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第5話 問5の問題は何でしたっけ?

――麻条美莉耶。


 西華高校の英語教師。

 年齢は不詳(本人に直接聞いたわけでないから確かではないが、30歳は過ぎていないらしい)。

 幼少期をアメリカで過ごした帰国子女で、英語はネイティヴ並みに話せる。

 美人かつグラマラス。

 帰国子女だったせいなのか、やたらと露出の高い服で授業をする。

 そのせいか、女子の評判は真っ二つだ。

 かっこいいと言う意見がある一方で、何か女を強調しているところがウザいと言う批判も聞こえる。

 男子生徒の評判は……、まぁ、言わなくてもいいか。


 英語が日常語だったせいか、英語の発音は当然として、授業はわかりやすいと評判だ。

 大胆な服装以外は特に悪目立ちするわけでなく、教師たちからも悪い話は聞かない。

 特に男性教員からは。


 ひとまずは、これが現在把握できている麻条先生の情報だ。


 これだけでは、麻条先生がエクトラントの魔女ミリヤであるか否かは判断できない。

 おれは、さらに麻条先生のことを探ることにした。

 とは言っても、日ごろクラスのみんなと交友関係を築いていないのに、学内の情報を集めるのは難しい。

 か細い交友関係から、おれが頼れるのは委員長ぐらいしかいなかった。


 「え? 麻条先生のおかしなところ?」

 委員長はおれの質問にびっくりした表情だ。


 「……何か、地面に六芒星みたいなものを描いていたとか、意味不明の英語を話していたとか。あるいは、それに近い行動をしていたとか」


 おれにしてみれば、どう切り出せばいいかわからない話題だけに、どんどん話の焦点がぼやけてくるのに焦りを感じていた。

 下手をすれば、おれのほうがおかしいと思われてしまう。


 幸い、委員長はおれを変な目で見ずに、うーんと天井を見上げるようにしながら思い出そうとしていた。

 しかし、すぐ申し訳なさそうに首を振った。


 「麻条先生って、クールって言うか、落ち着いた大人の女性って感じよね。

 何か変な行動をしているなんて話、聞いたことないし、私も見たことないわね」


 「そうか……。麻条先生って、何かクラブの顧問とかされているのかな?」

 変な質問で委員長を困惑させたことに後悔しながらも、おれは質問を続けた。

 とにかく、誰かから情報を得られないか知りたかったのだ。


 「ごめんなさい。それも知らないわ」

 委員長は再び申し訳なさそうに詫びた。

 さすがに、これ以上の質問を続けられなくなり、おれは委員長に礼を言って離れた。


 麻条先生は教科教員なので、クラスの担任はしていない。

 教科教員の先生は、クラブの顧問もされていないことが多いので、麻条先生もどこのクラブの顧問をしていない可能性が高い。

 生徒側から先生の情報を得るのは難しいようだ。


 打つ手が思いつかなくなって、おれは頭を抱えた。

 もはや、麻条先生が魔女ミリヤなのか、それを確かめる方法は本人に尋ねる以外ないように思える。

 しかし、いきなり「あなたは魔女ミリヤなのか?」などと尋ねて、まともに返答してくれるとは思えない。

 何よりハズレだった場合、おれは「妄想少年」の称号を獲得すること間違いなしだ。

 高2になって、この称号を得るのは痛い。かなり痛い。

 本来の勇真比呂の精神でなくたって、そういう注目は浴びたくないものだ。

 間接的に質問する方法はないのだろうか?


……あるじゃないか。英語だ。


 英語と思わせて、エクトラント語で質問すればよいのだ。

 もし、『麻条先生=魔女ミリヤ』の考えがハズレであれば、相手は英語での反応しか示さないはずだ。

 当たりであれば、動揺するか、あるいは、それに近い反応を見せるだろう。


 おれは自分の思いつきを実行すべく、どういう言葉で反応を見るか考えることにした。

 もちろん、ちょっと聞いただけでは英語に聞こえるような言葉で、実際はエクトラント語で意味のあるものにするのだ。


 いろいろ考えて、おれは次の言葉をかけることにした。


 “Fatigue is the cause of illness.”


