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第8話 何を言ってるの?

 夕日はまだ高い位置にあったが、あたりは太陽の光で濃いオレンジに染められていた。ミリヤの顔も夕日の色に染まっている。


 「……何を言ってるの? あなた」


 おれの唐突な申し出に、ミリヤの反応は予想通りのものだった。

 不信感いっぱいの疑わしい目でおれを見ている。


 「言った通りさ。エクトラントの戦いは、ここではやめようということだ」

 「簡単に言うわね、あなた!」

 ミリヤは突然立ち上がった。

 おれも下ろしていた腰をあげた。

 ふたりは胸がくっつきそうなほどの距離で再び対峙した。


 「私たちはエクトラントの清浄の地を求めて戦いを仕掛けた。

 あの土地を独占しているあなたたちが許せなかったし、私たちはあの土地を必要としていた。

 だから、あの戦争は起きたの。

 あのことに関して、私たちに譲歩も断念もありえない。

 つまり、和解なんてものはありえないってことなのよ!」


 「そうだろうな」

 おれもうなずきながら応じた。


 「おれのほうはおれのほうで、あんたたちと戦う理由がある。

 おれの親父は兵士だった。

 何度目かのあんたたちの襲撃で、親父は戦死した。

 当時、お袋はおれを身ごもっていて出産間近だった。

 親父を失って心労の重なったお袋は、おれを生むのがやっとだった。

 おれは生まれてすぐに、両親のいない子として施設に預けられたよ。

 そうさ。あんたたちはおれから両親を奪った憎い敵さ。

 おれのほうでも和解なんてのはありえないな」


 「だったら、さっきの話は何?

 提案は、戦いをやめようって聞いたつもりだけど」


 ミリヤは両手を腰に当てて、挑発的な態度でおれを睨む。

 そうだよな。

 おれにわだかまりがあるのと同じように、あんただってあるよな。

 わかっている。

 それでも、おれはこの提案をするつもりなのだ。


 「あんたは、さっき死ぬ覚悟で、おれに『殺せ』と言った。

 あのとき、あんたの中には、エクトラントの戦いのことなんか、もうどうでもよくなっていたんじゃないのか?

 少なくとも、この世界にエクトラントの戦いを持ち込む道理がないことは理解しているんだろ?」

 ミリヤは何も言わなかった。おれは話を続けることにした。


 「実は、おれはそう考えているんだ。

 エクトラントの戦いについて、おれには妥協する余地はない。

 あんたたちを完全に排除するまで戦いは終わらない。

 でも、それはあくまでエクトラントでの話なんだ。

 この世界にエクトラントは存在しない。どこにあるかもわからない。

 そして、おれはエクトラントで確実に死んでいる。

 もし、おれがエクトラントに戻ることがあっても、それは墓に入るためのものであって、あんたたちと戦うためではない。

 つまり、おれにとってのエクトラントの戦いは終わっちまったのさ。

 どういう結末になるにせよ、それはエクトラントで生き残っている者同士で決めることだ。

 あんたがここにいるってことは、あんたもエクトラントでは死んでいるんだろう。

 あんたにとっても戦いは終わっているんだよ。

 エクトラントの死人同士が、地球上で争うのはおかしくないか?

