第22話 彼女は何なのです?
『今日はどうしたんです?
結局、生徒指導室に顔を見せてくれませんでしたが』
安藤からの電話だった。
時間は夜になっていた。
「……精神的なダメージを癒すため、今日は家に帰ることにしたんだ……」
おれはベッドで横になった状態で電話に出ていた。
正直、気分は重かった。
魚住の精神攻撃は思った以上にキツい。
『……何か、あったんですか?』
「いいか。おれに関する怪しいうわさは、すべてうわさに過ぎないと考えてくれ。
おれは決して、ロリコンでも変態でもない」
『何か、あったんですね……』
「言いたくない。ただ、この世のすべては誤解に満ちていると理解したまでだ」
安藤はそれ以上聞こうとしなかった。
『わかりました。ところで、麻条先生も姿を現わしませんでした』
「何食わぬ顔で姿を現わすと言ったのはお前だぞ。
おれの考えのほうが正しいということだろ?」
携帯の向こうで、一瞬沈黙があった。
『実は、僕も生徒指導室には行っていません。
僕は麻条先生の行動を監視していました』
「何だって?」
『麻条先生が何を考えているのか探るためです。
あなたは、まだ麻条先生を信じているようですが、相手はあの魔女ミリヤなのです。
相手の腹の内を探っておくべきでしょうし、何か不審な行動をすれば、事前に察知できるようにするべきです』
おれは呆れてしまった。「お前……、勤勉だなぁ」
『あなたが相手を警戒しない分、僕がするのです。
実際に、麻条先生の行動には怪しいところがありましたから』
「麻条先生に怪しい行動?」
『麻条先生は今日、授業のシフトを変えています。
1年5組の英語を麻条先生が授業を行なったのです』
1年5組――。おれは思わず身体を起こしていた。「それ、本当か?」
『ええ。理由は有給の取得に絡んでのことだそうで、5組担当の先生には別日で1組の授業を、つまり、もともと麻条先生が受け持っているクラスの授業をしてもらうそうです。
でも、変でしょ?
急にそんなことをするなんて』
おれは携帯を握る手に汗が滲んできた。
1年5組には真央がいる。
麻条先生は真央の存在に気づいたということか。
いや、違う。昨日のおれの言動だ。
おれは魔王の極限魔法について尋ねた。
そして、安藤は重要視しなかったが、話題にのぼった矢蓑台真央について、おれの態度に不自然なものを感じたのだろう。
そうであれば、おれのうかつな行動で真央の存在が、いや、魔王の転生者の存在が知られたことになる。
「安藤、お前は今日一日、麻条先生を見張っていたのか?
それで何かわかったのか?」
『さすがに、僕だって授業があります。
つきっきりで監視なんてできません。
麻条先生が使うペン入れにボールペンそっくりの集音マイクを忍ばせたりするのがせいぜいですよ』
「集音マイク?
お前、麻条先生を盗聴していたのか?」
『盗聴なんて人聞き悪い言い方しないで下さい。
単に傍聴するだけです。
それに相手は世界を、いえ、世界が大げさであるなら、この街を危険に陥れるかもしれないのです。
この程度までなら許されるでしょう』
「お前なぁ……。しかし、集音マイクなんて代物、いつ仕込んだんだよ」
『昨日、みんなが集まったときです。
昨日は、勇者の話で盛り上がって、麻条先生も机の上に置いたペンケースに注意を払っていませんでしたからね。
そのときに、そっとマイクを挿し入れたのです。
ほかに何本もペンが入っていましたから、すぐには気づかれないと思います』
「お前の油断なさには恐れ入るよ。
ところで、マイクを仕込んで、何か聞けたのか?」
『正直なところ、マイクのほうは今のところ空振りです。
その代わり、放課後は麻条先生を見張っていたおかげで、ある行動が見られました。
麻条先生はずっと特棟の様子を見ていたのですが、ある生徒が姿を現わすと、その生徒をつけ始めたのです』
「その生徒って……」
『昨日、話題にした女子です。1年5組の矢蓑台真央さんですよ』
――やはり……。
『麻条先生は校門を出るところまで様子をうかがっていましたが、矢蓑台さんが下校すると、職員室に戻りました。
さすがに仕事があるので、自由に行動できるわけではないようです。
もっとも、こちらも同じなのですがね』
「麻条先生は、ま……矢蓑台さんに接触はしていないんだな?」
『そうですね。離れたところで見ているだけでしたよ』
おれは考え込んだ。
麻条先生の行動は明らかに真央を転生者のひとりとして探っているものだ。
一方で、はっきりとした確信を持っているわけでもないらしい。
ただ、真央の正体は何かを考え始めたら、おれと同じ結論に達することは間違いないだろう。
『勇者。あなたも矢蓑台さんについて何か含むところがあるようですね?
