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ポスト・ユニバース  作者: 我楽娯兵
砂塵・熱・動乱
14/58

第14話

「腕上げてそこ立って」


 俺は全裸で医師の指示に従いレントゲン機の前に立っていた。

 いつもの身体検査で、定期的にホーク・ディードの一部班に定められた健康診断のようなもので、体のあちこちを調べられる。

 俺も、柊も、葛藤さんも、紙白も検査を受ける事は決められている。班員の全員が大型トレーラー型の医療設備車に入って調べられていた。

 神妙な顔つきでドクター・ホーンワームはモニターに表示される数値に唸っているが、俺には何の事かさっぱりだった。


「次、採血行って。その次あっち」


 指示に従って俺は全裸で採血台に座った。看護スタッフもそれに慣れているようで俺の全裸に動じず、俺の腕にゴムチューブを巻き付け血管を圧迫し太い血管に注射針を差し込んで採血する。


「うぅ……」


 俺は血を抜かれるその光景に眼を背けて嫌な顔で唸ってしまった。


「採血は嫌いですか?」


 看護スタッフがそういうので俺の脳味噌の中にある種のトラウマが蘇ってきた。

 俺は過去貧血で倒れた事がある。栄養不足とか、思春期のそれとしたモノではなく、自傷行為の行い過ぎの血液不足でぶっ倒れたのだ。

 手首を切るとかじゃなく、鼻を強くほじって血を流す、要は鼻血を人為的に流し、自傷行為に見えない行為で自分を追い詰めていった。

 結果は、血液総量が全体の五分の一流れ出て血液が凝固する成分が一切合切無くなりサラサラの血がとめどなく鼻から流れ、ひどい時には二時間の間ずっと鼻血を流しっぱなしってなんて事もあった。

 そんなこんなで病院に担ぎ込まれ輸血をされ鼻の血管を焼いて塞がれた。それで俺も『死の実感』っというのを初めて感じ、それ以来血を抜かれたり入れられるのがちょっとしたトラウマになってしまっていた。


「ははっ、ちょっと……」


 採血が終わったスタッフが遠心分離機にセットし俺は別の検査台に行った。

 台の上で蹲るように指示されて俺は蹲って待っているとドクター・ホーンワームがゴム手袋を手にハメてローションを指先に塗し。


「じゃ、脱腸の検査するから。痔とかないよね?」


 俺のケツの穴を穿り上げられた。


 ……

 …………

 ……


「問題ないね。血も骨も筋肉も、尻の穴で変な遊びもしてないみたいだし。いいんだけど……ねえ」


 対面でドクは検査結果を見ているが俺は一体何の事か分からなかった。

 にしてもなんでわざわざと外で診断結果を言われないといけないのか分からない。こんなに羽虫が飛び交っているのに全く鬱陶しい。どうせだったら中で話をしてくれないだろうか。


「君? 。自覚的な変化ある?」


「え? 。何悪いことしました?」


 何だろうか。何か悪い事をしただろうか。業務命令はきちんと守ってるしドラゴだって大切に扱っている。責められる謂れはない筈だが。


「いや、責めてるわけじゃないだ。君の身体変化がね、あまりにも少ないんだ」


「身体……ああ、鬱陶しい。何の変化すっか?」


「身体変化だよ。ピューパ素子の影響が君だけ現れていないんだよねぇ。素子を注入してもう五か月になるのに神経結合の人体再設計の変化どころか予兆が見えないんだ」


「俺だけ……ッチ。俺だけ進化していないって事っすか?」


「有り体に言えば」


 そうズバッと言われると清々しいと言うか、痛々しいと言うか……何と言うか。俺て、低能なのか? 。能力不足? 。

 ドクは胸ポケットから見た事もない銘柄の煙草を咥えて火を付けた。


「だがあり得ない。従来のピューパ素子の振る舞いから見ても脳神経系、ニューロンと結びつきシナプス信号の書き換えを行いA10神経群に深く結合し脳全体の報酬系の総和を導き出し、個人の最適解とする人体再設計を行い種としての進化とも言える環境適応の身体変化を生じさせる筈なのだが──」


 ドクは深く煙草を呑み、煙を鼻から出して訊いてきた。


「君は鬱病を持っているんだったね」


「あぁ、……はい」


「鬱病は長期間に渡るほど脳神経系の変化を起こし報酬系の振る舞いを変容させる精神活動だ。従来の脳内セロトニン受容体が変化していて、A10神経群との結合が不完全な可能性がある。今迄は精神病患者へのピューパ素子の注入歴は無いに等しい、それ故に君は今でにないピューパ素子との結合が起こっている可能性がある」