 おれたちは、すでに地球の人間だ。

 おれたちは、これから地球の側に立って行動するべきなんじゃないかな」


 「あなたは、両親のカタキを目の前にして、そんなことを考えているの?」


 ミリヤの声はまだ懐疑的だ。

 だが、さっきまでの殺気の含んだ声ではなかった。


 「たぶん、両親を奪われた憎しみは消えない。

 でもさ、おれ、この世界には両親がいるんだよ。

 まだ、どちらもピンピンしてるんだ。

 そんなおれが『両親のカタキ!』なんて、ナンセンスもいいとこだろ?」


 ミリヤは身体ごと横に向けた。

 彼女の向いた先には、野球部やサッカー部が練習しているグラウンドが見える。

 彼らはまるで疲れを知らないように駆け回っていた。

 声をかけあって練習しているのも、ここまで聞こえる。


 「……まったく同じではないけど、あなたの考えに近いものは私も考えていた。

 たったひとり、この世界で目覚めたとき、私の中にあったのは何かが終わったという気持ちだった。

 虚脱感とでも言うのかしら。

 絶望感のともなう、かなり落ち込むものだったわ。

 でも、もうひとりの私が落ち込むことを許さなかった。

 私にはこの世界で教師という仕事があり、この世界での責任がすでにあったのだから。

 私はすぐ気持ちを切り替えて、麻条美莉耶であろうとしたわ。

 少なくとも、今日まではそう思おうとしていた。

 あなたが現れるまでは、あなたに『お前をついに追い詰めたぞ』と言われるまではね」


 今度はおれが顔を横に向ける番だった。

 「……そのことについては悪いと思っている。

 あんたが危険かどうかも確かめずに、敵だと決めつけるようなことをしてしまった」


 「実際、敵同士じゃない、私たち。決して相容れない関係のね」

 ミリヤはこちらに顔を向けて言った。声に敵意は完全になくなっていた。


 「本当にすまない」

 「素直に謝るのね、あなた」


 声の響きがまた変わったので、おれはミリヤの顔に視線を向けた。

 彼女は少し笑っていた。


 「まぁ……、悪いところは悪いって認めなきゃいけないからな」

 おれは頭をかきながらつぶやいた。


 「私のほうがあなたを殺そうとしたのよ?」

 「そのように仕向けたのがおれだからだ」

 おれは頭をかき続けていた。


 「実はさ、おれ、興奮してしまっていたんだ。

 この世界に、おれと同じエクトラントの人間がいるって思ったときに。

 それで舞い上がっちまって、あんな文章を送りつけたりしてしまったんだ。

 今にして思えば、ずいぶんとうかつな行動だった。

 許してくれと言うのは虫のいい話だとは思うけど、尋常じゃない気持ちだったんだ。

 本当に申し訳ない」


 「私はあなたを許さないわよ」

 ミリヤは真顔に戻っていた。


 「あなたたちが玉座の間に侵入して、ワウレイカを殺したりしなければ、陛下は錯乱して極限魔法を暴発させることなどなかった。

 ワウレイカは陛下が幼少のころから仕えていた。

 陛下にとって、ワウレイカは兄であり、母であり、そして、教師でもあったの。

 かけがえのない者を目の前で殺された陛下の心を思うと、あなたを許すわけにはいかない。

 これは私がエクトラントのミリヤであったという証でもある。

 私があなたに対し、何の行動も発言もしなくても、そのことだけは死ぬまで思っている。

 私がそう思っていることを、あなたは決して忘れないで」


 おれはミリヤの顔をじっと見つめた。「つまり、それは……」


 ミリヤはうなずいた。「あなたの提案を呑むわ。私たちは二度とエクトラントの件で戦わない」


 おれも彼らが両親を奪った敵だということは忘れないし、忘れるつもりもない。

 ミリヤの言っていることは、おれが考えていることと同じだ。

 「あなたは決して忘れないで」と言われたが、言われるまでもないことだ。

 だが、ミリヤがおれと同じ考えを口にしたことで、おれはミリヤが敵だったことが信じられなくなってきた。

 相容れないと言っていたが、ここまで同じ考えを共有できるし、わかり合えることだってできるのだ。


 「これで、おれはただの高校生に戻れるわけだ。

 これからも勉強のことよろしくな、麻条先生」


 「勇真君こそ、二度とあんなふざけた答案を出さないようにしてね」

 麻条先生はチクリと言い返した。思っていた以上に根に持っていたようだ。


 「今後は真面目に解答を記入いたします」

 おれは深々と頭を下げて詫びた。

 こうして、地球で始まった魔王軍幹部との戦いは、人知れず終わりを告げた。


 それからおれたちは、長い時間をかけて話を続けた。

 おれが麻条先生の言った「エクトラントの清浄の地」という言葉に引っ掛かったからだ。


