第23話 私を笑いに来たの?
麻条先生は真央を連れて校門の陰に姿を消した。
おれは安藤とともに急いで校門まで走った。
校門に飛び込むと急いで左右を見渡す。
「どっちだ?」
「いました、あっちです!」
おれは安藤の指さすほうに視線を向けた。
体育館に通じる角を、栗色のツインロールが隠れるところだった。
後を追おうとすると、安藤がおれの肩に手をかけた。
「後を追ってどうします? ふたりの会話に割って入りますか?」
おれの足が止まった。
たしかに、後を追ってどうするんだ、おれ?
「……様子を見る。麻条先生の話に、彼女が何て答えるか確かめたい」
「わかりました。気づかれないよう、静かに行きましょう」
おれたちはうなずき合うと、そろそろと足音を立てないように移動して、ツインロールの見えた角までやって来た。
角から様子をのぞき見ると、ふたりの姿は無い。
「たぶん、体育館の陰だ」
体育館はバレーボール部など、朝練で来ている者も多い。
人目につかないところで内緒話をするのであれば、誰も行き来しない体育館裏あたりだろう。おれはそう当たりをつけた。
おれが体育館の左手に向かおうとすると、安藤が再びおれの肩に手をかけた。
「そちらに向かえば、ふたりが戻るときに鉢合わせになります。
少し遠回りして、右手から行くほうが安全です」
「慎重だな、お前」
おれは感心半分、呆れ半分でつぶやいた。
「あなたが行き当たりばったりなんです」
安藤は顔をしかめて言った。
体育館を回り込んで、裏手の手前でおれたちは足を止めた。
陰からは人の話し声が聞こえる。
麻条先生の声で、しかもエクトラント語だった。
“Reading palace sir”
――魔王陛下。
間違いなく、魔王に呼びかける言葉だ。
おれはそっと角からのぞき見た。
真央は相変わらず両手で鞄を持って、行儀よく麻条先生の前に立っていた。
伏し目がちなのは、麻条先生が膝をついているからだ。
その姿は、王の前にひざまずく臣下の姿そのものだった。
真央は無表情で麻条先生を見下ろしていた。
“So glow kept, under for guess bomber loss. Chat rob own pick left than.”
麻条先生は顔を上げずに話している。
安藤がおれの肩を指でつついた。
「何て言ってるんです?」小声で囁いているが、おれは無言で指を一本、口の前に立てるだけにとどめた。
距離はあるが、こちらの声が聞こえるかもしれない。
真央は無言で首を横に振った。
麻条先生は顔を上げて“Reading palace sir!”と叫んだ。
真央は再び首を横に振る。
「……お願い……。その呼び名で……、呼ば……ない……で……」
「ですが……」麻条先生は日本語でつぶやいた。
「私は……、もう、エクトラントの……魔王じゃ……ない……」
真央は頭を下げると、そのままその場を駆け去ってしまった。
麻条先生は立ち上がって後を追おうとしたが、足を止めて、その場に立ち尽くした。
いつも自信たっぷりに堂々としている麻条先生がうなだれている。
いつも以上に背中が小さく見えた。
「『この世界に散らばる家臣に、自分の存在をお知らせください。自分のもとに集うようにと』……か。見事に振られたな、麻条先生」
麻条先生はおれの声に驚いて振り返った。
おれが堂々と近づいてくるのを見て表情がこわばる。
その後ろから「もう、何でいきなり出てきちゃうんですか、あなたは!」という安藤の呆れ声が聞こえる。
「勇真君……。私を笑いに来たの?」
麻条先生はおれの顔を見ると、疲れたような表情を見せてつぶやいた。
「いいや。麻条先生は立派な家臣だ。
家臣なら当然のことを話したんだ。
そのことを笑う感覚なんて持ち合わせていないよ」
おれの答えに、麻条先生は不思議そうな顔をした。
「怒らないの? 私はあなたたちを出し抜こうとしたのよ?」
おれは親指を後ろの安藤に向けて、ぐいっと指した。
「出し抜こうとしていたのは、こっちも同じさ。安藤は麻条先生の行動を監視していたんだ。
怒らないでほしい。
こいつは、こいつなりにこの世界のことを心配して行動していたんだから」
麻条先生はおれと安藤の顔を交互に見つめた。
安藤はおれの隣に立つとため息をついた。
「そんなところまで暴露しますか。
あなたは本当にあっけらかんとしていますね」
「おれは麻条先生と争いたくない。
その考えに変わりはないのさ。
ただ、もし、矢蓑台真央さんが、魔王としてこの世界に恐怖をまき散らすことになれば、おれは命をかけて戦うつもりだったよ」
「覚悟していたの?」
「おれに難しいことはわからない。