彼女は何なのです?
僕たちと同じ転生者なのですか?』
まぁ、ほかに考えようがないよなぁ。
「実はそう考えている。
ただ、麻条先生も確信を持っていないように、おれも確信があるわけじゃない。
何も証拠が無いんだ」
おれはウソを言った。
真央は転生者だ。間違いない。おそらく、魔王の転生者だ。
しかし、彼女をこんなことに巻き込みたくなかった。
地球という、エクトラントの縛りが無い世界で、エクトラントの争いに関わることなんて。
本当は安藤と協力して、真央を争いごとから遠ざけたいと考えていたのだが、安藤自身が真央に攻撃しかねない。とても、正直な話をすることができない。
『でも、矢蓑台さんが転生者ではないかと思うところがあったのですね?
あなただけでなく麻条先生も。ふたりも疑うのは、けっこう可能性が高いのでは?』
「いや、そう考えていたのはおれだけだ。
麻条先生はおそらく、昨日のおれの言動から彼女が転生者ではないかと推測しただけだと思う」
『あなたの言動から?』
安藤はそう言うと、しばらく黙った。
昨日のやり取りの様子を思い出しているようだ。
やがて、安藤の声が聞こえてきたが、その声は暗かった。
『どうやら、僕の発言が麻条先生に手がかりを与えたことになるようですね。
あなたは僕を責めませんが、そういうことなのでしょう?』
おれは違うと言ってやりたかったが、すぐに言葉が出なかった。
それで安藤は確信したらしい。『すみません』という声が聞こえた。
「気にするなよ。おれに思わせぶりな言動があったのは事実だ。
それに、さっきも言ったが、彼女が転生者であると断言はできない。
麻条先生はおれのように中二病的行動はしないだろうから、直接的に確かめられないだろう。
すぐに結論は出せないさ」
これもウソだ。
麻条先生はその気になれば大胆な行動をするひとだ。
結論を急いで、真央に直接接触する可能性は高い。
ただ、ここで本当のことを言って、安藤を刺激したくない。
『それはわかりませんよ。相手は魔女ミリヤなのですから』
おれのウソも虚しく、安藤は警戒を緩めようとしなかった。
「頼むからはやまった行動はしないでくれよ。
おれのせいでお前が逮捕されることにでもなったら……」
『いくら何でも、そんな心配は無用です。
大丈夫です。うかつに矢蓑台さんに近づくマネなんてしませんよ』
安藤への対策は、これぐらいでいいか。後は麻条先生への対策だな。
「お前が麻条先生を信用できないことはよくわかった。
態度や行動に疑問があるのも信じよう。
でも、あまり麻条先生を刺激するような行動をしないでくれ。
お前の行動で、本当は争わずに済んだのが争うことにでもなれば……」
『そうですね。慎重に行動いたしましょう』
「頼むぜ」
おれは電話を切った。
再びベッドに横たわると、天井を睨みながら考える。
麻条先生は真央の正体について、どこまでつかんでいるのか。
もし、おれが考えている通り、真央が魔王の転生だとしたら、麻条先生は真央を再び魔王として祀り上げたりするのだろうか。
おれは放課後に見た光景を思い出していた。
同級生に囲まれ、一方的に掃除を押しつけられている真央の姿は、とても元魔王とは思えなかった。
多少なりとも魔法は使えるはずだから、真央は彼女たちに制裁を加えることも簡単だったろう。
しかし、彼女はそうしなかった。できなかった、ではないと思う。
おれは、真央がこの世界の人間として生きるつもりなのではと考えていた。
もう少し突っ込んだことを言えば、この世界の理に合わせるつもりなのだと。
だから、あのとき真央は魔法を使わなかったのだ。
そんな真央が、かつての側近に要請されたとしても、この世界の魔王になるとは思えない。
彼女は無害だ。