 麻条先生からの説明で、おれは初めてエクトラントでの戦いの本質が見えてきた。


 エクトラントでは、人間たちが住む緑の大地と魔族たちが住まう赤の大地に分かれていた。

 おれは、そのように棲み分けられているものだと思い込んでいた。

 実際は、赤の大地とは植物の生えない不毛の地で、作物の育たない土地であったのだ。

 そこで生活する魔族はつねに食糧難に苦しめられ、彼らは略奪以外に生活のすべがなかったのである。

 赤の大地は地面がむき出しだからそう見えるだけのことだった。

 空はつねに厚い雲で覆われて、空気が濁っていた。

 おれたちが赤の大地に足を踏み入れたとき、あまりの息苦しさに閉口したものだが、それは魔族たちにとっても同様のことだったのだ。

 エクトラントの魔族たちはおれたちが生活する緑の大地での居住を願い、それで侵略戦争を仕掛けてきたのだ。


 「先代の魔王陛下は、国民の苦難を思えば、緑の大地への侵略はやむを得ない判断だったの。

 私たちも陛下のお心を知っているからこそ、決して容赦するわけにはいかなかったわ。

 魔王陛下だけに罪を背負わせるわけにいかないから」


 「罪な行動だと自覚はあったんだ」


 「盗みや略奪が罪であることは、私たちだって承知していることよ。

 しかし、あの土地に居続けることは、ただ滅亡を待つだけに等しかった。

 そんな苦しい思いをしている私たちに対し、清浄な緑の大地でのうのうと暮らしている人間たちが許せなかったのも事実ね。

 私たちは渇望と嫉妬の感情から、あの戦争を始めたのよ」


 戦争が始まってから20年後。先代の魔王が亡くなった。


 心労が重なって衰弱していたという。

 どうも侵略者という立場に悩んでいたらしい。

 魔王には身内は娘ひとりしか残っていなかった。

 次の魔王は、その娘が継ぐことになった。わずか6歳で、10年前のことである。


 「……ちょっと待った。じゃあ、おれたちが戦った魔王ってのは、16歳の女の子だったのか?」

 おれは巨大な霧の化け物の姿を思い浮かべて尋ねた。麻条先生はしかめ面になって答えた。


 「実際の魔王陛下は、小柄の可愛らしい少女であられた。

 あの姿では人間たちに侮られると、魔法の力で大量の黒い霧をまとい、頭上のはるか上にふたつの赤い光を灯されたのよ。

 それらが目に見えるように」


 おれやキリスの攻撃がまるで手ごたえなかったわけだ。

 おれたちは、魔王の頭の上で剣を振り回していたのだ。

 だからこそ、おれの縦烈斬をワウレイカが身を挺して防いだのだ。

 縦一直線での攻撃なら魔王に当たる。


 「魔王の声がサビだらけだったのも、この世界のいわゆるボイスチェンジャーみたいなものを使っていたからなのか」

 「そういう魔法を使っていたのよ」麻条先生はうなずいた。


 なんてことだ。

 おれたちが憎き敵とみなして戦ったのは、年端もいかない女の子だった。

 しかも、その少女は親の責任を背負わされていただけだった。

 おれたちは何てつまらない戦争をしていたのだろう。

 そして、そのつまらない戦争にどれほどの命が失われたのか。

 おれは、戦争を仕掛けた魔王に対して怒りではなく、やるせない思いしか湧いてこなかった。

 これまで戦った魔族に対しても、激しい憎しみを持っていたことが的外れだったように思えてきた。


 そうであればなおさら、おれと麻条先生はこの世界で争ってはならない。

 エクトラントという縛りが無くなった以上、おれたちに戦う理由は無いも同然だった。


 下校を促す校内放送が流れて、おれたちはどちらともなく立ち上がった。

 夕日が赤に近いオレンジになっていた。足元の影法師が長々と伸びている。


 「じゃあ、明日から私たちは教師と生徒よ。改めてよろしくね」

 麻条先生はどこか陰のある笑顔で手を差しだした。

 複雑な思いを抱えながらも、おれとの和解案に乗ってくれたのだ。

 おれは真顔でその手を握った。


 「こちらこそ、よろしくお願いします」


 麻条先生とは3階で別れた。

 おれは生徒指導室に自分の荷物を置きっぱなしにしていたからだ。

 麻条先生は職員室に戻って残務を片づけるそうだ。


 生徒指導室で自分の鞄を回収し、おれはそのまま下校しようと昇降口まで降りていった。

 靴箱から自分の靴を取りだしたとき、脈絡なくある考えが頭に浮かんだ。

 その考えは、これまで一度も検討していなかったことだった。

 おれは忘れ物に気がついたように、思わず口に出してしまっていた。


 「おれたちのほかに、転生者はいないのか?」

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