が聞けると言っている。
葛藤さんはそそくさとそのテントを後にしていなくなっていたが、俺はバーンズ軍曹のお眼鏡にかなったようで、近距離の殺し方をじっくりと聞かされた。
近接格闘マテュテの裁断力で、胴体を真っ二つにするのは簡単で背骨の硬さを覚えれば殺すのが楽しくなってくると言うのだ。
「いろんな殺し方があるぞ。頭をかち割ったり、頭を握り潰したり。知ってるか? 。上半身と下半身を飛ばしても連中ちょっとの間だけなら生きてるんだ。面白い位の悲鳴を上げて死ぬがな」
「そうなんっスっか。マジっすか。目から鱗っす」
俺は眼の前をチラチラと飛ぶ鬱陶しいハエを払いながらいう。
みんなこの仕事に誇りを持っているのは明白だった。じゃないっとこんなに熱心に人の殺し方を語らないだろう。
人が人を殺す事は異常な事だ。だが異常な中に放り込まれ、ずっとそうして朝も夜も関係なく人を殺し続けると、何故だかゲームのような感覚に陥り、少しでも変化を起こそうとみんな創意工夫をして新しい殺し方を探し出すのだと言う。
殺す方法に創意工夫なんて下劣で、卑劣、あまりにも度し難い考え方だが、仕方なのない事なのだろうか。
「にしてもケンゴお前が初めての戦闘の後でゲロ吐いてないとはどういった風の吹き回しだ? 。ジャパンじゃ人殺す事なんて滅多な事じゃないんだろう? 。ぬくぬく育ったジャップにはショッキングじゃなかったのか?」
「いやァ、たぶん司令コードで落ち着いてたんですよ」
「ハハハッ。安価のションベン薬物を体に入れたのか。あんなのキメるくらいなら、アンフェタミンの方がシャッキっとするぞ。おーい誰かシャブ持ってないか?!」
「いやいや、俺は煙草で勘弁です」
「そうかぁ? 。炙りでもパッキン来て冴えてくるんだがなぁ」
そういうバーンズ軍曹が部下から受け取った白ーい白ーい謎の粉を、アルミホイルでほにゃほにゃと……。シャブを綺麗にキメて、目がガンギマってる。
「ゲロ吐き坊主のケンゴの初めての殺し卒業にカンパーイ!」
俺は出来るだけ危ない事だけは避けながら、馬鹿騒ぎは夜遅くまで続いた。
……
…………
……
「オエエエエエエエッ」
呑み過ぎで胃がひっくり返って砂塵の中でゲロがぶちまけられた。
昨日の今日で三日連続ゲロを吐いている気がする。いい加減胃がおかしくなっても疑わない。だって吐きまくっているから。
「ゲヘッゲヘッ……」
現地住民のロバだろうか、俺の酸っぱい香りのゲロに釣られてやってきたそいつが俺のゲロをチビチビと口にしているのに俺は話しかけてやめさせようとした。
「食べるなよ……マズいだろう?」
そうすると。
「うん。マズい」
とロバが言い返してきたではないか。酒で酩酊した意識だったがその一言で仰天してしまう。いやいや、まて、まてまてまて。
じゃべった? 。いま。ロバが? 。
「酸っぱい。マズい、健康状態良くないね賢吾」
チラチラと視界に入るハエを払いながら俺は正座をしてロバを見ていると、俺を気遣うかのようにまた、ロバが喋ったではないか。もう疑いようがなかった。
──こいつ喋ってる。
「しゃ、喋れるの?」
「喋れるよ。だから喋ってるんじゃん」
ロバはそう言い俺の顔をべろべろと舐めるので俺はその獣臭い息に苦笑いを浮かべて、ロバを撫でた。
「そっかぁ、喋るのかロバは」
「そうだよぉ。喋るのロバったって」
「ロバさん。聞いてくれよ。今日さあ初めて人殺したの。凄くないねぇすごくない? 。この俺がですよ。人殺したの」
「おお、スゴイスゴイ。ようやく人を殺したのね。凄いじゃん」
「なんだかなあ。拍子抜けするほどあっさりイケてさあ。ホント、引き金が軽かったの、撃とうって思ったらもう撃ってるの。ピューパ素子の影響? 。なのかなあ?」
