第16話
アメリカ合衆国、ロードアイランド州のホーク・ディード社、さらに上の『R.G.I社』、ライオット・グラディアス・インダストリーの本社を兼用された大型ビル。その周辺を取り囲むように立ち並ぶ工場群。止まることなく、常に鼓動を続ける心臓のように朝も夜も関係なく稼働し続ける。
「プレーンドラゴ10機にG-12グレイ標準装備。装甲殻追加ユニットを20機分。2世代アクチュエータ蛋白質補給液、30バレル。12.7x99mm NATO弾5万発と、20mm口径弾1千発をパキスタンに手配してくれ」
「了解です」
私は私の部隊の為の贈り物を用意するのに忙しかった。本国のホーク・ディード社に出向命令が来て、ヨルムンガンドで寄港しすぐアメリカ局長クリスマス・アックスに呼ばれ、説明、もとい現状班員の状況を詳しく話す必要があった。
だが、そんな事は私にとってどうでも良かった。アックス局長も理解がある筈だ。先んじてすべきなのはテーブルの上で行われる会議なのではなく、現場での経験値であると理解している筈。
「12ゲージ弾5千発。リアクティブ・アーマー・シールドを30枚も輸送手配をしていてくれ。通信ユニットシリーズ2も50機ほど頼む」
私はR.G.I社の製品カタログに眼を通しながらバタフライ・ドリームに必要になるであろう装備を輸送部に指示し輸送団の手配を急がせた。
あの過疎地で必要とするモノは多くある。食料、飲料、武装装備、日用品、全てが足りていない。送電網もろくになく、通信手段も少ない。
きっと倉敷くんは暇だと嘆いているんだろうな。彼らは日本生まれで世間知らずな上、戦場で少々ナーバスになっている事だろう。息抜きの娯楽も僅かに与え、飴と鞭の扱いを心得るのも有能な上官として役割だ。
「フランシス班長。少しよろしいでしょうか?」
「何ですか? まだ作業が残っているので手短に」
「アックス局長がお呼びです」
私は大きなため息が漏れた。これだからご老公たちは困る。
短期は損気と日本の諺があるだろうに、私も少し彼らとの係わりを考え直さないといけないかな? 。
私は輸送部にデータを送り、制服の襟を正した。
秘書であろう女性の後に続き本部ビルへと足を進め、エントランスを通った。受付のセキュリティに手首に張り付けられているスマートウォッチと同じ機能を持ったフイルムデバイスを翳し認証を行い社員であると言う事を示した。
秘書が案内し最上階の局長室の前に立ち、秘書がその扉をノックしようと扉に手を伸ばしたとき、ノックする前に声が聞えた。
『入れ。ノックは不要だ』
秘書は扉を開き、私を入れ一礼し消えて行った。
猥雑としたオフィスであり今時珍しい紙メディアが散乱していて、デスクの向かいの椅子にはその人が座っていた。
30歳程度に見える神経質そうな白人で、鉤鼻が特徴的な顔。上物の葉巻を咥えて、面倒だと言わんばかりに私を一瞥した。
この人物こそホーク・ディード社アメリカ支局長、R.G.I社役員のクリスマス・アックスだ。御年112歳を迎える筈なのだが、その若々しさの秘訣はストレスを溜めず累積RNA転写エラー除去と遺伝子改造のテロメア・メビウス術式によって実質の不老となっている人物だ。
「イタリア人は時間にルーズなのか? 。ドイツ人を見習ったらどうだ」
「イタリアでは使用人の手間を考えて5分遅れていくのがマナーなんですよ。御存じありませんでしたか?」
「屁理屈をこねるな。フランシス。──現状を報告したらどうだ」
「現状と言っても報告書通りなんですがね。恙なくバタフライ・ドリームは作戦行動中です」
「話にならんな。君はいつも腹に何かを抱えたままそれを文字に起こさず報告書を提出する癖がある。君の場合は直接言葉を聞かねば信用しかねる」
アックス局長は手に持った葉巻を咥え、どっしりと椅子に腰を預け直した。
「班員3名に進化の兆候あり、1名の報告はまだ。ドラゴの技能上昇と……ピューパ素子を与えた割にはえらく簡素な報告書じゃないか? 。私はもっと細かなディティールが知りたいんだよ」
「と、言われましてもね。それが全てでありまして。進化の行方は私としても分からないっといった具合で。ホーンワームの方が詳細は把握しているかと」
「であろうな」
紙資料をバサッと投げ捨てたアックス局長が窓際に立って、言う。
「私が聞きたいのは、ピューパ素子を与えて進化したとして、彼らがファン・マンジョルのオーバーボックスに対抗しうるのかと聞いているのだ」