 英語であれば、『疲れは病気の元です』の意味になるが、これをエクトラント語読みすると、『お前をついに追い詰めたぞ』になる。

 わずかに発音の違う単語も混ざっているが、相手がエクトラント語を解する者であれば問題なく伝わるはずだ。


 考えを実行するのは、麻条先生の次の授業のときだ。

 麻条先生は今まで通り姿を見せて、普通に授業を進めていた。

 おれはどのタイミングで麻条先生に声をかけるか頭を悩ませた。

 妙な英語をぶつけるスキがなかなか見つからない。

 唐突に、あの言葉を投げかけても意味はないだろう。それに、おれは目立つような行動はしたくなかった。

 さりげなく、そして何気なく真実をつかみたいだけなのだ。


 おれが人知れず焦っている間に、授業は進んでいく。


 そして、授業が終わりに近づいた頃、麻条先生がプリントを配り始めた。

 抜き打ちの小テストを行なうとのことだ。

 おれはプリントを手に考え込んだ。

 先ほどの『お前をついに追い詰めたぞ』を書こうかとも考えたが、中途半端にまともな英語だと、単純に誤答と思われかねない。

 こちらは、むしろデタラメな英文のほうが良い。

 もちろん、エクトラント語読みすれば、明確に意味がわかるものを書き込むのだ。


 おれは時間制限いっぱいを使って、次の意味の文を書いておいた。


――おれは、お前が何者か知っている。うかつな行動をすると、おれはお前を退治することになるだろう。


 これを、エクトラントの言葉で書いたのだ。

 英語として読めば、意味不明の単語の羅列にしかならない。

 だが、相手がエクトラントの者であれば、この文章は強烈なメッセージとなる。


 おれは自信たっぷりに解答を書き終えると、麻条先生の元へプリントを持って近づいた。そして、先生へプリントを手渡すときに、耳元で囁いた。


 “Fatigue is the cause of illness.”


 麻条先生はおれに顔を向けると、じっとおれの顔を見つめた。

 おれはふてぶてしく先生の顔を見つめ返した。

 表情にどんな変化が起きるか観察するためだ。


 しかし、麻条先生の表情に特別な変化は起きなかった。

 そのうえ、おれのエクトラントの言葉に、英語で返してきたのだ。


 “Thank you for your concern.”(心配してくれてありがとう)


 おれはハズレだったかと内心がっかりした。

 いつまでもそこに留まって様子を見ることもできないので、おれはすごすごと自分の席に戻ることになった。


 席について正面を向いたおれは、ぎくりとした。

 胸の奥がつかまれるような感触を覚えるほどだ。

 麻条先生はずっとおれのほうを見ていたのだ。

 その視線は冷たいものだった。



 おれのふざけた行動――この世界では――について、麻条先生からの回答があったのは次の授業のときだった。

 クラス全員に小テストが返された後、麻条先生は教壇の上に手をついて教室全体を見渡した。


 「さて、皆さんに先週のテストをお返ししましたが、これまでの平均点より一番悪い結果になりました。私が受け持つクラスでも最低点です」


 麻条先生の容赦ない話に、クラスのみんなは嫌そうな表情を浮かべた。

 ぶつぶつ言う声も聞こえる。麻条先生はそんな雑音を気にも留めずに、おれにこの間と同じような冷たい視線を向けた。


 「勇真君。先ほど返したテストの問5の答え。あなたが書いたものを発表してください」


 おれは完全に狼狽した。「……ここで、読むんですか?」


 麻条先生は芝居がかった手つきでおれに立ち上がるよう促した。

 「ぜひに」


 クラス全員の視線が集まる中、おれは力なく立ち上がった。

 最悪だ。こんな事態までは想定していなかった。ここで悪目立ちはしたくなかったはずなのに。

 おれはテスト用紙を手に無言で立っていた。

 どうすればいいのか本当にわからなくなったのだ。


 「どうしたの? 勇真君。さぁ、あなたの解答を読んで。もちろん声に出して」


 麻条先生は完全におれを狩り殺すアマゾネス状態だ。

 どうしようもなくなって、おれは自分の解答を声に出して読み上げた。

 それは、エクトラント語でメッセージをしたためた、でたらめ英単語を羅列した文だった。


 “Have had bee full nest. Do took coat kill estate done, keep at earth delight unknown put get both.”


「何じゃ、そりゃ」

 男子のひとりから容赦ないツッコミが入り、クラスからクスクス笑う声が漏れ聞こえてきた。


 「わからないからって、そこまでデタラメ書く?」女子からも辛らつなコメントが入る。


 おれは救いを求めて、あたりに目を向けた。

 そのとき、委員長がこちらに顔を向けているのに気づいた。

 しかし、委員長は苦笑いを浮かべて首を横に振った。

 まるで「それは、いただけない」と言っているようだった。

 おれは絶望的なまでに打ちのめされた。


 「ええっと、勇真君。問5の問題は何でしたっけ?」

 おれを痛め足りないのか、麻条先生は追いうちをかけるように尋ねてくる。

 おれはとても答えることができなかった。


 「勇真君はひとり、別の言語の勉強をしていたのかしら? こことは違う別世界?」


 麻条先生の言葉に、クラスから笑い声があがった。

 おれは完全に別世界を夢想する中二病少年扱いだ。


 「お願いだから、英語の勉強をしましょう、ね?」

 麻条先生の声は優しいものだったが、これ以上に残酷な声を聞いた記憶はない。

 おれは力なくうなずいて座り込んだ。


 日頃、勉強熱心ではないが、この時間ほど早く終わってくれと願ったものはない。

 一刻も早くひとりきりになりたかった。

 「英語の勉強をしましょう」と言われていたのだが、おれはまったく授業の内容が頭に入ってこなかった。

 ただ、時間が過ぎ去るのを、まだかまだかと待っていただけだった。


 ようやくチャイムが授業の終わりを告げ、おれは教室から逃げ出そうと立ち上がった。

 そこへ、麻条先生がとどめのひと言をかけてきた。


 「勇真君。放課後、生徒指導室へ来なさい」


 再び、クラスの視線がおれに集まる。その視線は針のようで、おれには痛かった。


 「……はい……」


 そう答えるだけで精いっぱいだった。

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