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ポスト・ユニバース  作者: 我楽娯兵
砂塵・熱・動乱
17/58

第17話

 薬は飲んだ。高いlikeを払って、先発薬品の抗うつ剤をホーク・ディードの厚生労働部門に払って買っただけのことはあって、ようやくとばかりに俺は心の平穏を取り戻していた。

 さあ、今日も仕事だ。楽しい楽しい仕事の始まりだ。

 楽して働ければそれでいいのだが、俺は残念ながら楽するだけの脳味噌を持っていなくて、頭が良くてデスクワークをするようなそんなスマートな連中は大体がlikeトレーダーになってlikeの為替レートのグラフに睨めっこしている。

 残念ながら俺はそんな脳味噌はない。だからボディーワーカーなのだ、こんなグリーンカラーに身を堕としているんだ。

 俺はドラゴに体を入れ込んでドラゴヘルムに頭を預け、機体承認を行った。


「バタフライ・ドリーム3。倉敷賢吾、飛翔」


 背部ハッチが閉まり僅かに軟殻が体を閉める付けるような感覚があった、同時に感じるのが感覚の鋭敏化だった。

 ピューパ素子の影響だ。最近毛髪が完全に白髪化しピューパ素子の脳内電子信号の毛髪光ファイバー化の影響が諸に出ている。そのせいか軟殻と毛髪が結合しドラゴの機動性が飛躍的に上がっている気がする。

 体操縦による軟殻駆動感知方式が、更なる発展を、思考制御による操縦が可能になり始めている。何だっていいが仕事で少しは楽できるならそれでいい。

 今日の仕事は原油輸送団の護衛だ。パキスタンエリア、ファイサラーバードの近郊にある石油精製プラントに半精製済み重油の輸送で、トレーラー四台。護衛は俺達バタフライ・ドリーム全班員で護衛する事だ。

 単純計算で一人一台を護衛する必要があり、有り体に言ってかなりのムリゲーだ。

 俺は鼻笑いで営業部の安請け合いに嘲笑の罵声を浴びせたいが、その当人たちがいないんだからどうしようもなかった。

 ドラゴを駆動させ、装備を選び取っていく。標準装備のドラゴ規格改良ブローニングM2重機関銃に肩部ハードポイントに小型球状ドローン、アイ・ドールを三十機装備し、腰部ハードポイントに予備の弾倉を装備していく。

 今回の仕事、重油トレーラーの護衛は言うまでもなく火気厳禁であり、近接装備のテミットトーチは御法度であった。

 唯一一本だけ近接格闘用マテュテを装備し、俺は輸送団との合流ポイントに向かった。

 心が凪いでいた。ハッピーではなく、アンラッキーて程でもない。無なのだ。

 感情の起伏が抗鬱剤と言う魔法の薬で、俺の心はお花畑とはいかない迄も波風のない砂浜のように静かで平穏だった。

 それでいいのだが、それを掻き乱す不穏分子、昨日の事件──30班の事件は未だに心の底に溜まっていた。

 油田基地内に設営された広域ドローン偵察部隊。高速・強奪ハイウェイ・ハイジャックを専門とした者たちで周辺警戒に当たり、その視界の中で任務活動を行うようにと司令部は言っているが、果たして一体どうだろうか。

 今後油田基地周辺ではレイダー及びアフガン解放戦線は活動のなりを潜めるだろうが、今回の俺達の任務はその例外になる。

 広範囲でドローン偵察と言っても数キロ離れた場所を偵察するのにもノードのバッテリーが持たない。故に、ドローン偵察隊は出来て通信ユニット設営隊までが守れる範囲であり、視界の範囲なのだ。

 今回の超長距離任務には鷹の目は──ない。

 心がざわつく、薬で凪いでいる心がざわついてくる。30班のあの遺体の状況を考えて冷静に分析を出来るまでにはなったが、不可解だった。

 死体を両断するレーザー兵器──ブリーフィングに冗談半分で出た法螺話のライトセイバーと言うのも納得してしまう。

 だが科学的に不可能だろう。レーザー兵器であれだけの大質量物体を両断するなんて、焼き切るのと、両断では話が全く違ってくる。

 高熱量で物体を切ろうとすると、切ろうとしている物体そのものの熱量が上がり、切り口周辺が炭化するのは当たり前。

 だが今回の30班の遺体、切り口だけが炭化、白熱し、それこそ瞬時に切り裂かれたような、そんな死に方だったのだ。

 あまりにも不可解。レーザー兵器でそんなのあり得ないだろう、レーザーポインターの超強化版と仮定しても、一番近かった俺達にそのような光は見えなかったし、それだけのエネルギーどこから引っ張ってきている? 。