おっと……話の雲行きが怪しくなってきた。ここに来て『ファン・マンジョル』と『オーバーボックス』の単語が出てくると言う事は。
「──石器派が亡国の科学者を動かしましたか?」
「我々次世代人類派には不要なレイドは可能な限り避けたい。石器派が動かしたオーバーボックスが数日前に五件確認された」
「五件ですか……」
「アメリカ国内に1つ、EUに1つ、日本に1つ、旧ロシア圏中国国内に1つ──そしてアフガン解放戦線と思われる者たちに1つ」
「それで、ですか。私を呼び寄せたのは」
「オーバーボックスの中身は知らないが、『アイオーン』の産物であるアレに対抗しうるのか? 。君の部隊『バタフライ・ドリーム』は。我々次世代人類派にとってピューパ素子はポスト・ヒューマン創造の鍵かも知れないのだぞ。曖昧な回答は避けてくれないか?」
私は腕を組んで考えた。
──『オーバーボックス』。
簡単に言えば『アイオーン』の演算リソースから生み出された所謂オーバー・テクノロジーの産物であり、我々にとって想像もしえない機能を持った装置。
とm言うのが石器派が喧伝するオーバーボックスの話であるが、如何せんファン・マンジョルは今までオーバーボックスを出し渋って温存していた。果たしてそれが武器なのか、装備なのか、それとも別の装置なのか。それすらも分からない。
『アイオーン』自体、我々人類の思考と知能の外に出たモノだ。それが弾き出した機械装置であるそれは、技術的特異点の一端でありどういった装置なのかも分からない。
充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない──アーサー・C・クラークの言葉であり、その通りのものなのかもしれないが、如何せん次世代人類派が石器派を牽制する為に今迄に二つのオーバーボックスを封印、無力化しはや十年。連中もしびれを切らしてくる頃合だろう。
「アックス局長はアフガン解放戦線とバタフライ・ドリームが戦闘になるとお考えで?」
「なるだろうな。あそこはただでさえ戦闘地域だ。君が送り込んだのはそれが目的と私は読んだのだが?」
「ふㇷん……買い被りですよ。ただホーク・ディードの現場で必要としている場所に彼らを配置したまで、深い意味はありません」
「そうであると願いたいがね。で、どうなのだ? 。バタフライ・ドリームは勝つのか? 。負けるのか?」
「彼ら次第と言ったところでしょう」
「曖昧過ぎる。今後役員委員会にどう説明しろと言うのだ? 。石器派はファン・マンジョルを動かし、我々次世代人類派の中でもその説明をしないといけない。バタフライ・ドリームはそれだけの技術を費やしている」
「牽制と言う意味でしたら。私は十分にしたはずですよ。人類補完派の鍵である神代シリーズを抑えましたから、彼らは動けない」
「奴らは最後の手段だ。フェーズ・クロックはまだ許容範囲内に収まっている。当面は次世代人類派と石器派の戦いだ」
人類存続委員会が聞いて呆れる。彼らこそ今の世界を牛耳っている秘密結社と言うものに該当する人間たちだ。各国政界、財閥、企業、資産家あらゆるこの緩やかに人類種の死滅に向かう世界で地位を持ち、人類種の存続を目的とした人物たち。
彼らの存在を知り私は戦慄し、世界の真実を知った。
──人類は今現在、死に瀕しているのだと。
……
…………
……
「昨日のデブリーフィングも兼ねブリーフィングを始める。先日の被害は知っている筈だ。30班の全滅、通信ユニットのロスト。恐らくレイダーの強奪で間違いはない」
作戦テント内で行われているホーク・ディード社員のブリーフィング。俺達バタフライ・ドリームももちろん参加で、俺は煙草をぷかぷか吹かして今にも気が狂いそうになりながら聞き入っていた。
何故気が狂うかって? 。仲間が攻撃されて殉死したから怒っている? 。まさか、単純に自分の身可愛さからの恐怖からであった。
昨日のレイダー強襲の被害で4人の殉死。ドラゴ四機の機能破損の大破、完全にスクラップにされていた。
それだけだったら良かったのだが、事態はそれ以上の何かを孕んでいるのは俺の目から見ても明らかだった。
死因が──異常だ。
何かで焼き切られている。それは見て分かるが、だがドラゴサイズを切断するなど、そんな装備聞いたことがなかった。全高約二メートルのドラゴ、その装甲殻ごと融解させ切り捨てる装備なんて聞いたことがないし、現にその事態にこの油田基地で会議が幾度となく行われているのが事態の深刻さを物語っていた。