「でしょね? 。俺だってその影響だし?」
ロバはさも当然問う言うようにそう言うので俺は再度向かい合ってロバの顔を掴んで俺の顔を見せる。
「え、なに? 。ピューパ素子の影響なのこの声。幻聴? 。譫妄?」
「しっけえな、しっかり聞こえてんなら譫妄でも幻聴でも、幻覚でもないよ。生きてるよ」
ああこれヤバいな……明日ドクのとこに朝一で行かないといけないな。
「じゃさ、ピューパ素子の影響ならさ。妖精さんさ。俺進化してるのかな」
「してるでしょう! 。そりゃあぁ! 。バカじゃないのか。頭の中で俺が結合してこうして話しかけてるんだから進化してるよ」
「ですよねー!」
ハハハッ俺進化してます。
冷静になって考えなくてもドクもこのロバの妖精も言ってるじゃないか。髪の毛も真っ白になっているし当然進化しているんだ。
俺だってこの世界の中で一つの歯車としてしっかり機能しているんだ。
そう思うと少しだけ心が軽くなった。俺だって社会に貢献しているって自覚が今までなかったが、こうして肯定してもらうと自信が付いてくる。自己肯定感上がるー。
「俺ってドラゴ乗れてる方だよね。通信ユニットの設営だって他の班よりペースいいし、今日だって戦闘で死なないで生還したし、相手はRPG持ってたんだよ?」
ブヒヒッっと唇を震わして戦慄いたロバは偉いと言っているように笑ったので俺はニへッと笑って見せロバの頭を撫でた。
「そうだよね。俺だってキチンと役立てるよなぁ。ああこれホントにヤバい。幻聴に肯定されて気分良くなってる……」
「だから幻聴じゃないって」
「いや幻聴だよ。じゃないと俺が狂ったのを自分で肯定してしまう」
「じゃあ狂ってない。酒のせいだ。酒の」
「ですよねー! 。お酒って怖いわー!」
「じゃあ、もう寝る? 。夜も深いし、明日も仕事でしょう。眠剤飲んでさ」
「いやあ休みなんだわ。やっとだよ。二週間ぶりの休み。ここに配属されてずっと休んでなかったからやっとって感じ──あれ、ロバさん? 。ロバの妖精さん」
フイっとどっかに行ったロバから今迄話しかけてきた気配が消え、俺は呆然とする。ああ、やっぱり来てるな。かなり来てる。
「幻聴ですよ……譫妄ですよ……精神的に参ってますねぇ」
もう疑いようがなかった俺はフラフラと立ち上がってバタフライ・ドリーム班のテントに入って、眠剤を手に取った。
三種の神器と俺は呼んでいるが、三種の眠剤を俺は飲み下してベットに寝転がった。
チラチラとチラつくコバエを鬱陶しく払って俺はメッシュネットのwebを開いた。
自己啓発的な自己肯定感の上げる世論の批判記事にニヤケ面で俺は日本の批判に大賛成だった。救いのない日本を飛び出して正解だった。捨て鉢になって正解だった。
俺はこうして生きている。殺し合いの中でも生き延びて、飯を食って、酒呑んで、殺しの対価にlikeを貰って生きている。
簡単な仕事だ。なのになぜだ──この心にぽっかりと空いた伽藍洞な感覚は。
問題ないだろう。衣食住職の四つが揃って自立している。社会人としてきちんと生きているのに何かが今日の中で欠落したような、そんな感覚がある。
人を殺した、人を殺した、人を殺して今ここにいる。
ブルリと寒気が襲ってくる。今になって怖くなってくる。膝を抱えてただただ震えて、怖がっていた。
運が良かった、敵がドラゴを持っていなくて運が良かった。
「っ……──っ」
怖くて怖くて地面が崩れてあの世へと誘う声が聞こえてくる。
お前も来い、お前も来い、お前も死んでこちらに来いと。
「死んでたまるか……死んでたまるか……死んで……堪るか……」