麻条先生だけでなく、魔族からの転生者が、この世界でどう折り合いつけて生きていけるのか難しい部分もあるだろう。
だから、五分のように事件を起こす者だって現れるだろうし、ほかにもトラブルは起きるだろう。
でもさ、それを理由に転生者たちを敵視したくないんだ。
もともと人間のおれだって、心が荒んで、凶悪な行動を取るかもしれなかったんだ。
だから、麻条先生も含めて、おれから戦いを仕掛けない。
平和に過ごせるようにする。
助けられることがあれば助ける。
放っておいていいのなら放っておく。
だけど、そうすることで、魔族の転生者がこの世界に災厄をもたらすようになるなら、それはおれの責任で彼らを倒す。
それが正しいのかどうかはわからないけど、とにかくそう決めたんだ。
その対象に魔王も入っているだけさ」
今度は麻条先生がため息をついた。
「あなたには、つくづく呆れさせられるわ。
せっかく結んだ協定を破ろうとする私にさえ、あなたはそう行動するって言うの?」
「自分で決めたことを簡単に覆したりしないだけさ。おれは頑固なんだよ」
「ついでに、わからず屋でもあります」
安藤が余計な合いの手を入れてきた。何だよ、わからず屋って。
「僕は、何度も忠告したのです。
先生を信じすぎないように、と。
それでも、勇者は自分の考えを曲げませんでした。
僕は先生の危険性を、例をあげて説明してきたのです」
麻条先生はふっと笑みを浮かべた。やや自嘲気味な笑顔だ。
「私には安藤君のほうがわかりやすいわね。
相手の裏をかくのは、この世界でも生き抜くために必要なことよ」
「そういう難しいことは、おれは考えないようにします。
どうせ考えても、相手の裏をかくなんて芸当、できっこないですから」
麻条先生は安藤と顔を見合わせた。
安藤は両手をあげて肩をすくめた。
「このひとは、こういう言い方をするひとなんです」
「あのとき、魔王軍の軍司令や突撃隊長が出払っていたのは誰のおかげかしら?
彼らが城を守っていたら、あなたたちを簡単に侵入させなんてしなかったわ。
実際は、あなたたちは容易に城へ侵入した。
あなたたちが軍司令や突撃隊長をどこかに誘い出していたからよ。
そんな芸当はできるのに、私たちの裏をかくことはできないって言うのかしら?」
麻条先生は、エクトラントでの最終決戦の話を持ち出した。
おれは首を振った。
「さぁ? おれは頭のいい作戦なんて考えられないですから。安藤、お前の知恵か?」
「またまた、そういうことを言う……」
安藤はしかめ面だ。麻条先生は苦笑いを浮かべた。
「……まぁ、いいわ。それに、私は今度も負けたのよね。
あなたの提案を拒む理由は無いわ」
「じゃあ、改めて終戦協定を結びましょうか。今度は書面も用意して」
「口約束にはしないってことね」
麻条先生はうなずいた。
「でも、それには、やはり陛下の同意を得たいと思うの。
たぶん、陛下はこの世界で、普通の高校生としての暮らしを望んでおられるわ。
だから、この終戦協定に反対されることはないと思う。
私の勝手で進めたくはないわ」
「それでいいんだね、先生?」
おれは麻条先生に念を押した。
麻条先生はうなずいた。
「私が望むのは、陛下が望まれるようにすることよ。
陛下がこの世界で一般のひととして生きていきたいのなら、私はそうできるよう努めるわ。それが私の証でもあるから」
――私の証。おれはその言葉で、麻条先生は信用できると思った。
「わかった。うまく取り計らえるよう、おれも頑張ってみよう。
今日、矢蓑台さんと話して、すべてを知ってもらうことにする。
そして、改めて終戦協定を結ぼう」
麻条先生は頭を下げた。
「陛下をお願いするわ。私はさっき、しくじっちゃったから話しづらいの。
あなたから説明してもらえたらありがたいわ」
おれはうなずいた。「きちんと話してみるよ」
麻条先生が立ち去り、おれたちも校舎に向かって歩き出したころ、安藤が話しかけてきた。
「さっき、麻条先生が言ってましたが、あなたは本当に敵軍司令と敵突撃隊長を誘い出していないんですか?」
「何言ってるんだよ。おれはアイラとふたりで北から侵入したんだぜ。
あそこはもともと手薄だと思った地点だ。
それなのに、おれが敵を誘い出す工作なんてするわけないだろ。
お前じゃないのか?」
「僕は違います。僕が潜入したときも周囲に目立った敵はいませんでしたよ」
「じゃあ、敵の軍司令と突撃隊長はどうしたんだろうな?」
おれたちはそこで「うーん」と唸ってしまった。
「……まぁ、今さらわからない話をしても仕方がない。
昼休みに5組へ行こうと思うから、安藤もつき合ってくれよ」
「わかりました。では、昼休みに」
おれたちは昇降口で別れた。