弾痕が被害地周辺に一切確認されず残されたのは無残に惨殺され切り捨てられた30班だけで、その現場証拠だけでは何も語れないが、何か異常な装備をレイダーは持っていると言う事だけは確かだった。
近接格闘マテュテでもあんな殺され方はしない。断面が明らかに既存の装備ではないのは確かだ。この手でその死体を回収したからに分かる、ありゃどう考えても不可解だ。
「レイダーの狙いは通信ユニットで間違いないだろう。30班は通信ユニットの設営に出ていてその装備が一式丸々消えていた」
レイダーの狙いは通信ユニット。納得だろうな。通信手段の確保はレイダーだって欲しいだろうし、アフガン解放戦線だって欲しいだろう。
連中が欲しがっていたとして──ああ、考えがまとまらない。
頭の中にチラつく30班の死体と、その殺され方にイヤな想像ばかりが脳味噌を駆け巡ってしまう。レーザー兵器、それとも熱量兵器? 。どっちにしろ既存の兵器群の中にそんな物はない。オール・フォーマット以前ならまだしも、今は高度技術群の殆どは旧ネットワークの白紙化の影響でまともに機能しないのが通説であり、ドラゴが生産出来ている時点である意味では奇跡のようなものなのだ。
それが、こんな、30班の戦闘を考えると──。
「ライトセーバーかねえ。こりゃあ」
誰かがそう言った。誰かは分からない、他の班の愚痴っぽい呟きに皆がウンウンと頷く様子が確認できた。いや、ウンウンじゃないよ。
ライトセーバーなんてSFじゃないか。技術的に不可能だ。
だがこの死体たちを見ていると納得がいってしまう。カイロ・レンの癇癪で30班が死んだ? 。嘘だろ……。
吐きそうだ。誰かが、俺の近くにいた筈の人間が死んだなんて現実を見るのが辛かったし、その死因が他殺、戦地での戦闘で失われたなんて考えたくなかった。しかも俺がその戦地にいるんだから。
後悔だ。過去に戻ってホーク・ディードの面接を受けようと考えた俺を絞め殺したくて仕方なかった。もっと他の仕事がなかったのか? 。昔の俺よ。
「今後の作戦行動に措いては油田基地にドローン偵察部を設備する。長距離偵察だ。作戦行動範囲を偵察し通信ユニット設備を続けるが、戦闘行動も視野に入れ行動する。以上だ」
まるで説明を聞いていないかったが、ブリーフィングが終了し上官が出て行く姿に、そのさも当然と言う様な姿に俺は異常性を感じている。
人が死んでいるのにそれをモノともしない様子に、違和感を感じて成らない。
日本人だからだろうか。人が死ぬなんて滅多なこと言うもんじゃない。
いくら心の中で嫌いな奴の死を望んだところで本気にしてはいないし、目の前から消え失せてくれるだけでいいんだ。
だが、ここではそれが、死ぬことが起こっているのだ。それを考えたら──。
俺はテントを飛び出した。
「オエッ、オロロロロロロ──」
昨日も吐いて今日も今日で吐き散らしていた。人気のない岩陰で心の中に渦巻く不快感を拭おうと吐き出そうと必死に吐いて吐いて、吐き続ける。
だが消えない。当たり前だ、現実なんだから。
しかし俺はその現実を直視するのが辛くてきつくて、信じる事を、人が死んでしまう現実が嫌だった。
甘ったれだろう。笑えよ。だが、こんな理不尽があるか? 。ついさっきまで、つい昨日まで元気だった男たちが、気づくとバラバラにされて殺されている真実を目の前にして人間慣れるのか? 。慣れるんだろう。だから兵隊がいるし戦争がある。
だが慣れるのには時間がいる。
「倉敷っち。大丈……おわっ! 。どうしたの吐いて」
「悪い……水持ってきて。オエぇエエエエ……」
腹の底からゲロゲロ出てくるそれに柊が呼びに来てその姿を見せてしまった。恥ずかしい、だが、死ぬよりかはマシだろう。
「ほら水。ねえ大丈夫?」
「全然大丈夫じゃない……よくお前平気だな……」
「平気って何が」
「人が死ぬのにだよ」
その言葉に柊は少し考えた様だったが、阿保ずらであっけらかんと言った。
「平気じゃないけど。見慣れたしね、アタシの母親、アタシが学校から帰ってきたら首吊ってたから。自分で警察に電話して、自分の手でその死体を地面に下ろして、後始末は全部したから」
「強いな……お前」
「慣れだよ慣れ。ほら行こうみんな心配してるから」
柊は俺の手を引いて立たせてくれた。何だろう惚れちまいそう、これがストックホルム症候群ってやつなのかも知れない。
でも告る勇気もないのが俺だ。俺は手を引かれて宿舎テントへと戻されるのだった。