 核融合炉か? 。いやまて、そうだとしてもそれははオール・フォーマット以前の話、核融合反応の制御には膨大な演算と核融合以上の初期エネルギーがいる。ならば核分裂? 。それこそおかしい話であり、あの辺りの放射線値は普通値だった。それもあってか30班が全滅した原因追及にホーク・ディードは全力だ。俺のお頭で辿りつけない一本の思考の矢で、三本の思考の矢で挑んでいるホーク・ディードが分からなかったのだ、俺なんかが分かる筈がない。

 堂々巡りだ。そう考え、考えるのをやめた頃合にはちょうど重油輸送団との合流ポイントについていた。

 全員揃っている。装備もガチガチ、このアフガンエリア周辺で戦闘地帯の癖して今迄俺らにちょっかいを掛けて来ていないレイダー及びアフガン解放戦線たちの狙いは確実に輸送団と言うのが戦術部のお達しで、今回の輸送任務で戦闘発生の可能性が80%と言う地獄のような数値を寄越してきたのだ。もう少し護衛を増やしてもいいのではないかと思うが、何故その高確率で戦闘が起こるであろう輸送団に俺達を宛がった、戦闘経験はゼロの俺達に。


『各員。指定のトレーラーの警備につけ。気を引き締めていくぞ』


 葛藤さんの号令に俺達は了解で応じ、作戦開始前に取り決めたトレーラーの護衛に入った。

 俺は三号車、ナンバー順で決められている。

 三号車に追走、並走し俺は肩部の小型球状多視覚索敵ドローン、アイ・ドールを全機射出し、複数の目を周囲にバラ撒いた。

 俺は電脳担当、こう言った場面で高速(ハイウェイ)、電子戦を請け負っている為にアイ・ドールの管理もしないといけない。一応視覚情報は戦術メッシュで班員全員に共有していて、複数ある《《目》》を全員で見る。

 アイ・ドールは本当に優秀だ。レーザー地形スキャンに赤外線カメラに音波観測機の役割と索敵に必要な機能が全部ついている。


『オーケイ……敵影はないな』


『モウーマンタイじゃん。レイダー来てもバッチ殺してやる』


『口だけ威勢が良くても行動できないかもしれない。司令コード第57号を申請する』


 柊の軽口に葛藤さんは冷静にそう言い指揮官権限である司令コードコマンドを戦術メッシュに申請した。

 俺の背骨にブスッと何かが刺さる感触があった。気持ち悪いブロックのそれは、戦闘時、俺達『傭兵』の精神的混乱、パニックを抑え込む為の薬物的制御の司令コードコマンドだった。いざ戦闘になった時、俺達がパニックを起こした時にこの背骨に刺さった管が、興奮剤なり抑制剤なりを打ち込んで戦闘時の適切な精神状況を意図して作り出す事が出来る。

 一体どれだけの効果があるかは分からない、だって実戦を俺達はしたことがない。

 事前に司令コードコマンドの薬物薬品投与の中身を見てみたが、まあその薬品も国際条約スレスレの分子構造を弄った新薬で、ただでさえ抗鬱剤で精神を抑え込んでいる俺にこれ以上の薬物投与はお断り願いたい。