おれは明日、真央と話すことに決めた。
おれたちの正体のこと。
麻条先生が魔女ミリヤの転生者であること。
麻条先生が真央の正体を探り始めていること。
伝えるのは事実だけにするつもりだ。
「敵にならないでほしい」とまで言うのは、虫が良すぎるだろう。
あくまで万一の場合だが、もし、真央がこの世界の魔王として君臨する気になれば、おれはそのとき、この世界の勇真比呂ではなく、エクトラントの勇者として戦うつもりだ。
今のおれにエクトラントの技は使えないが、魔王の暴走を止める責務はある。
いざとなれば、刺し違えてでも止めてみせる。
おれは腹をくくった。
だからこそ、真央にはすべてを話し、彼女の判断に委ねようと思った。
どんな最悪の結末を迎えることになろうと、それはおれ止まりにするのだ。
この世界の人びとを巻き込んではならない。
おれの中で結論が出て、だいぶ気持ちが晴れてきた。
おれは布団をかぶると、そのまま眠りについた。
翌朝、登校途中の道で、偶然に安藤と一緒になった。
おれは安藤とあいさつを交わしたが、内心では思い悩んでいた。
おれの決意は、あくまでおれ個人のものだ。
仲間とは言え、安藤にそれを伝えるべきなのだろうか。
しかも、安藤は麻条先生を敵視して、かなり警戒しているのだ。
真央のことはもっと伝えにくい。
「ひとつ、確認したいのですが」
突然、安藤は切り出した。
「何だよ?」
「矢蓑台真央さんは、闇の大魔王の転生者なのですか?」
おれはびっくりして立ち止まった。
しかし、考えてみれば、おれにでも考えついたことだ。
おれより知力の高い安藤が、おれと同じ推論を立てても何の不思議もない。
「ずっと言ってることだが、断定できる証拠は無い。
あくまで、こっちの想像の範囲だ」
「あなたは思わずエクトラントの言葉を口にするクセがあります。
矢蓑台さんの前で、うっかりそれを口にしてしまって、それを聞いた彼女が反応した……と、いったところですかね。
あなたが矢蓑台さん魔王転生者説なんてことを思いついたのって」
相変わらず、カンのいいやつだな。おれはムスッとして横を向いた。「想像に任せるよ」
「もし、そうであるなら、平和的な解決は可能でしょうね」
おれは安藤に振り向いた。
安藤は真面目くさった顔でおれを見ている。
「矢蓑台さんの人柄は、多少ですが知っています。
ひねくれ者でも粗暴でもない。
むしろ、周囲を気遣う優しい方だと思います。
そんな方が、世界を恐怖に落とす魔王になるとは思えません」
よく言った。おれは安藤に抱きつきたくなった。
「麻条先生が世界征服の野望を抱いたとしても、矢蓑台さんを説得できなければ絵に描いた餅です。
魔王が立たなければ、麻条先生も無害です。
そうなれば、僕は麻条先生ともうまく付き合えると思いますね」
「そうか、良かった。
実は、まお……矢蓑台さんと話すつもりでいるんだ。
すべてを正直に話し、お互いが争わずにすめばと考えている」
「そうでしたか。
相変わらず決断は早いですね。
いいでしょう。お任せします。
万一の場合は僕も覚悟を決めましょう」
「すまない」
――万一の場合。
安藤はすばやく、そのときのことまで思考を巡らせた。
さすがだと思う。
おかげで、曇りがかった心の内がすがすがしい気持ちで満たされた。
何もかもうまくいきそうだ。
そのときのおれはそう思った。
「あれ、見てください」
安藤が急におれの袖を引っ張って、道の先を指さした。
見ると、校門の近くで麻条先生がひとりの生徒に話しかけている。
その生徒は……真央だった。
小さな学習鞄を行儀よく両手で持ったまま、相変わらず感情の見えない表情で麻条先生の話を聞いている。
「しまった! 先を越された!」
おれは小声で叫んだ。