 何やら難しい話をしているが要は俺が進化していないのがおかしいと言う話をしている、のだそうだ。


「血液内にはピューパ素子の破片が確認され白血球との結合も確認されているがここまで筋肉密度、骨密度の変化の乏しさは異常だ。今度精密検査を本国に帰国したのち」


「あぁ……ドク悪い。任務があるんでその話は今度でいいかな? 。再検査でしょ? 。りょりょりょ、前日になったら教えてよ。シコらないで待ってるから」


 俺はそう言い、ドラゴ格納エリアへと足を進めた。

 何にしろ仕事に問題が発生してなくて俺が不手際を起こしていないと言うのであれば問題はない。体も動くし、何も問題はない。

 ドラゴが扱えそれで十全に仕事に従事できたのならそれでいいじゃないか。

 格納エリアの更衣室でドラゴスーツに足を通し、股座を弄りながらモノの位置も携帯トイレに装着してジッパーチャックを喉元まで引っ張り上げる。

 背中のハイドレーションに電解質経口補水液を充填てある、出撃準備完了だ。


「二十番エリアの五番機動かすぞ! 。メンテ終わってる? 。通信設置ユニットパッケージは?」


「終わってますよ。通信ユニットはアジ・ダハーカに運送手配済みです」


「ハイよ。じゃあ俺も出るから。着替えのパンツと濡れタオルと水お願いね」


 俺はそう言いドラゴの背中から軟殻に潜り込んでドラゴヘルムに頭を預ける。戦術メッシュデータリンクが起動し個人使用認証の為に網膜、脳波の認証が行われ最後は音声出力だった。


「バタフライ・ドリーム3。倉敷賢吾、飛翔」


 ドラゴが起動し背部ハッチが閉じられ俺は立ち上がって、装備群を手に取った。

 既に装着されているのはテミットトーチが三本に近接格闘用マテュテ一本だった。山岳戦になるだろうから、肩部装備にドラゴ接続センサ装備『アイ・ドール』と追加弾倉十個、ドラゴ規格改良ブローニングM2重機関銃程度でいいだろう。


『遅かったな。バタフライ3』


「遅くなりました葛藤さん。ドクがなんか色々身体検査でどうこう言ってきて?」


『お前と紙白はマリファナの吸い過ぎだ。肺がお釈迦になってるんだろ』


「いやいや、節制はしてますから」


 そう言いながらアジ・ダハーカ旅団との合流ポイントに向かった。

 今回の任務、と仰々しく言ってみるが仕事は、通信センサ類の中継機の設置が大まかな内容になる。オール・フォーマットで通信衛星の殆どが機能不能になり、人工衛星そのものが宇宙のゴミになり果てて、まともな通信がこうした中東くんだりの片田舎、と言わず僻地ではまとも交信方法はメッシュネットに限られる。しかしノードとノードを繋げて通信する現在のメッシュネットワーク環境で、誰もいない場所に通信すると言うこと自体が特異な例で、そうであるからこうった場所で作業する人間は孤立しがちだ。

 だが、コイツは仕事。しかも生活に密接に関係した原油地の掘削状況の把握はアメリカ合衆国は知りたいし、その通信の為にホーク・ディードの親会社、『ライオット・グラディアス・インダストリー』社が販売している『メッシュネット通信中継設備ユニットパッケージシリーズ2』を中継機としてあちこちに設置して回らないといけない。

 平地ならよかったが、何せここは山岳部。電波は直進して山々を跳ね返る。WiFiがそうだったように何かに隔たれると極端に通信速度が遅くなると同じで、通信パッケージの設置はかなりの量になる。

 さてさて今日も今日とて暇な通信ユニット設置業務で暇を持て余す事となる。


「暇なんだろうなァ……」


『戦闘がない事はいい事じゃないか。第一に俺達ホーク・ディードがこの油田に到着する道すがらで強襲を受けていておかしくはない筈だ』


「レイダーが馬鹿だとか? もしくはアフガン解放戦線がとんた頓智気だとか?」


『どっちにしろ俺には作為的な感じがする。誘い込んで、自分の有利な条件下で戦闘を行う、兵法の常識だ』


「巌流島での宮本武蔵みたいに、か」


 そうであったとしても、俺達に何ができる。仕事は仕事だ。会社がそれを望んでいるんだからそれに従っていればいい。そうすればlikeが貰えるんだから文句は言えない。労働力は貴重な人的資源だ。それを体現しているのが俺達ドラゴン・ライダーだ。

 だが──。


「おいマジかよこれ……」


 アジ・ダハーカ旅団はそれをまるで理解していないようだった。ドラゴは乗って来ていた。乗って来ていたが。

 ──戦闘地域でのドラゴではなかった。

 プレーンドラゴで、操縦桿とフットペダルの古き良き機械制御の機器を無理くりドラゴに接続してドラゴン・シェル・スケールに乗っている。初期も初期モデルの機体で合流ポイントに来ていた。