 それでも戦場に成ったとして、果たして今の状態で戦えるのかと言えば分からないのが答えで、冷静で精神健常者である葛藤さんの判断が正しいのかもしれない。

 さあ、鬼が出るか蛇が出るか──。


「っ──赤外線センサに反応。一号車前方、岩場の陰にばっちりレーザー見える」


『了解した。バタフライ1、行けるか?』


『あいよーいくよー』


 バタフライ1が柊、2が葛藤さん、3が俺、4が紙白の呼称で、バタフライ・ドリームの名前の通り俺達はいま蝶々だ。

 その俺達が止まる花は、甘い甘い殺意と敵意だ。


『すっご、クレイモア5発横一列。赤外線センサーで起爆するね』


『無効か出来そうか?』


『やってみるけど。たぶん投げ捨てた方が早いよこれ。時間的にも』


『そうだな……センサーを無効化か出来たらクレイモアを──』


 ヒュン──と風を切って聞こえた音。パーンと乾いた着弾音。

 ──狙撃。

 全員がその着弾点の砂塵の舞い方を確認すると同時に前に出てブローニングを構えた。

 お出ましだったレイダーだ。

 幸いなことに敵にドラゴが混じっていない。生身だった。

 遠巻きに得物はお誂え向きの密造のAKにドラグノフだ。


『北東、群集団。レイダーと認定する。蹴散らせ』


『了解』


 俺達はロードホイールを回転させる。

 敵は山岳戦に長けているようで高度を取って山の上から銃撃してくるが、残念ながらこちとらドラゴだ。7.62 mm程度はなんてことはない。

 山岳戦にいくら長けていようと、生身とドラゴでは機動力がまるで違う。兵法のそれに則っての行為だろうが、それを覆しうるのが、ドラゴだ。

 装甲殻に何発も弾が跳弾し撥ねて周辺に降るが、俺達には何の支障もなかった。

 もう有効射程内、引き金に指を掛け──引くべきなのか……? 。

 迷っている最中、躊躇いなく銃口を引いたのは、想像もしていなかったこの4人の中で誰よりも常識人である葛藤さんだった。

 引き金を引きフルオートでドラゴ規格改良ブローニングM2重機関銃を乱射し、レイダーたちを八つ裂きにしていた。

 それに続くように柊もブローニングを撃ち、背後から紙白の狙撃が入った。

 そうなってくると何かがプッツンと切れた様に俺も引き金を引いていた。

 だだだだだっ、と銃声を上げて弾丸が目にも止まらぬ速度で射出され、敵を引き裂いていく。

 無我夢中、標準を敵に合わせ引き金を引き続ける。苦難の葛藤も、そんな物の一切が介在しない。敵に標準が自動的に合わさり、引き金を引くだけ。ボタンを押すのと同じ、風呂を沸かすボタンとまるで一緒。

 実感のない殺人だった。

 岩陰に隠れていたレイダーが姿を現す──その手にはRPG-7ロケットランチャー。

 サジェストアラームが甲高い音を立て俺達は散開した。まるで風船の空気が抜けるような音と共にRPGのロケット弾頭が発射される。

 回避行動は迅速に行動し、撃ち込まれたRPGを回避した。

 爆音を立て岩場に着弾し土煙を上げ煙幕のように周辺を覆い隠し視界は不良になる、俺達も、レイダーたちも視覚が塞がれる。

 しかし俺達の目は一種類ではない。

 空中に展開しているアイ・ドールの赤外線スキャナーにはレイダーたちの姿がばっちりと映っていて、それらすべてがバタフライ・ドリーム全班員に共有されていた。

 俺は近接格闘用マテュテを抜き、ロードホイールで地面を巻き上げ、レイダーたちの頭を──切り落とした。

 悲鳴、銃声、悲鳴、また銃声──。

 絶え間ない聞くに堪えない二重奏に不思議と不快感が産まれない。薬のいい影響なのだろうか。知らぬ間に葛藤さんが司令コードコマンドを発動させて俺達の体の中に何やらを打ち込んでいるのかもしれなかったが、どっちだってよかった。この状態なら俺達はPTSDを発病せずに済む。

 センサーに映っているレイダーたちのはもう両手の指程の数もいない程俺達は敵を撃滅し殲滅していた。土煙も晴れ、そこに広がっていたのは、死体の山だった。

 人道も、倫理も、まともと言えるそれが一切が欠落したそれに佇む四機の人型の金属骨格体たち。俺達に手に持った銃が逃げていくレイダーたちに銃口が向いて、追い打ちとばかりに引き金を引いた。

 なんて軽い引き金か、狙い澄ますまでもない、背中を向けて逃げるレイダーたちが襤褸雑巾のように文字通り八つ裂き(・・・・)にして。全てが終わった。


『輸送予定時間を十分超過だ。巻いて行くぞ』


 葛藤さんの冷静な声に俺は何も感じないかった。それに俺は恐怖する。

 この手で、この意志で、この体で、人を殺したというのに俺は今一切の罪悪感が無かったのだ。ある意味怖い。人を殺したことがこんなにも呆気ないなんて、こんなにも呆気ないなら──俺は? 。

 価値のない俺は、俺はどうなんだ? 。

 ドラゴの腕に握られたマテュテに付いた血を振るい落とし納刀し輸送団の戦列に戻る。

 アフガンの地に赤々とした血の赤色だけが鮮烈に脳にこびり付いて、その大地を染め上げているのに、価値を、命の価値を俺達は打ち捨てたのだ。

 なんて簡単な作業か、息をするように俺は人の命を摘み取っていることに何も感じない。感性が、感受性が死んでいる。

 恐怖心がない、悲しみもない、あるのはただ無感覚。揺れ動かないその心に嘲笑の笑い声も浴びせかける気にもなれなかった。

 俺の人生で初めての殺人、それは銃殺で、二人目は斬殺。

 人の死を俺達はlike『いいね』に変えて生きていく糧にしている。ハハハッ。

 なんと──皮肉的な報酬だ。

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