「ホーク・ディードさん。今日はよろしく頼むぜ」


 馬鹿の一つ覚えのように敬礼して応じてくるアジ・ダハーカ旅団の隊員に頭痛がしてくるようだった。あり得ないだろう。

 ほぼ丸腰で、銃弾が飛び交うかもしれない戦場に出るのは馬鹿のやる事だ。


「…………っ。お前ら機体どうした。あのひらひらしたの、銃は、装甲殻は」


「いやあ上官がね。この当たりは比較的安全だって言ってこっちに乗り換えろって言ってねえ」


『それでも装甲殻なしは俺達も警護しかねるぞ。いくら比較的安全だって言っても、つい先日は狙撃で死人が出てる』


「安全ならいいじゃないですか。いざとなったらホーク・ディードが守ってくれる」


 頭が痛いし何ならこの場でこいつらを怒鳴りつけたくなるが、それをグッと堪えて、何とか弁明の言葉を探して見るが見当たならいのでさらに頭が痛くなる。

 日和見的と言うべきか。戦場で、丸腰の一般人をこさえて戦うというのは、言葉以上に簡単な事ではない。こいつらは無防備で何もしないし出来ない、弾が当たれば損害賠償、足枷であり錘でしかない。

 確かに俺達だって通信ユニットの設置は急務であり、ホーク・ディード本社との通信の為にも必要だ。だが──。


「ああっ。考えるのも嫌になってくる。葛藤さん、コイツらがこれならお望み通り戦場に連れてってやりましょうや。もう頭吹き飛ばされても知らねえや」


『そう捨て鉢になるなバタフライ3 アア……とにかく、警備はします。ですが、そちらも一応軍隊何ですから身の安全はそちらで確保してもらわないと困ります』


「そこはホーク・ディードが我々を守ってもらわないと」


 何たるセキュリティリテラシーの低さ自分たちが丸腰であるという自覚がまるでない。いくらドラゴに乗っているからと言っても、プレーンで、尚且つ世代以前の問題の機械制御系でドラゴはトリック・ギアもまともに行えない。

 ドラゴが万能と勘違いしているいい例だ。鉄砲持って英雄に誰でもなれるならこの世は英雄だらけだ、ドラゴだって装甲殻を装備して、軟殻と筋肉アクチュエータ群で機動性を汎用性、柔軟な制御性を得ているのにそれを捨ててこっちに全部責任を押し付けると言うのは、ああもう、これがお国柄の違いと言う奴か。

 なんやかんやと喚いているアジ・ダハーカ旅団の連中に葛藤さんは宥めだした。


『分かりました。分かりました。警備はこちらでやります。しかし戦闘が始まった場合は即座に退避してください。いいですか、戦闘に参加しようだなんて考えないでください』


 ここでどうこう言っていても始まらないとばかりに足を進めだした葛藤さんは、戦術メッシュデータリンク回線で話しかけてくる。


『こいつ等何も分かってない。戦闘で不利益被るのはこっちだけじゃないのに』


「馬鹿なんでしょうよ。だからこれで来てる」


『早く終わらそう。爆弾抱えてドンパチはしたくない』


「確かに」


 何も戦闘だけでならばこいつらを操縦桿から引き剥がしてとんずらこけばなんてことはない。戦闘だけならば、だ。

 戦闘だけではないのだ。この周辺での問題は。

 空からの問題がある。落鉄と呼称される現象だ。

 これは今までの人類の功績が、丸っとそのまま負の遺産に変わって原爆ドーム、ビキニ諸島の長門と象徴的な負の遺物ではなく、実害としての遺物がある。

 人工衛星の落下だ。今迄は地上管制施設から通信衛星の誘導で衛星軌道上で軌道修正等々を行っていたが、オール・フォーマット以降それらがすべてダメになった。

 自国で打ち上げた人工衛星は自国で処理、処分を目的とした国際宇宙条約『コスタリカ条約』と言うものが制定されるくらいに問題視されている。

 人工知能の大規模演算能力を使った宇宙空間での解体演算は、何度も言うようだがオール・フォーマットで旧世代の人工知能自体が死滅してダメになっているからに人を宇宙に打ち上げる事が限りなく不可能に近い中で取れる行為はなんだ? 。

 一つだ。出来うる限りの通信衛星の軌道修正を行って自国領土に落下させると言う方法しかないのだ。旧ロシア圏はその影響でツングースカ級の落鉄が毎年起こっているし、アメリカも排他的経済水域の漁獲量の影響が出ているとニュースで報じられるほどに、大変なのだ。

 それでいてコイツらの、アジ・ダハーカ旅団の国、パキスタンとアフガニスタンの保有していた人工衛星の数は約二千。その半数がもう地上に落ちて残り一千の爆弾が落下待ちで大気圏で待機している。どこに落とすかで国の中では賛否が分かれていると聞く。しかも現状のこのエリアで軌道修正が間に合わず地表に落っこちてきた人工衛星はニュースだけでも約二十件。無視できない量だ。

 故に俺達は最新の情報が必要で通信ユニット設置に意欲的に参加しているのだが、これじゃあなぁ……。


『ちゃっちゃと終わらそう。死人が出たら寝覚めが悪い』


「了解」

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